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【笛吹市青楓美術館】ぶどう畑の中の最古の美術館(1)「青楓人物画展」を見に行く

はじめに

 笛吹市一宮町に広がるぶどう畑の中、ぽつんと小さな洋館風の建物があります。笛吹市青楓美術館です。青楓とは「せいふう」と読みます。
 画家、津田青楓の作品を集めた美術館で、収蔵する作品は700点と氏の名を冠するに違わぬ数です。
 さらに、1974年(昭和49年)10月の開館は、山梨県内における「最古の美術館」といえます。実は南アルプス市に所在する「嘯月しょうげつ美術館」(休館中)のほうがわずかに早いのですが、現役で通年開館している美術館となると青楓美術館に軍配が上がります。


津田青楓

津田青楓(96歳)
出典 : 『青楓美術館図録』

 津田青楓(1880年~1978年、明治13年~昭和53年)は、画家、書家、歌人です。また二科会を設立した人物の一人です。
 夏目漱石の著作『道草』『明暗』の装幀は青楓の手によるものです。また、漱石の絵の師匠でもあります。
 青楓の活動は4つの時代に分けられます。古い年代順に並べると
 ・図案の時代
 ・洋画の時代
 ・日本画の時代
 ・書の時代
となります。明治から昭和を生きた青楓ですが、時代ごとにまったく異なる分野で作品を残しています。「漱石に愛された画家」「背く画家」など異名も氏の人生を物語っているようです。

津田青楓略年譜 出典 : 青楓美術館配布資料

 本年、渋谷区立松濤美術館で「津田青楓 図案と、時代と」(2022.6.18~2022.8.14)が開催されました。工芸品である図案が芸術として評価される背景を青楓の図案を中心に追うという内容でした。
 また、2020年(令和2年)になりますが練馬区立美術館で、没後初となる回顧展「背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」(2020.2.21~4.12)が開かれ話題になりました。
 両展については、筆者も足を運び鑑賞いたしました。
 亡くなってしばらく経ちますが、注目されている画家といえます。

小池唯則

 青楓は京都府の出身です。ではなぜ、笛吹市に青楓美術館があるのでしょうか。鍵をにぎる人物は旧一宮町出身の歴史研究家の小池唯則氏です。
 「山梨県立美術館」の鑑賞記事でも触れましたが山梨県は「文化不毛の県」と言われていました。氏は生まれ故郷に文化をと思い、私財を投じて美術館を建設しました。
 作品は信頼できる方法で収集したいと考え、友人の紹介で青楓のもとを訪ねました。それ以降、青楓と交流を重ね青楓の作品を集めていきました。そして、美術館を作ることを知った青楓から多数の作品の寄贈もあり、青楓の快諾のもと美術館の名前を「青楓美術館」として開館に至りました。

花いっぱいに囲まれた小池唯則氏の碑、「ふるさと」の歌詞とともに

 小池氏が亡くなってからは、1984年(昭和59年)に土地、建物、収蔵品が遺族から当時の一宮町に寄贈されました。その後、2004年(平成16年)の町村合併を経て笛吹市の運営になっています。

洋館風の建物

 建物正面は石畳みでその両側の花壇にはいっぱいに花が咲いています。
 建物は正面から見ると高いところに楓の葉のデザインがあります。また、入り口の扉の表面は木製でアンティーク風の握り手が重々しい感じを出しています。正面の壁は石をタイル状に敷き詰めています。さらに、横から見ると窓枠の格子に武田菱のデザインがあるなど、ちょっとした遊び心が伺われます。

青楓の自らの文字
建物正面から
窓の格子が武田菱

 昭和49年の建築のため、大型トイレやエレベータといったバリアフリーに適合できていない部分もあります。それでも、建物は鉄筋でしっかりと作られています。
 周囲がぶどう畑というのは、開館当時とほとんど変わりません。駐車場から南に目を向ければ、有名な京戸川扇状地が望めます。
 近年は日本遺産「葡萄畑がおりなす風景」に周辺が指定されています。

扇状地を望む、釈迦堂遺跡博物館などがあります
近隣は日本遺産「葡萄畑がおりなす風景」の構成遺産

青楓人物画展

 呼び鈴を押して重々しい扉を開けると、中にはこじんまりとしたエントランスに受付があります。図録や絵葉書の見本など関連グッズなどもコンパクトに紹介してあります。
 青楓美術館では、半年ごとに作品を入れ替えています。2022年度の前期は「青楓人物画展」(2022.4.21~9.4)として人物画をテーマに展示しました。

「ひかる」は夭折した青楓の三女

 展示室は1階と2階にあり、スリッパに履き替えて入ります。小さいながらも展示室の温度、室温の管理はしっかりされているようです。
 1階展示室は代表作である《疾風怒濤》が壁面全体を占めています。

《疾風怒涛》1932
出典 : 『背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和』

 奥に和室があり青楓の年表とともに愛用品が展示されています。人物画としては漱石の四女愛子を描いた《少女》ほか数点があります。
 2階展示室は人物画のほか、《犠牲者(習作)》があります。戦前にプロレタリアに傾倒した時代の代表作です。
 展示室の様子は笛吹市公式から見られます。(会期終了に伴いリンク切れ2022.9.5)

 2022年度後期「小池唯則と津田青楓」はこちらをご覧ください。

 2023年度前期「花のあるくらし~津田青楓が描く花の世界~」はこちらをご覧ください。

第8回しあわせ絵手紙展

 階段には笛吹市が毎年公募していて8回目となる「しあわせ絵手紙展」の作品が並べられています。似顔絵や季節の風景や野菜など力作のほか、くすっと笑ってしまうような作品などバラエティに富んています。ステイホームの影響なのかこれまでより応募作が増えたとのこと。
 「しあわせ絵手紙展」の題字は笛吹市在住で詩壇の登竜門「H氏賞」の選考委員長を務める古屋久昭氏の筆です。

壁いっぱいに県内外からの力作が

 「第9回しあわせ絵手紙展」はこちらをご覧ください。

ぶどう畑のアートギャラリー「楽しい え・て・が・み」

 「ぶどう畑のアートギャラリー」は、受付前のエントランススペースをサークルや個人の作品の発表の場として月替わりで提供する小さなギャラリーです。本ギャラリーのみの観覧でれば無料です。
 2015年(平成27年)10月より始まり、感染症対策のためしばらく休止していましたが、8月より再開しました。再開後初の作品展は「楽しい え・て・が・み」(2022.8.2~8.31)です。道志村で活動する絵手紙サークルどうしの作品展です。

楽しい 「え・て・が・み」

 自然豊かな道志村の四季折々の草花や川に泳ぐ魚などを題材に描いています。

草花のほか魚など道志村の自然風景が思い起こされます

おわりに

 気になる内容の投書が山梨日日新聞(2022.7.30付)に掲載されました。それによれば、笛吹市が15億円の多目的芝生コートを整備する一方で、青楓美術館は建物老朽化のため収蔵品を春日居郷土館へ移す計画があること。しかし、春日居郷土館は笛吹川の至近で洪水地域とされていて作品の保存には適さないこと。また、多目的芝生コートの財源の一部となるふるさと納税はコートの整備だけではなく文化面にも予算を振り向けるべきであるという趣旨の内容でした。
 投書の内容が本当ならば、青楓美術館は閉館となるのでしょう。
 実は2009年(平成21年)に入館者の減少を理由に笛吹市が閉館を決めたことがあります。しかし、それまでの市の取り組みの無さを指摘され、入館者数の増加に向けた取り組みを行ったところ効果があり閉館を撤回したという経緯があります。
 松濤美術館にて好評を博しているにもかかわらず、再び行政により閉館の危機にあるならば、残念でなりません。

「永く美術館を保存し、町民の文化向上の拠点とする」

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