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[短編]【恋慕】

ゴロウ@読書垢


ガラス越しにも、小雨が降っていることに気付いた。
いつの間にか、読んでいる本から目を離している。まただ、読書に集中できないでいる。
顔を上げると容姿端麗な彼女は、いつもと同じく配架作業を行っていた。
艶髪のポニーテールで、真剣に仕事をこなしている姿を目にする度に、ぼくの心は揺らいでいく。
まただ。また、胸が苦しくなる、息ができない。すると、
ぼくの存在に気付いた彼女はゆっくりと、歩み寄ってきた。心臓が止まりそうだ。小声で彼女は、
「また、サボってるの?ゆうたくん」
「勉強しなくて、大丈夫なの?」
顔を覗きこむようにして、ぼくは感情を悟られないように平静を装う。
彼女は、しかめっ面を浮かべていた。ぼくはカバンから大学ノートとペンケースからボールペンを取り出し、ノートの一番後ろのページの隅にこう書いた。
『いいんだよ。勉強よりも、本読んでる方がよっぽど勉強になるんだから』
それを見た彼女は、ぼくのボールペンを奪って続けてこう記していく。
『勉強しないと、ちゃんとした大人になれないよ。それでもいいの?』ぼくはその文面を見た瞬間、ぼくの中で思考がストップした。
彼女は、そっとボールペンを渡して私の顔を見つめる。…ちゃんとした大人?
ちゃんとした、大人ってどういう意味だよ。
ぼくはこのフレーズに違和感を覚えた。彼女は、年下のぼくに対して大人とは思ってくれていない、むしろいいわけをするただの子供として見ている。止まった思考と溢流する感情は、完全に追いついていなかった。
こんなにも、好きなのに。…なんで?なんで、なんだよ。なんで、美咲さんは分かってくれないの?ぼくがまだ、子供だから?年が離れてることって、そんなに関係あること?
彼女と話す時間の中で、ぼくの好きな小説、彼女の好きな小説の話と、自然に見せる彼女の笑顔にいつしか恋心を寄せていた。ぼくは彼女が手にしていたペンを受け取った。
『ぼく、美咲さんのことが好きだ。ずっと、前から。ずっと、好きでした』美咲さんはそれを見て一瞬、驚いた表情を見せた。しかし、クスッと笑って私の耳元でささやいた。
「じゃあ、ちゃんと勉強しなきゃ駄目だね」
「わたし、勉強頑張ってる、ゆうたくんの方が好きだから」
「か、からかわないで下さい!」思わず、感情的になって大きい声を出してしまった。近くの席で、ゴルフ雑誌を読んでいたおじさんが咳払いをして、私を睨み付け美咲さんに後で注意するようにといった合図を送った。
彼女は、おじさんに頭を下げると、私になんでもいいからメモ用紙かない?と言った。私は、ノートの切れ端を渡してそれを受け取った彼女は何か書いてそれを渡し、仕事に戻って行った。そこには、彼女のラインのIDが書いてあった。その下には、これからは筆談じゃなくて、ラインにしよっかと書いてあった。メモを胸ポケットにしまい、読みかけの小説もカバンにしまって代わりに参考書、問題集を取り出し勉強を再開した。
気付けば、雨は上がっていた。緑の木々から、滴が落ちて太陽に照らされ美しく輝いていた。ぼくは少しの間、大人になったような感覚を覚えた。<了>

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