【連作】赤チェックの死神

 商店街を闊歩しながらコロッケを食べていたら、背後から衝撃を受けた。
 不意打ちの衝撃だった。
 痛みなどは特に無く、ただただドスっと腰辺りに押し込められる様な、鈍い圧迫感の後にカッと熱い感覚が全身を支配する。余りにも唐突すぎる出来事に、私は珍しく混乱した。本当に、自他共に認める混乱の極みっぷりだった。瞬時に訪れる暗転。

 私の視界が次に光を認識したのは、病院のベッドの上だった。ナースステーションの間近にある一室で情けなく四肢を投げ出しながら、目蓋を押し上げて眼球をウロウロさせる。誰も付き添ってくれて居なかった。孤独な覚醒だった。
 なんと寂しいことだろう。一人ぐらい手を握っててくれたって良いじゃないか。
 私の愚痴に、ナースコールで召喚された看護師は苦笑いを浮かべた。
「昨日までは、女の子が付きっきりだったんですよ」
「女の子?」
「ええ、そうです。女の子」
「どんな女の子でした?」
「そうですねえ」看護師は顎に手を添えて、首を傾ける「アナタにそっくりでしたよ、双子みたいに」
「他にヒント、あります?」
「セーラー服を着て、白衣を羽織ってました。絵具塗れでしたけど、芸術家ですか?」

 看護師の証言で、私は「嗚呼、先生だ」と確信する。

 人生において一、二を争う衝撃ハプニングの真っ只中にて、先生は短時間でも“私”に寄り添ってくれて居たのだ! 私は感動した。同時に、神に感謝した。ありがとう神様! 意識がない時だったけれど、先生を傍に置いてくれて! 

 両手を挙げて「ハレルヤ!」を唱える患者に、看護師は和かに次の言葉を投下する。

「芸術家さんは変わってますね。白衣を羽織ってるのもビックリでしたけど、赤チェックのシャツを腰に巻いてる姿も初めてで、一層ビックリでした」

 今更こんなことを言うのはアレだが、私がちらりと視界に捉えた犯人(仮)はスカート姿で、赤チェックのシャツを閃かせていた。奇妙な既視感。背筋がぞくりと冷える。
 病室の端に組み立てたパイプ椅子上で、器用に体育座りをする先生に目を遣った。先生の恰好はいつも通り、セーラー服に白衣姿だ。赤チェックの影は見受けられない。が、ローファーの隅に付着した奇妙なシミが目に入る。
 一歩間違えたら私の命を奪っていた赤チェックの死神は、もしかして先生だったのだろうか。真相を、めちゃくちゃ知りたい。けれど、めちゃくちゃ怖い。

(了)

ここまで読んでもらえて嬉しいです。ありがとうございます。 頂いたサポートはnoteでの活動と書籍代に使わせて頂きます。購入した書籍の感想文はnote内で公開致します。