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【連作】恐怖を呼べる宇宙

 政府から【『mkpsでkんv』粛清命令】が出た。
 初冬の昼下がりの出来事である。

 何を言っているのか、一瞬、理解できなかった。
 粛清命令、の四文字は理解できる。粛清──排除ないし追放せよという事だろう。それは分かる。
 けれど、『mkpsでkんv』が粛清されねばならない理由が分からない。全くもって読めない……読めるどころかアルファベットと平仮名の羅列にしか見えないのだが、私の脳は『mkpsでkんv』が先生の名前だと認識していた。
【『mkpsでkんv』粛清命令】=【『先生』粛清命令】
 これ如何に?
「先生、一体何をしたんです」
 私の問い掛けに、先生は魔法少女が触手に凌辱される系同人誌を読みながら、ポテチを食みつつ「知らん」と言った。
「何もしてないよ。粛清命令を出される覚えがまるで無い」
「本当ですか? 国会議事堂を木っ端微塵にしようとか、政治家全員の恥ずかしいアレソレを流出させようとか、世界中のコンドームに安全ピンで穴を開けてやろうとか、そういう碌でも無い事を考えてませんよね?」
「考えてないよ、全然これっぽっちも考えてない」
「そんなことばっか考えているから公安に目を付けられて、粛清命令を出されるんですよ」
「酷い冤罪だ」
 不愉快そうに顔を顰めているが、視線は同人誌に釘付けである。のり塩が付着した指先をチュパチュパと行儀悪く舐める背後の窓に、パトカーが数台、通り過ぎるのが見えた。スマホを片手に握って、周囲を見回してる人も居る。
「本当に、ほんっとーに何もしてないんですね?」
「だから、そう言ってんじゃん。しつこいぞぅ」
「じゃあ、これは何です」と言いながら私が棚から出したのは、一つのフラスコと数枚の紙である。
 そのフラスコの中は、透明な液体で半分ほど満たされていた。一見するとただの水に見える。私も、発見した当初は水だと思った。
 けれど、紙に記された内容を読んで、水では無いと確信した。
 紙には意味不明な言葉と共に、ある種のDNAとウイルス株の名前が並んでいた。そのウイルスは人類に死を齎すものではない──特効薬が開発済みなので──が、確実に大多数を一定期間苦しめるものだった。
 フラスコの中身と、紙に書かれた文字に、私は連想ゲームに興じる子供のように一つの推測を立てた。

 もしかして、謎の液体内では、ウイルスが大量に繁殖しているのでは?

「先生。ねえ、先生。何もしていないのなら、そして疾しい事が無いのなら、フラスコの中身と紙について私に説明できますよね?」
 先生の視線は、相変わらず同人誌に固定されたままだった。が、ポテチを食べる手が止まった。それが答えだった。

(了)

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