【連作】十色中の一色に過ぎない幸福論

 幸福とは何か。

 美味しいものを食べることか。
 例えばカツ丼とか。ショートケーキとか。イチゴジャムパンもクリームパンも美味しくて好きだ。納豆巻きも好きだし、アジの開きも好き。そういう、美味しい且つ好きなものを食べるのが幸福なのだろうか。確かに、幸せではある。生卵が絡んだ豚好き焼肉とか堪らない。口に目一杯頬張って噛み締めた瞬間は天にも昇る。

 あったかい布団で眠ることだろうか。
 確かに、あったかい布団は天国だ。特に、分厚い布に包まれるのが好きなので、私は冬の布団を好んでいる。夏は……悪くないけど、エアコンの冷風が邪魔。タオルケットと毛布と羽布団を重ねて、ぬっくぬくで眠るのが好きだ。幸福だ。あったかい分、翌朝の起床時がちょっと大変だけれど。でも、眠る時は幸福そのものだ。お布団と添い遂げたい程度には幸福。

 セックスをすることだろうか。
 私は、セックスがよく分からない。体液を交換し合い、ペニスを膣に収めて抜き差しする行為が、果たして幸福なのだろうか。分からない。まあ、人間の三大欲求の一つではあるけれども……セックスしたら幸せなのかしらん? 海外の映画とか観ると獣みたいにズッコバッコまぐわいながら「オウ、イエス! オウ、イエス!」と啼いているけれど(そして、先生はそのシーンを穴が開くほどガン見して擦り切れるほどリピートするけれど)、到底幸せとは思えない。と言うか、肉の抜き挿しで幸福が得られるなら、これほど安いものもないのでは。

 ……ということを先生に言ったら、何故か憐むような、それでいて慈しむような微妙な眼差しを向けられた。
「何か間違っているならどうぞ、指摘してください」とお願いしても、先生は形の良い唇をむにゃむにゃしてから「んーん、良いの。君はそのままで居てくれ」と笑う。
 そして、不意にグイッと腕を引っ張って来たと思ったら、私の両頬を押し潰さんばかりに圧縮して視線を無理やり合わせてくる。先生は、にんまりと笑って「実験しよう」と囁く。

「これから、君の好きなものを食べる。そしてお風呂に入って、良い匂いのするシャンプーとリンスで髪を洗い、良い匂いのするボディソープで体を洗う。良い匂いのするクリームでマッサージをして……ああ、ドライヤーでフワフワに髪を乾かすのも忘れない。で、あったかい布団の中でセックスしよう。気持ちよくなって、快楽の泥に嵌ったまま眠って、明日を迎えて──そんな日を繰り返したら、きっと幸せだよ。少なくとも私は幸せだ」

 なんとなく「サイテー」だと思って、全力で平手打ちした。
 でも、「サイコー」だとも思ったので、後頭部の髪を鷲掴みにして引き寄せ、噛み付いてしまった。無意識だった。ごめんね、先生。

(了)

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