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【短篇】小さな綻び、大きな結果

 ほんの小さな綻びが、後に〈大きな結果〉を齎らすことは重々承知していた。それも経験則で。
〈大きな結果〉とは時に、この上ない物──正に極上と言える場合もあり、時には絶望の底に叩き付けられる場合もあった。
 要はTPOというか、時と場合によるというか、山あり谷ありというか、禍福倚伏というか。
 兎に角そういうことである。

 今回の〈大きな結果〉は、まあまあ上々だった。
 カノジョに鞄でブン殴られそうになったので反射的に避けたら、すぐ後ろにいた男性に肘が当たってしまった。男性は俯き気味で覗き込んでいたスマホへ完全に気を取られていたから、真面に肘打ちを食らってしまう。それも脇腹に。男性はふらついて、真横の看板に打つかった。
 突然の肘打ちに男性は激怒した。当然だ。誰だって何の言われも無く肘打ちをされたら憤慨する。しかも、衝撃でスマホを落としていた。地面に転がった可哀想なスマホの画面に盛大なヒビが入っていた。弁償云々の問題が発生しそうになる。
 が、しかし、弁償云々の問題は終ぞ発生しなかった。
 何と、男性は盗撮の常習犯だったのである。肘打ちを食らったその瞬間も、傍の女子高生のスカートの中を鼻の下を伸ばしながら撮っていたというのだから呆れる。
 警察にマークされていたらしい男性は、駆け付けた制服警官によって何処かへ連れて行かれ、後に御用となった。
 変態野郎にタックルされた看板は、足とも言えるローラーをコロコロと転がして車道に出てしまっていた。
 誰かが「危ない!」と叫ぶまで、誰も気が付いていなかった。その責任の一端は変態野郎と、変態野郎に肘打ちした人間にある。二人がやいのやいのと騒いで野次馬の視線を“ふたり占め”するから、誰も看板の行方など気に掛けてなかったのだ。
 ああ、あの看板に車が突っ込んで悲惨な事故になるぞ。誰もが目を覆い、顔を逸らした。
 が、しかし、悲惨な事故は起こらなかった。
 確かに、看板に車は突っ込んだ。大手メーカーのハイブリット車だ。看板は見るも無残に破壊され、プラスチック製のゴミと化した。衝撃でハンドル操作が狂ったらしい。車は街路樹に打つかって停車した。幸い、大破したのは助手席側で、車内には運転手しか居なかった。その運転手もシートベルトに救われて、大した怪我じゃなかった。
 幸運はまだ続く。
 事故現場の僅か五メートル先では、道路交通法に中指を立てた老人が、横断歩道でも何でも無い場所を横断していたのである。しかもそこは、丁度カーブが終わったところで、交通事故の多い場所だった。もしも車が看板に突っ込まず、ハンドル操作を誤らなければ、見るも無残に破壊されていたのは老人の方だったに違いない。

 一連の出来事を俯瞰しながら、「偶には不誠実な行いからカノジョと喧嘩してみるのも良いなぁ」と思った。
 何故なら喧嘩の原因──カノジョの妹と浮気した挙句、避妊具が破れて孕ませるという事故が起きなければ、この幸運の連鎖は発生しなかったのだから。

(了)

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