【連作】内行的食文化
先生は極めて不思議な生命体だ。
見た目は十代中頃。
所謂、高校生と呼ばれる年頃で、セーラー服を着こなした上から白衣を纏っている。白衣には臙脂、マゼンダ、シアン、グリーン、イエロー、ラベンダー、ブラック、藍色、浅葱、蛍光ピンク、レモンイエロー、シルバー、ゴールド、などなど。鮮やか過ぎるインクのようなペンキのような塗料が鏤められている。
芸術家か、その類の活動をしているのかと思いきや、そうでもないらしい。その証拠に、私は、先生がキャンパスに向かって筆を揮っている姿を一度たりとも見たことが無い。彫刻に打ち込む姿も見たことが無い。
『ミラ』の表札を掲げたアトリエに入り浸っているにも関わらず、である。
先生は恐らく、女の子だ。
何故“恐らく”と註釈的単語が付くのか。理由は、女の子なのに男性向けエロ雑誌だとか、エロティックな写真集とか、どエロくてエグいR20な本を熱心に読んでいるからである。微かな開閉音にさえ気付かないほどの熱心さだ。偶に、本に顔を埋めている。冗談でも比喩でも、誇張表現でも無くて。
私は、世の中の平均的なエロい女の子(しかも女子高生)を知らない。けれど、多分、先生みたいな嗜好の子は居ないんじゃ無いかなあと思ってる。というか。居たらちょっとイヤだ。なんと無くイヤだ。先生ならギリセーフだけど、他の子は勘弁。
先生は極めて不思議な生命体だ。でも、頭も容姿も良い。
贔屓目じゃない。
白雪姫を実写化したら、こんな子だろうなあ……と確信するぐらいに、美人だ。
一点の曇りも無く真っ白で美しい、きめ細やかな肌。肩口で切り揃えられた傷みのない艶やかで指通りの良い漆黒の髪。何もかもを見通すような、宇宙の如く神秘的な大きい瞳。外国の血が入ったように筋が通った高い鼻。ぽってりと赤く、それでいて小振りな唇。程よく尖った頤。細い首筋。すらりと伸びて、しなやかな四肢。平均よりも高い身長。手足の先には色形の良い桜貝が控えめに張り付いている。
ある種の人形みたいな先生は、私には到底理解出来ない言語を操る。そして、絵を描いたり彫刻を創りだしたりはしないけれど、摩訶不思議で珍妙なカラクリを造ったり実験をしたりする。
* * *
食品ロスとかエコに対して、想像以上に意識高い系人種だったらしい先生が、『食品復元機』を完成させた。
本人曰く、「めちゃくちゃ苦労して血反吐を吐く様な思いまでした逸品」だとか。
用意すべき材料は生ゴミのみ。材料を一口分だけ『食品復元機』に投入すれば、あら不思議! 材料から抜き取ったデータで、食材でも料理でも完璧に復元できると言うのだから驚きだ。これはノーベルの平和賞だか化学賞だかを受賞すること間違い無しでは? 寧ろ、先生意外に受賞できる人います? 否、居ない。
私の興奮交えた主張に対し、先生は、私が近所の弁当屋で買ってきてあげたロースカツ弁当を美味しそうに頬張っている。その姿は、とても平然としていた。嗚呼、そんなところも素敵です先生!
「もしも世論が食品ロスを叫ばず、ゴミ処理業社が燃えるゴミの処理を無期限ボイコットしなければ、ゴミ収集業社の半分は廃業しなくて済んだし、僕も復元機なんて造らずに済んだかもしれない。でも、蓋を開ければ食品ロスは減少し、プラスチックゴミのリサイクル率も鰻登り。復元機も爆売れだから結果オーライだな」
満足気な笑みを浮かべながら、先生はソース塗れのロースカツと白米、千切りキャベツを一口ずつ。それから沢庵を一枚だけ、タッパーに移す。
きっと先生は何日か後、容器の中身を例の機械で元通りにするつもりなのだろう。先生、私は分かっていますよ。温度管理は任せて下さい!
密かに大発明だと持て囃されている『食品復元機』の欠点──それは、
“完全な生ゴミでないと稼働しない”こと。
“液体の処理には不向き”なこと。
“紛れ込んだ生ゴミ以外のゴミも粉末に加工されて、スパイスとして練り込まれる”ことだ。
もっと言えば、適切な温度、湿度、空調の管理なども、欠点の克服と同等に重要な事柄である。
この欠点その他諸々を、世間は知らない。先生は公表していないし、先生のスポンサーも公表する気がない。完全に闇に葬られようとしている事実だ。
将来、先生の発明品が、我が国の食文化にどう影響するのだろう。分からない。分かりたくもない、気がする。
私が今食べているメロンパンは、完成当初、どんな姿だったのかしら。元々、こんな姿だったのかな。それとも違う?
考えたり危惧したりしても仕方が無いのに、ちょっとだけ心配になる。同時に、このまま生き長らえて先生の発明品の恩恵に授かる日が来たら、益々疑問に拍車が掛かることを悟って死にたくなった。
今すぐ喉に詰まって窒息死したい。
切なる願いを叶える為、私は一噛みもすることなく個体を丸呑みしてみる。苦しい。暗転。
(了)
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