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東洋医学の感染症のとらえ方から学べること/鍼灸の社会参画/#2

東豪です。東洋医学ではコロナのような感染症がどのように認識されてきたのか、できるだけ流れと、全体像がわかるように書いてみたい。そのためには、回りくどいかもしれないが、東洋医学の古典の歴史を踏まえつつ、環境の変化がもたらす感染症の変化がどのようなものであったか、そんなことを比べながら考えてみたいと思う。


さて、東洋医学の古典はたくさんある。たくさんあるが、時代によって、古典の持つ意味合いが変わってくる。


東洋医学の古典の原典は、漢法いろは塾の講義でも触れた『黄帝内経(こうていだいけい)』であります。



東洋医学の原典『黄帝内経』から、漢方の聖典『傷寒論』に至るまで

『黄帝内経』は後に、二つの書籍に分かれたとされている。一つは、『黄帝内経素問(こうていだいけいそもん)』といい、東洋医学の哲学や生理病理学について書かれている。一つは、『鍼経(はりけい)』といい、鍼治療について書かれている。


そして、『黄帝内経素問』と『鍼経』で示された発熱性の病気(東洋医学では寒熱病(かんねつびょう)という)の病因病理学と、経絡学説(けいらくがくせつ)を踏襲して、漢方医学の聖典である『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』という古典が書かれました。


一説には、スープ料理を起源として、いわゆる食材の出汁と香辛料などを飲むことで、身体を調えるという方法論は、昔はむかしから存在していたとされています。スープ料理で治療するという方法論は確立されていたので、『素問』と『鍼経』で創作された系統的な医学体系を取り込むことで、一気に漢方の聖典になったとされています(もちろん、諸説あります)。


参考:医食同源の道草2-古代中国のスープベースと漢方処方(『vesta』第87号68-73頁、2012年8月)


『傷寒論雑病論』はさらに、主に、感染症などの急性熱性の病気を取り扱う『傷寒論(しょうかんろん)』と、それ以外の慢性的な経過を向かえる様々な病気(東洋医学では雑病(ざつびょう)という)を取り扱う『雑病論(ざつびょうろん)』に分かれます。


今回の話の主役は、この『傷寒論』になります。


『傷寒論』は「救急医学の書であり、感染症治療の書」、そして、学ぶ意味

漢方の聖典である『傷寒論』は、「救急医学の書であり、感染症治療の書」であると定義されている。以下、本書を学ぶことの重要性について端的に述べておりますので引用します。


引用
21世紀に入りましてから、SARS新型インフルエンザといった新しいタイプの感染症の脅威に人類がさらされているという局面も迎えています。こういう時代に感染症治療学の基本的な文献として、さらに『傷寒論』を学び直すということも要求されているかと思います。

参考:『傷寒論再考』 ー東洞生誕の地にちなんでー

『傷寒論』が求められた時代:異常気象・飢饉・疫病

『傷寒論』が求められた時代の特徴は、大きく二つの異常気象の時期に分けられます。一つは、「小氷期」のような極めて寒い寒冷期。一つは、現在のような地球温暖化した温暖期です。


始めに書かれたであろう『傷寒論』(以下、原『傷寒論』)は、「小氷期」のような寒い時期に書かれたとされています。その背景には、紀元前50年頃から始まり、洪水と干ばつが発生して飢饉が起こり、その200年後の紀元140年から3世紀にかけては「小氷期」に入りました。つまり、飢えと寒さに対抗するような漢方治療が求められました。


一方で、飢えと寒さを治療の対象としてきた原『傷寒論』でしたが、時代の変化とともに気象状況も温暖化したことで、新たに書き加えられた内容もありました。


温暖な時代には、気温の上昇に伴い食物の生産性が上がり、食生活も豊かになりました。このような時代には、飢えと寒さに強い原『傷寒論』で使われていた一部の処方は、温暖な気候と飽食で過ごした身体にとっては、反って害になるという状況も発生しました。つまり、外的要因である気温・湿度・気圧差や日常の食生活といった内的要因が、発病時の薬への反応が変化することを示しています。




寒冷期と温暖期の治療は、なぜ違いがあるのか

これらについては、かなり専門的な内容になりますので、詳しく知りたい方はこちら『『傷寒論再考』 ー東洞生誕の地にちなんでー』を一読いただければと思います。が、この寒冷期と温暖期の治療が、なぜ違いがあるのかと言う部分が、今回、皆さまに一番伝えたかった内容であり、この記事を書こうと思ったキッカケでもありますので、できるだけ分かりやすく平易に書いていきたいと思いますので、お付き合いの程、よろしくお願い致します。


さて、寒冷期と温暖期では、もちろん気温や湿度、そして気圧差が異なるので、我々の体感温度も変わってきます。寒冷期には、特に、寒さ(東洋医学では、寒さのストレッサーを「寒邪」と呼んでいます)を感じやすく、温暖期には、特に、むっとした暑さ(東洋医学では、このような暑さのストレッサーを「湿熱の邪」と呼びました)を感じやすくなります。


これら寒さ(寒邪)とむっとした暑さ(湿熱の邪)の症状の出方には違いがあります。例えば、寒さ(寒邪)では、主に、背中のぞくぞく(いわゆる風邪のひき始め)から始まり、悪寒(寒さを拒む)や悪風(風を拒む)が起こり、のずるずるなどにつながります。平たく言えば、身体の後ろの背中側から鼻や咳などの前に症状が進んでいくのが、寒邪を主とした一般的な感染症の症状の進行過程になります。このような感染症を傷寒(しょうかん)といいました。


一方で、むっとした暑さ(湿熱の邪)では、背中のぞくぞくとかそのようなものはなく、むしろ熱さを嫌う(悪熱)傾向があり、鼻のずるずるよりも喉の炎症や、胸の症状(気管支炎や肺炎など)といった、寒さ症状がなくいきなり身体の前の症状が始まるという特徴があります。これを専門用語で温病(うんびょう)といいます。



このような感染症(東洋医学では寒熱病と呼びます)に関する病理学的な考え方については、東洋医学の原典である『黄帝内経』において、既に「傷寒」と「温病」の両方の基本的な概念については提起されていました。また、『黄帝内経』が書かれたであろう時代は、原『傷寒論』と同じく寒冷な時代でした。つまり、「傷寒」を主とした病因病理学は、かなり高い精度で描かれていたにも関わらず、「温病」の解像度はまだまだ粗いものでした。


そして、寒冷期から数えて約800年後に訪れた温暖期に至り、そこから数百年間、これまでの寒冷期の感染症とは異なる感冒症状を呈する「温病」という、朧気(おぼろげ)な概念のみが漂う感染症と格闘しました。この格闘劇がおよそ西暦1200年頃。そこから更に400年が経ち、西暦1600年を過ぎた清代に至って、かつて「温病」対策に試行錯誤した中国の医者たちの知見を、「温病学(うんびょうがく)」として整理しました。


この記事を書くに当たり、一番興味を持ち伝えたかったこと

この時の格闘で得られた知見の中で、非常に興味深いと思うことがある。ここに、私が記事を書いたキッカケである。


そう、もちろん、気候が変わったことで、いわゆる新型のウイルス(東洋医学的には、寒邪から湿熱の邪へ変わった)のように外的要因に変化があったことを想定に入れている。その一方で、罹患している患者の体質にも眼を向けていることである。


罹患している患者の体質の特徴として、一般的な胃腸虚弱や栄養失調といった生命力の低下している人が挙げられる。ここまでは理解しやすいが、なんと食べすぎや飲み過ぎによって、身体の局部に停滞する水液(溜飲)や、食べたものが消化しないで胃の中に停滞した状態や停滞した食べ物(宿食)を持っている人が罹患しているという知見である。


繰り返しになりますが、胃腸虚弱や食べ物の不足によって、生命力が発揮できない患者が罹患することは、一般的な感覚で理解できるが、反って、飲み過ぎや食べ過ぎにより、余分な水分や食べ物が停滞する状態(溜飲宿食)が内的な罹患要因に挙げられていることは、非常に興味深い。


現代では糖尿病を代表に、食べ過ぎると病気になることも十二分に知られてきたが、単に、糖尿病という以外にも、飲み過ぎ食べ過ぎが罹患の内的要因になるというのは、温暖な気候で飽食な時代ならではです。

この辺りの内容は、参考にさせて頂いた論文のプレゼンターの一人である小高先生は、寒冷期の感染症対策について書かれた原『傷寒論』から、温暖期の感染症対策へ移行していく過程を、詳細な文献研究の上で描き出しているので、興味のある方は是非ご一読下さい。


この辺りでまとめ

つまり、温暖期の感染症の特徴として、①外的要因であるストレッサーが湿熱の邪に変わったこと、②日常生活上の飲食の不摂生から生じる溜飲宿食を持っている人たちの罹患リスクに着目したことが挙げられる。


このような温暖な時代は、中国においては宋(そう)代に相当します。宋代の疫病発生頻度は、寒さ厳しい秋冬ではなく、春夏に多いとも言われ、現状のコロナ環境に似ています。


外から来るウイルスの脅威に対して、換気・手指消毒・うがいなどの一般的な公衆衛生環境の心がけをするとともに、内的環境である飲食の内容や頻度や量、適度な睡眠と運動を心がけ、自分自身の生命力を発揮できる状態をつくるという努力も、本来的には大切なことなのではないでしょうか。


前回の記事にも書きましたが、生命力を発揮することが求められています。



何度も紹介しますが、詳細はこちらの論文(『傷寒論再考』 ー東洞生誕の地にちなんでー)をお読みいただければと思います。

ではまた。

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