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支えられる人になりたい。

皆さん、いかがお過ごしですか。
コロナの勢いが日増しに強くなっている状況で
私自身も今月末に予定していた
イベントへの出席を取りやめました。

皆さん、もう少しの辛抱です。
信じて待ちましょう。
以前のような日常は戻らないかもしれませんが、
きっとこの状況を打開してくれる人たちが現れるはずです。
繰り返しになりますが、
信じて待ちましょう。

前置きが長くなりました。
今回は、
ブッダの言葉(教え)です。

「善友」
という言葉を聞いた事があるでしょうか。
私は初めて聞きました。
読んで字の如く、
「善き友」
という意味です。

ブッダはこう言ったそうです。

「われらは実に朋友を得る幸せを褒め称える。自分よりも勝れ、あるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀(さい)の角(つの)のようにただ独り歩め」

ここでいう勝れた朋友とは、「善友」のことです。
犀の角とは、孤独のことです。
お釈迦さま(ブッダ)は、
修行僧に向かって「善友を求めよ」と説かれました。
しかし「善友」が得られないのなら、
「孤独に歩め」と鼓舞されたのです。

この言葉を聞いた時、
流石ブッダだ、と思いました。
お恥ずかしいですが、
すごく感心させられました。

「善友」
皆さん、知りたくありませんか?
どんな人が「善友」なのか。

流石ブッダです。
それもしっかりお教えくださっています。

①助けてくれる人
②苦しい時も楽しい時も一様である人
③自分のためを思って話してくれる人
④同情してくれる人

この4つの言葉の教えを聞いて、
この教えを実践できれば、

「私の関わる人たちを
支えられる人になれるんじゃないか?」
と素直に思いました。
本当に思いました。

「誰かの善友になりたい」

そんな決意を新たにした日になりました。

さらにさらに

「われらは実に朋友を得る幸せを褒め称える。自分よりも勝れ、あるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀(さい)の角(つの)のようにただ独り歩め」

この言葉(教え)の中には
もう一つ重要な言葉(教え)が隠されています。

このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀(さい)の角(つの)のようにただ独り歩め

この深い深い言葉。
どう理解したらいいのでしょうか。

次回は、この部分の話をしていこうと思います。

今回はブッダの言葉(教え)でした。
私の私的な見解満載でしたので、
参考になるかわかりませんが、
最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。
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では、次もお楽しみに。



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