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わたしの音楽遍歴(リスナー編)

生々しい話題が続いたので、そろそろ音楽の話に戻ろうと思います😅

まず今回は、わたしがこれまでどんな音楽を聴いてきたか?についてざっと書いてみますね。

わたしの最初の音楽体験、幼少期〜少年期あたりですが、実はずっと「クラシック」でした。

意外ですかね??

母がクラシックや映画音楽を聴くのが大好きな人で、おそらく赤子の頃から散々聴かされてきたと思われるので、自然にクラシック音楽を聴くのが好きになったんだろうと思います。

当時は父母の寝室のステレオから配線をひっぱって子供部屋にスピーカーが設置されてて、夜は消灯して真っ暗の部屋で母がかけるクラシックのレコードを子守唄のように聴きながら寝るというスタイルだったんですが、、

穏やかな曲なら良いんだけど、時々「禿山の一夜」みたいなめっちゃ怖いやつとか、「新世界より」の冒頭みたいになんか心細くなるようなのとか、DJ母の選曲セレクトがなかなかな感じの時もあって、暗い寝室でトラウマになりそうな体験も🤣

それでも小学生くらいになると、家にあるレコードを自分で聴くようになって、、といってもずらっと並んでる「クラシック全集」みたいなやつから拾い聴きしてただけですが、、

さて、ここで皆さま、そんな幼少期を過ごしたなつねぇは当然ピアノなんか習ったりしてたんでしょ?って思ったでしょうが、幼稚園のころ音楽教室に通ったものの練習が苦痛で小学生になる頃にはドロップアウトしてしまったんですよ、、

なんて勿体無い、尻引っ叩いても続けさせて欲しかった!!って母に言ったら、どの口が言うか!!ってブーメランが🪃😓

ずいぶん抵抗したそうです🤣🤣🤣

さて、そんななつねぇでしたが、小学生高学年になる頃には少しずつポップスや歌謡曲も聴くようになります。

その主な理由は「友達と音楽の話ができない」こと、、

当時、小学生でクラシックを聴いてる子なんて周囲には皆無、、モーツァルトがぁとか言っても誰も反応してくれなくて、クラスでは大ヒットしてたTV番組「ザ・ベストテン」とかの話題で持ちきりなので、なんかこのままだとマズいぞって子供心に感じたのか、話を合わせるために少しずつ歌番組なんかを見るようになったんですよね。

そして徐々にポップス系も好きになっていったところで、中学生になっていよいよ洋楽に出会うことになります。

そのキッカケですが「クラスでいちばん美人の子が洋楽ファンだったので、男子がこぞって聴きはじめて、結果学年中で洋楽が流行った」からだったりして、、

中学生、めっちゃわかりやすいですよね🤣🤣🤣

まあでもそのお陰でわたしもガチで洋楽にハマる事になったので結果オーライって事で😅

最初はラジオでヒットチャート番組なんかを聴きはじめて好きな曲をカセットテープにエアチェック(死語)してたので、オールジャンルでとにかく流行ってるものから聴きはじめました。

そのうち自分のお小遣いでレコードや音楽雑誌を買うようになって順調に深みにハマっていって、、

ちなみに最初に買ったレコードがバグルスの「ラジオスターの悲劇」、音楽誌が「ミュージックライフ」、最初にハマった推しアーティストが「ELO(エレクトリックライトオーケストラ)」というバンドでしたが、そのあたりについて書き出すと長くなりそうなので、また別の機会に詳しく書こうと思います♪

当時、友達はみんなゲーセンや買い食いとかにかなりお金を使ってたけど、わたしはお小遣いをレコードにほぼ全フリしてたので、友達に付き合ってゲーセンに行っても見る専で早く帰ってレコード聴きてぇって感じでしたね、、

でも、同じように音楽好きの友達も何人かできて、お互いレコード持ちよって一緒に聴きながらああだこうだって話したりするのも楽しかったなー♪

そして、しばらくそんな感じでいろんな曲を聴きあさっているうちに、中高生にありがちな「ハードロックに寄っていく現象」が少しずつ訪れてきました。

この頃はレインボー、ホワイトスネイクなどのハードロックバンドが人気だったり、NWOBHM(ニューウェーブオブブリティッシュヘビーメタル 長っ!)という若手バンドのムーブメントがあったりしたけど、わたしが最終的にハマったのは大御所の「Led Zeppelin」でした。

すでにドラマーのジョンボーナムは亡くなっていてバンドは休止状態だったので、リアルタイムではなく完全に後追いで聴いてたんですが、、

そしてその流れで中学〜高校にかけて今度はいわゆる「プログレッシブロック」にハマっていきます。

主に「EL&P」「キングクリムゾン」「YES」「ピンクフロイド」といった有名どころを中心に、やっぱり後追いで聴き漁ってました。

この頃、聴いてたのがほぼほぼ洋楽で、日本のロックやポップスは生意気にも格下に見てたんですが、YMOだけは衝撃的だったので別格で、テクノ系のバンドは並行してよく聴いてました。

そして高校の後半、今度は方向性が大きく変わって当時「ニューウェーブ」と呼ばれていたイギリス系の音楽にのめり込んでいきました。(パンクムーブメントの黎明期はすでに過ぎ去っていたので「ポストパンク」なんて呼び方もされていた系統のジャンルです)

きっかけは、ある日ラジオをつけっぱなしにしてたらU2のライブ音源が流れてきて、その時に偶然聴いた「New Years Day」のサウンドに雷に撃たれたような衝撃を受けてしまって、、一瞬で価値観が180度変わってしまった時の事を今でもはっきり覚えてます。

U2の他によく聴いたのが「Echo&The Bunnymen」「Smith」「The Cure」などで、特にギターサウンド的にはこの頃の音楽にいちばん強く影響を受けたような気がしますね〜

読んでいた雑誌も、高校生くらいからは「ロッキン オン」とか「宝島」とかに変わって、背伸びしてこ難しい評論文なんかをわかったような顔して読んだりして、アンテナ高い系のリスナーを気取ってたちょっと恥ずかしいお年頃だったかも💦

そしてこの頃から世界的にインディーレーベルが注目されはじめて、日本でも色んなレーベルが生まれて個性的なバンド・アーティストが出てきたことで、少しずつ邦ロックも聴くようになっていきました。

そんな状態で大学生になって軽音楽サークルに入って音楽好きの友人が一気に増えて、聴く音楽のジャンルも一気に広がっていきました。

最初に仲良くなった友人が九州出身で「ルースターズ」とか「サンハウス」とかのめんたいロックを教えてくれて、それから「RCサクセション」「Street Sliders」「ボ・ガンボス」「ZELDA」などの邦ロックにもハマっていって、、

一方洋楽はどんどん古い音楽に遡っていって、60〜70年代頃のロックなんかを中心に聴き漁りつつ、それまでイギリス系に偏ってたけどアメリカのバンドなんかも聴いてみたり、、

そしてブルース、ソウル、ファンク、R&Bなどのブラックミュージックにも足を踏み入れて、本格的に聴き始めたりしました。

この頃はアトランティック系列のSTAXというレーベルの音楽が特に好きで、「オーティス レディング」や「アレサ フランクリン」「サム クック」なんかをよく聴いてました。

もう勉強とかそっちのけで、研究室よりもサークルの部室に入り浸ってる時間の方が圧倒的に多い、絵に描いたようなダメ学生でしたねー😅

でもその後、大学を卒業して社会人になってからはバンド活動もできず友人と音楽について語る機会もめっきり減って、新しい音楽を積極的に聴く意欲もあまり無くなってしまって、、

次に変化が訪れたのは女装を始めてから、、カラオケで歌うために、それまであまり聴かなかった女性アーティストの曲をチェックするようになった時でした。

この頃好きになった曲はなぜか小林武史さんプロデュースのものが多くて、chara、salyu、My Littie Lover、一青窈あたりを聴いたり、あとはaikoとかチャットモンチーなんかもよく歌ってました。

それまでは自分は音楽に詳しい意識高いリスナーだっていう本当にお恥ずかしいプライドみたいなものがあって、世間一般のヒット曲なんかとは一線を画した音楽を聴いてきたつもりだったんですが、、

女装というフィルターを通してそうした意識が良い意味で崩れていって、ようやく少しずついろんな音楽をフラットに聴けるようになっていったのかもしれないです。

その流れは名駅西口でウクレレを弾くようになってからも続いて、いろんな年代の方が若かった頃にヒットした曲なんかを伴奏してあげると本当に嬉しそうに歌ってくれたりして、、

それまで意図的に避けてきた流行ど真ん中の曲なんかも人それぞれ人生の中で大きな意味を持ってるんだなーって感じるようになって、音楽の聴き方もだいぶ変わってきた気がします。

そんなリスナー人生を過ごしてきて、今では特に推しのアーティストもこだわりのジャンルもなく、若い頃のように貪るような音楽の聴き方もしなくなってしまったけど、、

でもきっとこんないろんな遍歴の積み重ねが自分が奏でるウクレレの音やオリジナル曲の中に滲み出ているんだろうな〜って思ってたりする今日この頃です。

そんなこんなで、ざっと流れを書いただけで長文になってしまったので今回はこれくらいにして、またそれぞれを深掘りした記事は機会があればあらためて書いてみたいと思います。

ではでは、現場からは以上です♪

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