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ライディング・ホッパー チャプター2 #8

ライディング・ホッパー 総合目次


ぞわりと、不快な感覚を覚えてアカネはキャノピー内を振り返った。それは髪にゴミが付いた感覚にも似ていた。遠隔ドローンのカメラをオンにし、俯瞰視点からリヴィエールを見下ろす。

無数のドローンが編み込まれたリヴィエールのドレスにワイヤーでぶら下がる影。ワタルの乗るトレミーだ。

「あいつ、往生際が悪い!」

先程まで勝ち誇った顔だったアカネはキッと表情を変え、体を這いあがってくる不埒ものを振るい落さんと遮二無二ドレスを振り乱す。トレミーはアメリカンクラッカーのように上下左右に振り回されながらもドローンを次々にアンカーを打ち込んでは乗り換え、しぶとく接近してくる。

リヴィエールがその身体をしならせれば、ドローン製のドレスにはたちまち巨大な津波が巻き起こり、トレミーはリヴィエールから何度も振り落とさけかける。しかし、ビルを蹴り、アンカーを打ち込み、その体にしがみつく。そしてじわじわと下半身から上半身へ登り詰める。徐々にその身のこなしが軽くなっていく。

アンカーを巻き取り前へ。ドローンを着地点にさらに前へ。ワタルの視線をトレミーがゴーグル越しにスキャンし、最適な足場をガイドする。振りほどかんとするリヴィエールはさながら大しけの海で、周りを飛び交うドローンは水面を跳ねるイルカだ。

ワイヤーを一際しならせ、リヴィエールの下から上へ大きく弧を描いてトレミーが舞い上がる。その挙動を邪魔せんと追随するドローン2機に脚を突き立てる。バズン、と軽装甲を砕く音とともに、装甲を容易く貫くヒールがドローンの下から飛び出した。更に両腕のアンカーをドレスに打ち込み、両脚のドローンがスパークし動力が失われる限界まで踏ん張ると、大物を釣り上げるように両腕を思い切り引きながら、力いっぱい跳躍した。

「お・さ・き・に」

コックピットの頭上、一瞬交錯したワタルの口元はそう動いた気がした。ドローンがアカネとワタルの間を遮った。その腹から昆虫標本のように杭の切っ先が飛び出し、ドローンは無惨に爆散した。煙は一瞬で過ぎ去り、トレミーは再度の跳躍の反動でリヴィエールを遥か後ろに遠ざけてゆく。

「ウッソでしょふざけないで……!」

奥歯を噛み締め、操縦桿を握りなおす。加速する。シートに体が沈み込む。そうだ。この瞬間。何のしがらみにも囚われず、ただ一点を目掛けて飛翔する。時間も、音も、風も置き去りにした世界。この瞬間、この一瞬が生!

ガクンと、リヴィエールの速度が落ちた。コンソールいっぱいに表示されたのは「制御システムが遠隔操作に変更されました」の文字。こちらから切断したカナズミ本部との通信が強引に復旧されたのだ。

「畜生!」

続けて映される「緊急脱出装置が起動します」の表示を見て、コンソールに拳を叩きつける。一瞬噴出した怒りはすぐに治まり、強制排出されるまでの僅かな猶予時間の中で今後の身の振り方を反芻する。

カナズミには中指を突き付けてやったのでもはや戻ることは考えられない。企業勤めは性に合わないと痛感したが、ほとぼりが冷めるまでは後ろ盾が必要だ。それについては既に手を打っている。早速コネが役に立った。

トレミーの姿形も見えなくなった前方を睨む。この屈辱を晴らすためにも、ここで墜ちる訳にはいかない。次こそは自分の翼で飛ぶ。そして勝つ。

キャノピーが吹き飛び、アカネはシートごと宙へと投げ出される。遠隔操作に切り替わったリヴィエールは玉座へと帰ってゆく。カナズミの鳴り物入りのプレゼンテーションは、こうして幕を下ろした。


【#9へ続く】


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