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旋光のスティグマ #パルプアドベントカレンダー2020

「見つけたぞ、リュウガおじさん……いや、但馬リュウガ!」
 異形の残骸が散らばる部屋に、少年の声が朗々と響き渡った。赤いバンダナを腕に巻いた荒々しい男が振り向く。その足元には血塗られた五芒星の魔方陣。
「誰かと思えば、速水の坊主か。ここはガキが来るところじゃねえ」
「そんなの関係ない!但馬リュウガ……お前は、お前は父さんを殺した!」
「だから何だ?俺を殺すって言うのか?」
「ああ、そうだ!この時をずっと!僕は待ってた!殺してやる……父さんの仇だ!」
 速水キョウスケは銃を構えた。慣れない重みで銃口はふらつき、ボロボロのランニングシューズが小刻みに震えた。
「お前には何を言っても無駄だろう。今更弁解するつもりもねえ。……だが、今この時の邪魔はするな……!」
 リュウガの姿がブレたかと思うと、キョウスケは後ろに突き飛ばされた。尻もちをついた少年に、偉丈夫は暗い影を投げかける。目元はボサボサの前髪に隠れ、その顔からは感情が読み取れない。呼吸すら咎められるような圧迫感から目を背けるように視線を落とすと、鈍く光る拳銃が視界に入り、自分の手からそれが失われていることにキョウスケはようやく気づいた。
「返せ!それは父さんの銃だ……!」
「フン、子供の手には余るモンだ。俺が預かっておく」
「っ、うう……」
 少年は屈辱と無力さに一瞬うなだれるが、流れ出そうになった涙を袖で乱暴に拭い、踵を返した男の背中へ叫ぶ。
「どうして父さんを裏切ったの!?仲間だったのに!親友だったのに!」
「……悪いが、お前の相手をしている暇はねえ。俺はこの時を待っていたんだ……ずっとな」

 直後、血で描かれた五芒星へと黒い雷が突き刺さった。邪悪な気配を帯びた嵐が巻き起こり、五芒星の中心から幾重もの蔦が伸びたかと思うと、禍々しい巨体を形どった。
 人の背丈を優に超えるそれは険峻な存在感を湛え、無数の蔦草に燭台や十字架を掲げている。その頂上には、巨木に上半身を埋め込まれた男。顔にかかる長髪と顎髭、体中に刻まれた聖痕、そして頭に戴く茨の冠。何処か憂いを帯びた瞳が二人を見下ろし、重々しい口調が空気を震わせた。
「……いつぞやは世話になったな、但馬リュウガ。我が再臨の儀式をよくも邪魔してくれたな。万死に値するぞ……」
「随分と目覚めが悪そうな格好だな、茨冠の王!それならもう一度ネンネさせてやる。永遠にな!」
(茨冠の王だって!?)キョウスケはリュウガの口から発せられた言葉に信じられない思いでいた。

 茨冠の王。神の子として生を受けながらも父に見放され地獄に落ち、歴史の狭間で蘇っては人類を闇に落とすべく暗躍する邪悪存在。世界中の人々を脅かす人類の敵。サクラメント保持者のみが唯一の対抗手段であり、現代に復活した際は日本の人里離れた山奥に密かに土着していたことを突き止められ、リュウガとジンの死闘によって葬られた。キョウスケにとっては父を誇りに思う英雄譚だ。しかし伝えられている復活の周期は数百年単位のはずであった。

「うおおおおおお!!」
 リュウガは茨冠の王へ向けて駆け出しながら無数の連打を繰り出した。その一つ一つが螺旋の弾丸となって茨冠の王に直撃、爆砕する!
 土煙がその姿を覆い隠してもなおリュウガは攻撃を止めなかった。土煙の向こうに見えるシルエット目掛け、弾丸のようなスピードで跳び、強烈な飛び蹴りを放つ!
「ハァァァーーーッ!!!」
 晴れた煙の向こう、茨冠の王には傷一つない。リュウガは目を見開き驚愕した。
「……その程度か」
「バカな!俺のサクラメントが効いていないだと……!」
「所詮貴様一人では我を倒すことなど出来ぬということだ、但馬リュウガ」
 千切れ飛んだ蔓草の断面から、爆発的な成長速度で新たな蔓が伸びている。茨冠の王はお返しとばかりに蔓草を飛ばす!リュウガは丸太のように太い蔓の乱舞を巧みな身のこなしで躱し続けるも、一瞬の隙を突きリュウガの体を拘束した。
「我が裁きの雷、その身に受けよ」
「がぁあああああああ!!」
 全身に暗黒雷撃を受けたリュウガはその場に崩れ落ちた。

「速水ジンが居なければ、所詮お前はその程度の男ということだ、但馬リュウガ」
「てっめえ……!」
「リュウガおじさん!」
 キョウスケはリュウガの傍らに駆け寄ると、その傷の深さに息を呑んだ。茨冠の王の攻撃だけではない。この戦いが始まる前に、既に彼はボロボロの体だったのだ。
「一体どういうこと?だってあいつは父さんとリュウガおじさんが倒したって……それにどうして父さんのことを……」
「小僧、もしや速水ジンの……?フフフ……話していないようだな、但馬リュウガ。あの夜のことを」
「ぐぅ、う、うるせえ……」
 リュウガはよろめきながら立ち上がる。
「一体どういうこと……?」
 キョウスケの脳裏にあの夜のことがフラッシュバックする。門限を破って遊んだあの日。炎に包まれた家。消防車のサイレン。目撃者の証言。赤いバンダナの男。
「あの場から立ち去ったのは、お前に顔向けできなかったからだ」
 リュウガは、キョウスケを茨冠の王から庇う様に背を向けたまま続けた。
「ジンのサクラメントは俺と共に戦っていた頃から減衰の兆候があった。だから全ての戦いを終えた後、俺の勧めでアイツは引退したんだ。婚約者と結婚して……キョウスケ、お前が産まれた。戦いとは無縁の幸せな人生を送るはずだった……」
 立っているのもやっとなくらいの満身創痍の体で、自らに鞭打つかのように、リュウガは声を絞り出す。懺悔をしているようだった。
「俺のサクラメントは闇の気配を察知することに長けていた。だが、あの放火の犯人は茨冠の王を信奉するカルト組織、何の力も持たないただの人間たちだった……だから俺のサクラメントは反応しなかった」
 キョウスケの視界がぐるぐる回り始めた。足元が揺らぐように感じ、唾を飲もうとしたが口腔はカラカラに干上がり、喉仏だけが虚しく上下していた。
「戦いは終わってはいなかった。茨冠の王を望む者がいる限り、奴は何度でも蘇る。そのことを分かっていたはずなのに、俺は……!」
「そん……な……」
「お前に合わせる顔がなかった。復讐に逃避し、天涯孤独の身となったお前を放り出したのは他でもない俺だ。すまない、キョウスケ」

 ずっと苦しかった。ぶっきらぼうだったけど、あんなにも親しかったリュウガおじさんが、父さんを殺すはずがないと思ってた。何かのせいにしないと自分が自分でいられなくなるような気がして恐ろしかった。だけど。

「フフ……速水ジンの息子よ、お前に何ができる?ただの子供に、この状況を打破することなどできぬ。奇跡でも起こらぬ限りな」
 無数の蔓草が二人を取り囲む。少年は立ち上がり、ゆっくりとリュウガの前に進み出た。
「待て、キョウスケ下がれ……!」
「大丈夫だよリュウガおじさん。相手が茨冠の王なら、この力も思い切り使えるから」
 キョウスケの首に巻かれたマフラーがふわりと浮き上がった。少年が身に着けた衣服がくたびれ擦り切れている中で、汚れ一つもなく純白を湛えたそれは眩く輝き始めた。
「その輝き、まさかジンの……!」
 リュウガは懐かしい気配を感じた。幻覚……否、幻覚ではない。もう失われたはずの、激情を振るう己を幾度なく戒めた気配を。二人を包む監獄がわなないた。
「サクラメントだと!?しかもこの反応……! 奴め、息子にサクラメントを継承させていたとは……しかし!」
 茨冠の王が腕をかざすと、その手から黒き閃光が迸り、少年を打ち据えた。
「ぐっ、ああっ……!」
「その力、まだ使いこなせていないようだな。ならば我が脅威となる前にその芽、摘ませてもらう……!」
 片膝をつくも、キョウスケはそれ以上屈することなく邪王を睨む。少年の意思に呼応するかのように、マフラーと同様に、その瞳から光が零れ始めた。
 茨冠の王は空いている片腕を掲げると、キョウスケに降り注ぐ雷は一層激しくなった。純白の光は徐々に押され、侵食され始める!
「安心しろ、俺がついている」
 リュウガは頭に巻いていたバンダナをキョウスケの腕にきつく結び、肩に手を置いた。
 するとバンダナが輝き始め、リュウガが流れ込んでくるのを感じた。父への思い、友情、記憶……キョウスケはいつの間にか自分が笑みを浮かべていることに気付いた。
 純白の右目に、バンダナから飛び火したように赫く左目。
 キョウスケは両手を掲げた。右手は白、左手は赤の膨大なエネルギーが放出され、二重螺旋を描きながら茨冠の王へと殺到する!
「バカな……これではまるであの時と同じ……!いや、次こそは我が神にも等しい力、その目に焼き付けるがいいわァァァァーーーッ!!!」
 茨冠の王の巨体、その全身から邪悪な蕾が開花し螺旋エネルギーへ向けて次々と暗黒雷撃が放たれた。相反する二つの光の奔流は拮抗する!
「くっ、まだだ、あともう一歩……足りない……!」
 今や静謐の仮面をかなぐり捨て、この世の者とは思えぬ鬼気迫る形相となった茨冠の王は、その巨体に闇の力を巡らせ、蔓草が血管のように脈打つ度に雷撃の威力が増してゆく。
「ハハハハハ!!我が主よ!実の息子たる我を見捨てたのならば、ヒトを統べるものとしてあなたに比肩しよう!どちらが優れた存在か、ハルマゲドンにて決着を着けるのだ!ハハハハハハハハ!」
「世迷い事を言ってんじゃねえ化け物が……!クソッこのままじゃ……!」
(父さん、僕に力を……!)

 出し抜けに、キョウスケはリュウガとは反対の肩に暖かな感触が触れたのを感じた。彼のすぐ隣にマフラーの輝きが収束し、うっすらと輪郭が形作られた。
(強くなったな、キョウスケ)
「とう、さん……?」
 声、表情、手の感触。間違えるはずもない。キョウスケが巻いているマフラーがひときわ輝き、父と子を優しく包み込んだ。
(キョウスケ、俺と一緒に過ごせた時間は決して長くはなかった。その上、お前には過酷な運命を託すことになってしまった。父親として詫びねばならん。すまない)
 キョウスケは口を動かしたが、何も出てこなかった。一体何が起こっているのか理解できなかったが、肩に触れる温かな感触が、体を満たしていくことだけが分かった。
 その後ろで、ジンを見たリュウガは細く長い息を吐いた。キョウスケからはその顔は見えないが、肩に置かれた手の震えが伝わってくる。
「ジン、俺はあの時……」
(言うな、リュウガ。こうして、もう一度キョウスケと言葉を交わすことができた……感謝する)
「ジン」
(リュウガ……俺の息子を、頼む)
「……馬鹿野郎が」
 速水ジンの輪郭がほどけ、螺旋の中に溶けてゆく。最後に、今は亡き父は息子に優しく微笑みかけた。
(マフラー、似合っているぞ)
「……うん!」
 笑いながらキョウスケは頷いた。涙はとめどなく頬を伝っていたが、父が最期に見る自分は、笑顔の方がいいと思った。

 二人を包む光が薄れ、現実が戻ってくる。冷たい黒雷が空気を震わす。地面が砕け、闇に汚染される。だが、少年が恐れるものはもう何もなかった。両肩にジンとリュウガの手が置かれ、それだけで自分はこの世で一番幸せだと感じた。
「大丈夫だよリュウガおじさん」
 リュウガが口を開くより早く、キョウスケは声をかけた。純真の白と鮮烈な赤が渦巻く瞳は、邪悪な雷のその先、茨冠の王を見据えている。
「父さんは、僕の中にいるから」
 白と赤、二つのサクラメントが共鳴し、少年の体から二重螺旋が空高く立ち昇った。螺旋はより激しく渦を巻き、雷撃を飲み込み茨冠の王を貫いた。
「バ、バカな……!かような未熟な肉体にそれほどまでの力が……!うおおおおお!!」
「茨冠の王よ!今一度闇の世界へと舞い戻り、虚無へ消え去るがいい!」
「この程度で我は滅せぬ!次こそは完膚なきまでにお前たちを下し、この世界を千年王国へと導く!その時までに我が忠実なる下僕、ダークストーカーズが必ずや貴様の命を奪うであろう!」
 茨冠の王は巨体を必死で抑え込むが、徐々に体が崩壊し、螺旋に吸い込まれる。
「いつの日か、我が父がヒトに遣わした……サクラメントを……!この手中に…………! ジーザス・クライストォォォ!!!」

 ……渦が閉じ静寂が訪れた。辺りは先程までの戦いが嘘のように静まり返り、散乱した蔓草は萎びて枯れ、五芒星は黒く干上がり、原形を留めていない廃屋に、二人だけが残された。

「全く、大した奴だ」
「終わった……の……?」
「ひとまずは、だな。全力の力を出し切って勝ったんだ。当分起きてはこられないはずだ……今度こそな」
「……はぁぁぁー……」
「頑張ったな、キョウスケ」
「……うん」
「……」
「……」
「あんなへっぴり腰で銃を突き付けてきた時は、おいおいと思ったが……」
「あれは!サクラメントは人に向ける力じゃないと父さんが言ってたし、とにかく話を聞き出さないといけないと思って仕方なく……撃つつもりは……なくて……」
「……やっぱり、お前は父親に似ているよ。冷静に考えてるつもりが、突拍子もない行動に出るところとかな」
「おじさんこそ、何をするにしてもチョクジョーテキ過ぎて頭を悩まされたって父さんから何度も聞かされたよ」
「そうか……ふふ」
「……ようやく、おじさんの笑った顔が見れた」
「こんな愉快な気持ちになったのは何時ぶりだろうな……ふふっ、はははははは!」
「なんか、変なの……あはっ、あはははは!」
「…………」
「…………」
「……帰ろう」
「でも、家に帰ってももう誰も……」
「一緒に暮らさないか」
「え?」
「ジンの野郎に任されちまったからな。そら、忙しくなるぞ。俺の寝床を用意して、美味いもんを食って、それから……俺の知ってる、お前の父さんの話をしよう。好きなだけな」
「うん……うん!」

 リュウガはボロボロの体を起こしてキョウスケに手を差し伸べた。
 キョウスケは差し出された手を取った。立った拍子に少しふらつき、その体をリュウガが支える。
「その……ごめんなさい」
「ん?何がだ?」
「ほら、最初に言ったこと」
「ああ、いいさ。よく疑われるタチだからな。そういえば初めてジンと会った時もーー」
 館の外ではいつの間にか雪が降り始めていた。暖かな光が灯された街へと続く道を、寄り添う二つの後姿は歩き続けた。

 ―――――

「はあ、はあ……」

 どこまでも伸びる影の下、少女が路地を駆けてゆく。夕焼けが照らす街は不自然なほど人気がなく、まるで世界にたったひとり取り残された様だった。

「Urrr……」「Urrrrr……」

 否、ひとりではない。何者かが――歓迎されざる忌むべき存在が――彼女を追っている。それらはまるで影のように少女の背後を離れず追い続けていた。

 街灯の頼りない光では迫り来る不安や焦燥を拭えず、むしろ暗い気配を呼び寄せているようで、少女は振り切るように細い裏路地に入ると、しばらく走り、やがて足を止めた。少女の終点には、袋小路が待ち受けていた。吐いた息と共に、体温が闇に溶けてゆく。

 歓喜に打ち震える邪悪な意思が、徐々に少女との距離を詰めてゆく。彼女を取り囲むように、五体。闇の中から差し出された手には非人間的で鋭利な爪。どす黒い血の色。

「ああ、いや……! うああああああ!」

 その時、凄まじい衝撃波がすぐ横を通過し、影の輪郭がパンチで穴を開けられたように不自然に歪んだ。

「え……」

 一拍置いて、凄まじい悲鳴をあげながら体液が噴出し、異形はねじくれ、はじけ飛ぶ。残りの影も同様に、まるで食い破られたかのように形が歪み、金切り声をあげて破裂する。少女は我に返って振り向くと、そこには小さな人影がーー少年が銃を構えて立ちはだかっていた。

「見つけたぞ、ダークストーカー!」

 少年――速水キョウスケはボロの外衣を脱ぎ捨てた。左腕にきつく巻かれたスカーフは燃えるように赫く、真白なマフラーは風もなく翻る。華奢な両脚には継ぎ接ぎに縫われたランニングシューズ。たすきに掛けられたホルスターには無骨なフォルムのリボルバー。

 大きな瞳から放たれる眼光は白と赤が絶えず渦巻き、闇の者共を炙り苦悶に身をよじらせた。

「茨冠の王のしもべたちよ!僕はお前たちを逃しはしない!このサクラメントに誓って!」


(終劇)


あとがき

 こんにちは、azitarouです。

 昨年のパルプアドカレが楽しそうだったので、桃之字さんの「今年もやるよ!」の呼びかけて即日手を上げてたのですが……担当日が発表されると12/2の文字が。まさかの2番手。タイムリミットに追われながら(こういった企画には慣れていないので……)ああでもないこうでもないと頭を捻らせて出来上がったのが『旋光のスティグマ』です。過去作のクリスマス特別編とかも考えたのですが、先月無料配信されてたゲッターOVA三作がめちゃくちゃ面白くて、筆圧の強いバトルアクションものが書きたい衝動に駆られた結果がこれです。何事もすぐに影響を受けがちなオタクなので。クリスマス要素は推して知るべし。感じてほしい。感じて……

 執筆も佳境にさしかかったところで逆噴射小説大賞2020の一次・二次選考発表があり、選考メモの内容もバシバシ刺さってきて挫けそうになったのですが、なんとか書きあげることが出来ました。4000文字程度を想定していたのが最終的に6500文字に。書きたいことを詰め込みすぎですね。反省しています。

 これからも続々とクリスマスなパルプが投稿される予定ですので、一読者として楽しませていただこうと思います。明日のご担当は祝日さんの『プレゼント』です。乞うご期待ください!良いクリスマスを!




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