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安らぎの灯

俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。

机の上に置かれたカンテラの中で、聖火は穏やかに炎の体をくねらせている。俺はその前に銃弾を一つずつ、丁寧に並べていく。少し離れたところに無造作に放置されているオートマチック・ガンが、聖火の光を受けて橙色の輪郭を型どる。

雑音混じりの携帯ラジオから、延期となったオリンピックが開催されるのは絶望的だと、死にかけのメディアが報じている。新型ウィルスのパンデミックは収まる気配はなく、物資や治療が不足した民衆が暴動を起こしたのだ。自衛隊や警官は公然と一般市民に発砲し、ホームセンターで武装した暴徒は自衛隊基地から銃器を収奪した。

今やこの国は、病気で死ぬか銃弾で死ぬかの二択でしか死を迎えることができなくなりつつある。

どうして聖火が俺の家に安置されることになったのかはもう思い出せない。通知を寄越した関係部署が翌日にオフィスごと吹き飛んだからだ。訳も分からないまま、俺は聖火を守るために必死に手を尽くした。銃を手に入れ、自前のインフラを整備し、外界と完全に遮断し、家を要塞化した。家を取り囲む鉄条網の外側では、射殺した死体とDIY爆弾で吹き飛んだ死体が山積みのままだ。そのおかげもあって、最近はうちへ盗みに入る連中は随分と減った。

鯖の缶詰を開ける。食料はもっぱら、日本が無政府状態になる前に買い込んだ缶詰や冷凍食品だ。初めは物珍しさもあり楽しみだったが、味気ない食生活が一週間、一ヶ月、半年も経つと健康維持の為の作業でしかなくなってしまった。マクドナルドのビックマックも、丸亀製麺の釜揚げうどんもとうの昔に失われ、食の楽しみがどれだけ人間性に寄与していたのか、今になって痛感するばかりだ。幸い備蓄はまだあるが、今後の身の振る舞い方を考えなければならない。当然聖火を守るためにだ。

こうして聖火を見つめていると、自然と心が安らいでいく。それは遠い異国からもたらされたロマンを感じているためか、それとももっと別の理由があるのかもしれない。いずれにせよ、俺は聖火を手放すつもりはなかった。この安らぎの炎は俺だけのもので、俺を俺たらしめる、人間性そのものとなっているからだ。ウィルスが死を撒き散らそうと、大殺戮が起きようと、そんなことは俺には関係ない。

机の上に置かれたカンテラの中で、聖火は穏やかに炎の体をくねらせている。軒先に取り付けたセンサーが反応している。久々の訪問者だ。俺は食べかけの缶詰を置く代わりにオートマチック・ガンを手に取り立ち上がった。部屋を横切りドアノブを握ろうとして、ふと聖火を振り返る。柔らかな熱を放ち続ける姿を見て気持ちが安らぐのを感じると、俺はドアノブを引いて闇の中へ足を踏み入れた。


【続かない】


これはなんですか?



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