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ストーリー、お腹いっぱい

生産者のストーリーを伝えて、共感でモノを買ってもらう

このアプローチ、お腹いっぱいに感じているのは僕だけでしょうか。


数年前から「モノからコト消費」という概念が広がり、安くて大量に手に入る商品ではなく、1つ1つていねいにその背景や作り手の想いを感じてモノを買う、という流れが一般的になりました。

これ自体は僕もとても共感していて、手に取った商品がどんな想いで作られたのかを知り、それを話しながら誰かとそれをシェアする。そんな体験はとても心地よく、この体験に価値があると思っています。


しかしながら、概念はある一線を越えると「形骸化した言葉」となり、言葉が一人歩きをしていくようになります。

「モノからコト消費」と言われるようになってから、何年が経ったことでしょうか。

誰しものがコトに価値を感じるようになった今、コトを伝えるための「ストーリー」というコンテンツは、世の中に溢れすぎていると思います。


僕も様々な方を取材してきた経験から、生産者さんや作り手さんに想いやストーリーがないことはありません。誰しもこだわりやなぜそれをやっているのか、必ず熱いものはあります

誰かがそこにある日常を「ストーリー」という便利な言葉で、切り取っているだけに思える露出が増えてしまったように感じます。表面的に露出したところで、もはやユーザーは共感慣れをしすぎてしまっているのかもしれません。


ユニクロがデザインも機能も抜群によくなったように、安い商品も「安かろう、悪かろう」から「安かろう、良かろう」が当たり前になりました。

それと同じように、想いの無い商品はもはやユーザーには見抜かれてしまうのが、今現在だと思います。


では、ストーリー飽和時代の今、どうしたら物が売れるのか。まだ僕も結論には至れてないのですが、これからは「誰が勧めているのか」という語り手が重要になるのではないかなと思っています。

少し前の時代は、生産者の想いが表面に出ることは少なく、それを露出するだけでめずらしく、だからこそ共感できました。でも、世の中にストーリーがあふれている今、想いを飲み込みすぎたユーザーは、他人のストーリーを原液のまま感じるのは、少し胃もたれを起こすようになったのでは無いでしょうか。

必要なのは、生産者や作り手の想いを原液のまま伝えるのではなく、誰かが咀嚼して、相手を見て伝えること。いわばキュレーターが必要になってくるのだと思います。

世の中には想いのある物がたくさんあることがわかった今、自分にはどんなストーリーが共感しやすいか、それをレコメンドしてくれるキュレーターこそ、必要とされている存在な気がします。

ラブレターも長文で想いを伝えるのと、短文でもシンプルに伝えるのと、それぞれ伝わり方も異なりますし、長文好き、短文好きの受け取りての好みもあるでしょう。

届ける相手を想像し、どの想いをどんな形で届けるのか。

その編集・キュレーション力が、これからの時代に必要となる力な気がします。


新しく始めるECサイト「ちちぶるオンラインショップ」ではチャレンジしていきたいと思います。(近日リリース予定)

おし

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