3ワード小説「海、幽霊、ソーダ」

「今年はどこに行こっかー」
茹だるような夏の日差しを一身に受け止めてくれるテラス席のパラソルはジリジリと音を立てるかの如く下にいる僕らのアイスコーヒーの氷を溶かしていた。
記録的猛暑が続き毎日天気予報が赤く日本を染めていて、外でスマホをいじろうものならすぐに熱暴走で操作不能になるような夏。
ガラスの向こうの涼しいテーブルを羨ましげに眺めながら彼女の計画にうんうんと相槌を打っていた。
こんな暑さなのだ、山に行こうが海に行こうが暑いのは変わらないので僕としてはクーラーの効いたところで楽しく惰眠を貪っていたいのだが年中小麦色の健康優良児アグレッシブ彼女さんは何かしないと気が済まないらしく毎年何かコンセプトを持って夏を楽しんでいる。
最後の氷が溶けたアイスコーヒーからストローを取り出して飲み干した頃に行き先が決まった。

親からお下がりでもらった軽自動車にパンパンに詰めた旅行セット、日焼け止め、なぜか膨らんでいるイルカに後方視野を塞がれながら効きの悪いエアコンに手を翳しつつ目的地に向かう。
遊泳禁止の看板を何ヶ所かすぎたころに毎年のようにお世話になっている民宿についた。

「いらっしゃい、今年も海なのね」
こちらもまた真っ黒に焼けたスタイルのいい健康優良児?な女将さんがいつものように口に軽く手を当てて笑っている。
毎日こう暑いとねーなんて他愛もない会話をしながら毎年泊まっている部屋に着き、まずは一休み。

「なぁ海入るの暑すぎてむしろ危ないんじゃないか?」
「暑いから海に浸かるんだよ、海に入らないでなにしにきたのさ」
カラカラと目を細めながら笑う彼女に釣られて口元を緩める。
実際僕自身も海は嫌いじゃない。
意味のないパラソルを刺して、その下に飲み物を置き、お留守番のようにカバンと麦わら帽を置く。
この景色を泳ぎながら見るのが好きだった。
色々なアニメや漫画の海のシーンには大抵この構図があり、自分も主人公になれたような気がしてそれだけでいい気分になれた。
水着に着替えて道具を一揃え纏めて部屋から飛び出した。
旅館の外はすぐに海で、そのまま飛び込めるほど近い。
「競争しよっ!」
とすでに旅館の外にいた彼女が叫んでいたが、荷物を持たず、さらにハンディキャップまでもらっている彼女に勝てる部分は何もなかった。

すでに水飛沫をあげる彼女を見つつパラソルを立てる。
大好きなワンセットを設置し、多少腕を回し足をぷらぷらさせて海に入る。

「やっときたなー私の勝ちだからね!」
無茶言うなと軽く流しつつ波に揺られる。
それからは特にトラブルもなく遊んだが、運転の疲れもあり、泳ぎ疲れ果てるまではさほど時間は掛からなかった。

彼女はまだ物足りないと口を尖らせていたが女将さんからもらったソーダのペットボトルを見せると尖った口は横に伸びていた。
パチパチと多少緩くなっても立派に炭酸の役目を果たし、僕らの喉を刺激した。
「まだ明日もあるし今日はこの辺にしとこうか」
彼女も水滴しか残らないペットボトルを逆さにして追い打ちをかけながらうんと頷く。

パラソルを畳みむぎらわ帽子を彼女に被せ民宿に戻る。
早いおかえりねと女将さんに言われ、ヘロヘロになりながら砂を落とした。

着替えも終え、部屋でゆっくりしていると彼女がさっきのソーダを持って部屋に帰ってきた。
先ほどとは違い、頬に当てると声が出そうなほどに冷えたソーダは何よりも素晴らしいものに見える。
カシュッと音を立ててペットボトルは泡を底から飲み口まで送っていてなんとも幻想的に思えるのは疲れて思考がゆっくりしてるのか、旅行だからなのか。
彼女は一気に飲み干し、お風呂行ってくる!とタオルを持ってサッサと行ってしまった。

パチパチと音を立てるソーダを見ていると段々と音に飲まれて眠ってしまった。

呼吸のできる海の中でたくさんの泡に囲まれている。
これは夢だとすぐにわかった。
明るいそこから無数の泡が昇っていき、その泡には少し変わったところがある
いろんな人の顔が見えるのだ。
その中でなぜか気になる泡が上がってくる。
僕はその泡から目が離せなかった。
泡は目の前でゆっくりになり、映る顔をよく見せるように目の前を通り過ぎていく。
亡くなったばあちゃんの顔だった。
この民宿も元々はばあちゃんの実家なのだ。
別に何があるわけでもなく、おばあちゃん子だった僕は久しぶりにばあちゃんに会えて懐かしい気持ちになった。

目が覚めると陽が落ちかけている。
ちょうどよく帰ってきた彼女はもう一本ソーダをもらってきていた。

「なぁ、このソーダさぁ、実は幽霊見えるんだぜ?」
からかってやろうとニヤニヤしながら彼女に話し多少気の抜けたソーダを飲み、ピリリとした炭酸に少し涙が出た。


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