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ショートショート①



さっきからずっと、時計をチェックしている男。

15分程前に、店内に現れて、アイスコーヒーを頼
むなり、自分のリュックから100円均一のお店でよく見かけるような、小ぶりのアラーム付き時計を取り出し、おもむろにテーブルの上に置くと、息を止めているのではないかという勢いで、じっとその時計を食い入るように睨みつけている。

ただの時計相手に、睨みつけているのだから、なんともおかしな光景だ。

そんな状況で、かれこれ30分は経っているのだ。
普段から人間観察が好きなので、こんなおかしな光景に出会ってしまったなら、目の前のホットコーヒーを飲み干したからといって、席を立てるわけがない。
幸いにも、次の面接までは、まだ時間がある。

私はおかしなその男の様子を見守る為、おかしな行為の行く末を見届ける為に、コーヒーを頼もうと、軽く右手をあげる。
すると、口の端を少し少し上げたか上げてないか微妙な愛想を見せて、女性店員がこちらへやってくる。

「あの、コーヒーを…」そこまで言うと、「ホットコーヒーのおかわりでしたら、ケーキとセットにされますと、コーヒーが何杯でもサービスとなります。いかがでしょうか。」

いや、その手のサービスは大体、千円位する割には、大抵二杯くらいしかおかわりもしないし、かえって高くつくだけだ。それに、タルトはあまり得意ではない。さっき店に入ってくる時に見かけた、タルトケーキばかりが並んでいたショーケースを思い出す。ここは大人しく、二杯分のコーヒーを頼んだ方がいい。
そう思いながら、ちらっと男の方を見やると、どうしたことだ、男がいない。
でも、男のリュックと、あの時計はそのままだ。なんだ、トイレにでも行っているのだな。
「あの…どうされますか?」
店員の声で我に返ると、単品のコーヒーだけを頼んだ。
トイレから戻ってきたら、恐らくは、程なくして男は会計をするだろう。そう思っていた。
果たしてそこに、オチなどあるのか、それとも単におかしな人に出会っただけで終わるのか、これで男の行動を見届ける事ができる。
あとは、次の面接場所へ間に合う時間まで、二杯目のコーヒーで面接に臨む気持ちをととのえればいい。暇を持て余していた空き時間を、どうにか有意義に過ごせそうだと、ある種の達成感を感じながら、コーヒーと男の帰りを待つ。


「お待たせしました」そう言って今度は、シャツのボタンをきっちり上まで留めた男性店員が、コーヒーを運んできて、「ごゆっくりどうぞ」と完璧な会釈をして去っていく。
フロアの責任者かなと、ぼんやり考えながら、ゆっくりと視線を先程の男のテーブルへと移して、ハッと気づく。男がいる。いや、戻ってきているのではない。別人がいるのだ。
先程の男は歳は三十代くらいで、パリッとスーツを着こなしていた。しかし今そこにいるのは、ちょうど頭の半分くらいが白髪で、まるで病院から抜け出してきたかのようなパジャマにサンダルという格好をした初老の男性がいるのだ。
老人は私に気がつくと、こう言った。

「ご無沙汰しています」

どういう事だ。私はこの老人を知るわけが無い。たった今出会ったのだ。訳が分からず目をしばしばさせていると、老人はなおもこう続けた。

「時間というものは、案外いい加減なものでね。あなたが何となく見ていた風景は、ただ何となく変わるだけだし、あなたが必死に追い続ける時間は、砂のように掌からすり抜けていく。わかるかい?時間は誰にでも平等なようで、そうでは無いんだよ。時間は有限。それだけが真実だ。」

この初対面の老人は、一体何を言っているんだ。急に話しかけてきて一体なんだ。思わず口に出しそうになる文句を、喉の奥に引っ込めるように、二杯目のコーヒーを流し込もうとするも、さっき頼んだコーヒーがない。
おかしいなと考えるよりも、とにかくこの場から立ち去りたくて、咄嗟にテーブルの伝票を掴むと、私はレジへ向かった。

コーヒー一杯分だけの勘定を済ませて、店の外へ出る。

するとそこには、無機質な白に囲まれた病院の一室だった。
ベットの傍には、あのアラーム付き時計が置いてある。

勿論、次の面接時間はとっくに過ぎていた。


🟠ここまで最後までお読みいただき、ありがとうございます😊
なんの技術も知識もありませんが、ショートショートなるものを知り、これなら挑戦できるかもしれないと思い始めました。何故なら、長編を書きたいと思っても、「長編」に支配されすぎてペンが一向に進まなかったのです。

拙い文章ですが、今日から少しずつ成長出来たらいいなぁと思いながら、無理なく書いていこうと思います。

良かったら、そこの貴方様😇
応援していただけると嬉しいです✨✨

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