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「さよなら」を積み重ねて人は大人になっていく

大人になっても忘れられない、思い出が詰まった場所はありますか?

4月に入って新しい環境に飛び込み、刺激と新鮮さを感じながら成長しています。生きる喜びは刺激にあると思っています。

少し心の余裕が出てきたので久しぶりに就寝前の映画鑑賞をしました。

「雨を告げる漂流団地」石田祐康監督の作品です。
”葬送(そうそう)”がテーマです。

葬送とは、死者との最後の別れ。

久しぶりに帰省すると、いつの間にか思い出の公園や建物がなくなっていた・・・なんてことは往々にしてあります。

時代の変化とともに新しく生まれ変わっただけなのに、大切なものがひとつ失くなった感覚です。

いつかは「さよなら」をしなければいけない。
そんなことはわかってはいるんだけど、別れを告げることが永遠の別れのようで留まってしまいます。

しかし、そこをしっかり昇華しないといつまでも心の中に漂流し続けることになるんですね。

今回視聴した「雨告げる漂流団地」は、まさにそんな心情を表す作品です。

「雨告げる漂流団地」のあらすじ

この映画のあらすじは以下です。

夏休みのある日、小学6年生の熊谷航祐(こうすけ)はクラスメートと共に取り壊しが決まった団地に忍び込む。その団地はかつて、航祐と幼馴染の夏芽が住んでいた大切な場所。航祐はそこで思いがけず夏芽と遭遇する。すると突然彼らに不思議な現象が起き、なんと、団地が大海原に漂流していたのである・・・。

団地に特別な思いを抱く夏芽

本作品のキーパーソンとも言える人物です。

幼い頃に両親が離婚し、母親と共に「団地」に引っ越してきた夏芽は熊谷家に迎え入れられます。そして夏芽は、熊谷航祐と出会いまるで本当の家族のように育てられます。

父親の役目であったのが、安爺(やすじい)こと熊谷安次です。

ある日、安爺は病で亡くなってしまいます。夏芽にとっては、家族と愛を教えてくれた大切な人。

そして、その思い出が詰まった場所が「団地」であったのです。だからこそ、団地の取り壊しを夏芽は受け入れずにいました。

これらを受け入れることは、彼女にとっての家族、自分が触れた愛を失うことと同義だと捉えていたからです。

それゆえに、夏芽は「団地」にとどまることに固執し、映画序盤ではその執拗な姿勢にイライラする視聴者もいることでしょう。

夏芽とギクシャクした関係の航祐

映画序盤から中盤まで、夏芽と航祐は会話をする度に喧嘩をします。2人は幼少期に共に育った幼馴染なのですが、いつも喧嘩ばかりです。

その要因は、安爺の死なんですね。

ある日、航祐と夏芽は様態が悪化した安爺のお見舞いに病院へ行きます。

ドアの前で立ち止まる夏芽に対して航祐はこんなことを言うんですね。

お前の爺ちゃんじゃないんだし、そんなにびびんなよ・・。

夏芽を安心させるために言った航祐の言葉が、結果として彼女を傷つけることになります。彼女にとっては「家族」であり、それが否定されたような感覚になったからです。

その会話をドア越しで聞いていた安爺は、すぐに夏芽を追いかけるよう航祐に告げます。

すぐに追いかけた航祐ですが、この間に安爺は亡くなってしまいました。大切な安爺の死に目に会えなかったのです。

このことがきっかけで、2人はギクシャクした関係になってしまいました。

本作を面白くする「団地」の立ち位置

本作が面白いのは、舞台となる「団地」側も少年少女と離れたくないという引力を働かせている点です。

そんな団地側の感情を可視化する存在として「のっぽくん」という同年代の少年が登場します。

団地はかつて「人々の憧れや夢の象徴のような場所」でした。

理想の家族の受け皿として役割を果たしていました。のっぽくんは、団地で暮らしてきた多くの家族を見届け、その幸せな家族をみることで心を満たしていたのです。

しかし、時代の変化と共に団地は徐々に無くなり、形を変えてきているのですが、この状況を「団地」の視点から見れば、何とかしたい!これからも役割を全うしていきたい!という感情になるのかもしれません。

不思議な現象を起こす原因

役割を終えつつあることを悟りながら、自身の役割を全うし続けたい団地側の思い。そして、家族や愛が紐付いた団地に固執する少女・夏芽。

この2つの力が同じ方向に働いたことが不思議な現象の原因です。

この物語に必要なのは「さよなら」

漂流現象を解決するには、この2つの力に折り合いをつけなければなりません。つまり、さよならを告げるということ。

私達は生きていく中で様々な「理想の残骸」と「夢のあと」を踏みしめて歩き続けて行かなければなりません。その時に、理想や夢に別れを告げる必要があります。

理想や夢に別れを告げることが、必ずしも絶望に直結するものではなくその先にしかない輝きや希望を生み出すことがあります。

「バイバイ」を重ねて人は大人になっていくのです。


「雨を告げる漂流団地」大人が観ても面白い作品です。
むしろ、大人こそ観るべき作品なのかもしれません。


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