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何かあったら教⑩

息子の顔はドス黒い紫色に変わろうとしていた。

「かあ…ちゃん…」

振り絞るように小さく声を出す息子を見て、私の中でカチリと何かが変わる音がした。

ザバザバザバと川の中を進むと、腕の上に丸太を乗せて、ありったけの力を込めた。腐った木の皮がバラバラと足元に落ちていく。

「めりーさん! 足が濡れちゃう! 長靴長靴! あ、手が…! 軍手…」

ニコちゃんママが後ろの方で叫んでいたが、はるか遠くを走る救急車のサイレンのように私の耳をかすめて消えた。

7年前、腰を巨大なハンマーで思いっきり殴られているような痛みのなか、私のお腹から出てきた息子。

私の姿が見えなくなると泣きながらハイハイで、どこまでも追いかけてきた。いつ終わるともわからない夜泣きに、私も泣いて夜を越し、いったい自分の時間はどこへ行ってしまったんだと途方に暮れた。1歳になる2週間前に初めて一歩を踏み出し、転びながらも自分の足で歩き、走り、気がつけば自転車に乗ってどこまでも前へ前へと進んでいく息子。

私は歯を食いしばり、顔面を歪ませながら叫んだ。

どぅおりゃ〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!


地の底から湧き上がってくるような、その叫びは私だけのものではなかった。

何十万年も前から、厳しい環境を生き抜いて来た人類に刻まれた魂の叫びだった。

メキメキメキ、と軋む音をあげて丸太が持ち上がると、小学生のニコちゃんが息子を引っ張り出すのが見えた。

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あれから1年。

今年も自分の誕生日がやって来た。

ナックを退会した私は、今年の夏を大いに楽しんだ。3人の子どもを連れて海へ行きサーフィンをし、川では飛び込みの練習をした。釣りもしたし、キャンプにも行った。

息子は今スケボーに夢中になっている。ランプに挑戦しては、つるんところぶ息子を見て、ヒヤッとすることもあるが、目をキラキラさせて人生を謳歌する子どもを見ると、何とも言えず満足感が私を満たす。

「わたしものるよぉー!」

スケボーを抱えて駄々を捏ねる2歳の娘の手を引きながら、小さな声で「なるようになるサ♪」と自分で作ったメロディに乗せて口ずさんだ。


(おわり)

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