見出し画像

「小児の言語聴覚士」という仕事の価値を高めたい【Vol.6】日本言語聴覚士協会 赤壁さん・磯野さん

言語聴覚士。ことばによるコミュニケーションに難がある方に専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職である。

小さな子どもをもつ親は「子どもがなかなか言葉を話さない」「特定の発音が難しい」など、言語発達に課題や不安を感じたとき、彼らの支援を受けたくなるだろう。

しかし残念ながら、生活圏内でアクセスできる小児分野の言語聴覚士は非常に少ない。

そこでこの連載では、小児分野の言語聴覚士やその育成に関わる方に話を伺い、子どもの言語発達に関するトピックや、言語聴覚士としての活動内容などを紹介する。

子どもの言語発達に悩むすべての人に、この記事が届きますように。


今回お話を伺うのは、小児分野の言語聴覚士であり、日本言語聴覚士協会(以下、ST協会)の理事として小児・福祉分野での認知拡大や、ステータス向上に取り組んでいる赤壁省吾さん、磯野敦さんです。

お二人の理事としての思いや活動内容、言語聴覚士の探し方、今後の方向性について教えていただきました!

赤壁 省吾さん

ST歴は20年以上、幼児期から青年期の発達支援に関わっている。現在、社会福祉法人みらいの就労グループリーダーで放課後等デイサービスや就労継続支援事業所に所属。社会活動としては日本言語聴覚士協会理事以外にも子どもの発達支援を考えるSTの会の副代表や県内の都道府県言語聴覚士会の副会長、日本LD学会広報委員など務めながら、子どもに関わる方々のネットワーク作りに精力的に取り組んでいる。実はサッカー好きで、発達障がいのお子さんが参加できるサッカー教室を2006年から取り組んでいる。ボールを使った親子の活動が一番のお気に入りで、親子で笑顔になれるサッカー教室を毎月開催。


磯野敦さん

田舎で暮らす44歳。趣味は陶芸や家庭菜園。ものづくりの町で育ち、医療・福祉・介護の観点から地域の活性化を考え、日々福祉施設や病院・行政にお邪魔している。コミュニケーションは得意な方ではないが「考えるより行動」「成功より失敗」「近道より遠回り」をモットーに日々へこたれている。地域の「生活」を支援する仕事が何よりの生きがい。

子どもに関わる仕事がしたい。病院や療育センターを経て、就労移行支援事業所へ

——まずは赤壁さんのご経歴や、今の業務内容について教えていただけますか?

赤壁さん:私は学生時代から「子どもに関する仕事がしたいな」と思っていました。1998年に専門学校を卒業し、念願の言語聴覚士になることができました。

しかし、まだその頃は就職先も少なく、短期間での契約や臨時指導員という形では決して恵まれた環境とはいえませんでした。それでも憧れていた子どもを対象とした言語聴覚士(その頃は言語療法士)として一歩を踏み出せたのは、私の中では大変な喜びでしたね。

山口県の託児所から始まり、長崎の療育指導センター、徳島県で重症心身障害児療育指導センターやリハビリ病院など転々としながら、子どもに関わる言語聴覚士として勤務を続け現在で24年間になりました。

当時、徳島県の病院には言語聴覚士がおらず、支援の必要な子どもと保護者は、車で往復3時間もかけて香川県のリハセンターまで言語訓練に通っていたんです。徳島県にも多くの多職種が協働して行える医療機関があればと感じていました。

2002年、医療機関で子どもの訓練を行なっていましたが、突然病院が閉院することになり、担当しているお子さんとの関わりが途絶えないよう、新たな医療機関を探さなければならない状況に。一時は「子どもの言語聴覚士を続けていくことは難しいのか……」と思ったこともありました。

そんな絶望の淵に立たされ路頭に迷っていた時に、担当していた保護者さんに徳島の天満病院を紹介してもらいました。病院にはリハビリテーション科はあるものの、子どものハビリテーションは行なったことのない病院で、子どもの言語訓練ができる保証もありませんでした。それでも一度、話を聞いてくれることとなったんです。

そこで、子どもの言語訓練をしたい気持ち、今の徳島の現状、担当している子どものことなどお話をさせていただきました。すると最後には、前理事長に「やりたいことをしなさい、何かあれば責任は私がとるよ」と言ってもらい、子どもの言語訓練をする場所をつなぐことができました。そして、子どもを担当してくださることになる医師との出会いも、私の人生の転機となりました。

この天満病院の医師が「子どもの発達を責任持って診ることができる医師でありたい」と、徳島県内で発達障害の診察をしている大学病院の大学院まで自身の診療の傍ら、学びに行ってくださることになりました。そういった意味では、今振り返ると「人とのつながり」にとても恵まれていたのだと思います。

その頃はちょうど、文部科学省が初めて行った調査で「小中学校に発達障害の可能性のある児童が6%いる」と報告された時期です。発達障害がこれから学校現場に浸透する直前でした。

——今は障害のある方の就労を支援する就労支援事業所で、管理者を務めているそうですね。

はい。今まで病院で担当していたお子さんの訓練は、就学前までは週1回でしたが、就学後は訓練頻度が減っていきます。しかし、医師による発達障害の診療はその後も続きます。訓練終了となって言語聴覚士との関係がいったん途絶えたとしても、ライフステージを長くみてくださる医師の存在はとても重要です。

今は安定をしていても、さまざまなライフイベントを通じて良くも悪くも不安定になることがあります。その時にすぐに相談できる医師がいることはとても大切なことです。その中で「子どもが、高校を卒業してから就職で困っている」という話が挙がりました。なかなか就職できなかったり、また就職先で理解が得られなかったりという課題があるということが見えてきたんです。

そこで、2014年から病院とは別に就労移行支援事業所を作り、私が管理者をすることになりました。現在では30名ほどの方が就労されています。開設から1年後、1人目の就職は小さな頃から担当をしていた方でした。管理者としての喜びもありましたが、言語聴覚士として今までの関わりを振り返り、家族の大切さや今まで関わってくれた方の大切さ、そのバトンが今につながっていることを学びました。

給料を自分の好きなことに使い、税金を納め、少しは貯金する。改めて「自立とは」「安定とは」「関わりとは」と考えた時間は、今でも大切な経験です。

磯野さんの孤軍奮闘を見て、赤壁さんも理事へ挑戦

——赤壁さんがST協会の理事になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

赤壁さん:磯野さんがきっかけです。ST協会にはさまざまな領域の言語聴覚士が常任理事や理事として在籍していますが、当時障害福祉分野の理事は磯野さんしかおられませんでした。私は今までは徳島県言語聴覚士会の副会長や、子どもの発達支援を考える会の副代表として、小児を対象とされている言語聴覚士の皆さんと繋がりを多く持たせていただきました。

その活動の中で磯野さんに会って協会の話を伺ったときに「小児の言語聴覚士をなんとかしたい!」という想いをお聞きしました。私も小児の言語聴覚士がこのままではいけないと思っていたので、協会の理事になり、言語聴覚士の中核となる協会から小児領域の現状を良くしていくことはたくさんあると思いました。それが約2年前でのことです。

——磯野さんのご経歴と、ST協会の理事になった経緯を教えてください。

磯野さん:私は2000年に専門学校を卒業したのち、茨城県内で言語聴覚士として勤務していました。2017年から茨城県言語聴覚士会の理事や、ST協会の理事を務めています。福祉分野では、主に児童デイサービスに関わっていました。

長く現場にいるうちに、私自身が現場にいるよりも、児童デイサービスなどに言語聴覚士が置かれるような活動をするほうが向いているのでは?と思うようになりました。

そんなときに、元々付き合いのあったST協会の理事の先生から話を伺い、理事に立候補し、現在は協会理事になりました。そして、障害福祉部の部長に就任をすることになりました。

——2017年当時、福祉分野での言語聴覚士にはどのような課題がありましたか?

磯野さん:言語聴覚士は元々、医療分野での支援を念頭に教育や資格化が進んだので、療育や就労支援といった福祉分野での活動が、十分に認知されているとは言いがたい状況でした。また、福祉分野に言語聴覚士を置くための制度もあまり整備されていませんでした。

まずは、制度面の改善と認知を広げるための啓発活動、そして福祉分野における言語聴覚士の質の向上を行っていこうと思い、活動をスタートさせました。ところが、一人でできることには限界があります。仲間を増やそうとさまざまなところで探した結果、赤壁先生に行き着き、直接お話しをさせていただき現在に至ります。

今は赤壁先生の他にも小児分野に強い理事が増えてトータル5名ほどになり、とても心強いです。

小児分野の言語聴覚士がさらに活躍できるような後押しを

——赤壁さんは、ST協会の理事としてどのような活動をしていますか?

赤壁さん:今取り組んでいるのは、ST協会で小児に関する実務者研修会や障害福祉分野の連絡協議会を企画し、ネットワーク作りを行なっています。また、障害福祉分野のリーフレット作成や乳幼児健診の入門ガイドなども作っています。

言語聴覚士の対応領域は、小児から成人を対象に、聴覚障害、言語・発達障害、脳性マヒ、失語・高次脳機能障害、発声発語障害、音声障害、摂食・嚥下障害など非常に幅広いのですが、小児を行う言語聴覚士も協会に入会をしているメリットを感じられるように活動しています。

また、言語聴覚士は女性が多い職種ですので、ライフスタイルの変化があってもキャリアを止めることなく研修会などにも参加しやすくできるように、理事になる前からオンラインでの実施を進めたいと思っていましたが、ちょうどコロナ禍での社会の変化が後押しになりましたね。

——赤壁さんがまず解決したい課題は何でしょうか。

赤壁さん:小児を含めた福祉分野で言語聴覚士の働き方は多様です。しかし、その働き方はあまり知られていません。福祉分野の言語聴覚士の数ほど、さまざまな働き方があると考えています。

医療機関の言語聴覚士の場合は言語訓練室での個別訓練が主ですが、福祉の場合は個別訓練以外に、集団の中や遊びの中に溶け込みながら関わることも多くなります。いわば日常全ての生活空間の中で、言語聴覚士としての関わりが考えられます。例えば、散歩中に落ち葉を拾い、葉に穴を空けてあげてそっと覗いてみるという遊びの中でも、「メガネみたいだね」と見立てて遊び、アイコンタクトが生まれ、そして利目が左右どっちなのかまでわかるわけです。

先ほど磯野先生が言った通り、養成校では医療分野での活動を前提に教育を受けます。そのため、個別訓練が言語聴覚士のイメージとして強いわけです。また、医療分野は基本的に縦の関係性が強くて、仕事の仕方や作業療法士など他の専門家との連携の取り方は、先輩の言語聴覚士から教わることができます。

しかし療育センターなどの福祉分野では、児童指導員や作業療法士などと横並びの関係性になり、グループでの動きがメインとなります。そのため、多職種との連携や協働が大切です。養成校の授業では個別対応のイメージが先行しがちなため、チームの中での動き方をしないといけないとなった時に、最初はどの方も戸惑うことはよくあるのではないかと考えています。

福祉分野だからできることのひとつは、学校や保育園との連携など、地域社会とのつながりを作りやすい点です。そして地域の現場に参加して、実際に利用者さんに対応することもできるので、子どもの居場所に近い場所で言語聴覚士として活躍できます。そのために、どのような方法で関わることができるのかなども伝えられるようにしたいと考えています。

また今は、児童発達支援事業所や放課後等デイサービスの事業所で言語聴覚士の所属がある場合は、「児童指導員加配の専門職員加算」「専門的支援加算」の算定ができるように整備されました。言語聴覚士を雇うメリットなどについても伝え、子どもに関わる言語聴覚士が福祉分野で活躍できる土壌を作っていきたいと考えています。

そのほかには、言語聴覚士の育成も重要です。ST協会や都道府県言語聴覚士会、また子どもを対象とする言語聴覚士を私と同じように発展させていきたいという皆さんを、協会の活動を通じてつなげていきたいと考えています。

それからST協会は、日本発達障害ネットワーク(JDDnet)に加入しており、そこでのワーキンググループを通じて、言語聴覚士としての意見を政府に上げるような動きもしています。こうした活動を通じて、福祉・小児分野の言語聴覚士の意見を反映させていきたいと考えています。

子どもの先にいる家族まで支援したい

——言語聴覚士となかなかつながれない保護者も多いようなのですが、どうやって探したらいいのでしょうか。

赤壁さん:ST協会の公式サイトから、ST協会に登録している言語聴覚士がいる施設を検索することができます

また、各都道府県での活動を展開している都道府県言語聴覚士会でも、言語聴覚士のいる施設リストが掲載されていることが多いです。まずはここで探してみてはどうでしょうか。

磯野さん:お住まいの地域の自治体では、言語聴覚士がどこかに勤務しているはずです。私も茨城県内の役所から問い合わせを受けたら、言語聴覚士のいる施設とつなげるようにしています。まずは自治体に問い合わせてみてください

——最後に、今後ST協会や言語聴覚士の一人として、どのような活動をしていきたいかを教えてください。

赤壁さん:ST協会としては、「言語聴覚士は何をしている仕事なのか?」という基本的な部分から啓発に力を入れていきたいと思います。また、言語聴覚士になりたいという方を増やしてもいきたいと考えています。ホームページには「めざせST!」というサイトもありますので、ぜひ見ていただきたいです。

私自身としては、就労支援もしている経験から、幼児期から成人期まで長いスパンで子ども達を見ることのできる環境にあるので、その経験を子どもや保護者やSTに伝えていけたらと思っています。

子どもには自分で乗り越えていく力があると思うんです。実際には、就労の現場では、自分で選択をして自己決定をした上で乗り越えたという経験がとても大切だと感じているところです。子ども達には自分が主役の人生を送ってもらいたいと願っています。

そして、サポートをする家族も大切だと思うんですよ。子どもと一緒にお父さんやお母さん、兄弟姉妹、時々お迎えに来てくれるおじいちゃんやおばあちゃんも含めて「家族支援」をしていきたい気持ちも大切だと感じているところです。保護者の気持ちも汲み取りながら、そっと支えられるサポートしていきたいです。

磯野さん:赤壁先生と同じ気持ちです。そのほかでは、言語聴覚士の職能としての地位向上に努めていきたいと考えています。言語聴覚士にも生活がありますので、仕事に見合った報酬単価が設定され、技術や仕事内容が認められ、しっかりと言語聴覚士に還元されるようにしたいです。引き続き国に訴えていきます。

そして並行して研修会や勉強会などを行い、言語聴覚士の意識・スキルの向上をサポートしていきたいです。

いただいたサポートは取材代もしくは子どものおやつ代にします!そのお気持ちが嬉しいです。ありがとうございます!