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当事者になってわかった、支援者との「視点の違い」【Vol.14】言語聴覚士 佐々木美都樹さん

言語聴覚士。ことばによるコミュニケーションに難がある方に専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職である。

小さな子どもをもつ親は「子どもがなかなか言葉を話さない」「特定の発音が難しい」など、言語発達に課題や不安を感じたとき、彼らの支援を受けたくなるだろう。

しかし残念ながら、生活圏内でアクセスできる小児分野の言語聴覚士は非常に少ない。

そこでこの連載では、小児分野の言語聴覚士やその育成に関わる方に話を伺い、子どもの言語発達に関するトピックや、言語聴覚士としての活動内容などを紹介する。

子どもの言語発達に悩むすべての人に、この記事が届きますように。


今回お話を伺ったのは、言語聴覚士の佐々木美都樹さんです。言語聴覚士として働く傍ら、難病児をもつ親として当事者の立場も体験しています。そんな佐々木さんに、当事者になってわかった支援者とのギャップなどについてうかがいました。

言語聴覚士 佐々木美都樹(ささき・みづき)

成人を対象とした外来リハビリテーション施設・通所リハビリテーション施設・訪問リハビリテーション施設・介護老人保健施設、小児を対象とした訪問看護・児童発達支援事業所での勤務を経験。現在は、訪問看護・児童発達支援事業所で勤務する傍ら「気軽に相談できる言語聴覚士」を目指し、ことばの相談室Hopalを運営している。Twitter上では「ササミ」として、当事者・支援者の双方の気持ちを発信中。

高校時代の体験から「ことばの専門家」への道を歩む

——はじめに、佐々木さんが言語聴覚士になった経緯を教えてください。

佐々木さん(以下略):

高校時代、滑舌が不明瞭な部活の先輩がいて、私が何度も聞き返したために先輩の表情を暗くしてしまったことがありました。この体験を機に「言葉」について興味を持つようになります。

母が医療従事者だったので、先輩への対応などについて相談したら「言語聴覚士という職業があるんだよ」と教えてもらって。それを聞いたときに「この仕事をやるしかない!」と思ったんです。そんなきっかけで言語聴覚士を志しました。

——その後、どのように言語聴覚士としてのキャリアを積んでいきましたか?

大学の専門課程で学んでいるうちに、成人分野と小児分野があることを知り、自分は小児分野に興味があると感じました。構音だけでなく、言語発達や吃音にも興味を持ちましたね。実習先では難聴児の担当もさせてもらいました。

でも就職するときにびっくり。小児はとにかく求人がありません!そこでまずは成人分野で働こうと、外来・通所リハビリ施設へ就職。その後、訪問リハビリ施設でも働き、現役世代や高齢者の失語症や高次脳機能障害などのリハビリを担当していました。

その後妊娠したのですが、安定期に入った頃、お腹の中の子どもに病気があると判明します。そこから2年半ほど休職させてもらい、産休、出産、そして育休。

生後2カ月、生まれて2回目のだっこ。人工呼吸器など医療機器を多く使用していたため、医師立ち会いの元でしかだっこできなかったそう。

育休が終わる頃には、子どもが希少な難病児だとわかったため、元いた職場の介護老人保健施設に非常勤で復帰しました。さらに、子どもがお世話になっている訪問リハビリ施設と児童発達支援施設でも「働かない?」と声をかけていただき、こちらも非常勤で勤務しています。

「ありがとうございました」の裏に隠された、当事者の本音

——佐々木さんは、お子さんを療育に通わせている「当事者」と、ケアを行う「支援者」としての立場を両方経験しています。両者にはやはりギャップがあるのでしょうか。

非常に大きなギャップがあると感じています。当事者になり、SNSなどで改めて当事者である保護者の意見を見聞きしたのですが、不満がかなり多かったんです。

例えば、そもそも言語聴覚士の支援が受けにくいという不満です。これはスタッフとしてはどうしようもない話ではありますが、
「半年〜1年ほど待っているが、まだ受けられない」
「療育施設や病院、言語聴覚士が選べず、空いているところに行くしかない」
といった声がありました。

また、支援を受けている人からは、支援内容に関する不満が。
「ずっと同じ内容の支援を受けている。課題の中で成長が見られず、がっかりする」
「ただ遊んでいるだけに見える」
「藁にもすがる思いで通っているのに、その気持ちを汲んでもらえていない気がする」
などの意見が少なくありません。

個人的に驚いたのは
「言語聴覚士に、我が子に合った遊びを提案してもらってショックを受けた。今までの自分の育児が間違っていると感じた」
「『〇〇をがんばりましょう』と言われ、自分はがんばっていなかったんだと思ってしまった」
という声です。

おそらく言語聴覚士には当事者を責める気持ちはないと思います。でも当事者がそう捉えてしまったら、そこで関係性が崩れてしまいますよね。

——そんな厳しい意見を受けて、どう感じましたか?

こうした意見が少数ではなかったことに衝撃を受けました。中には、言語聴覚士以外のスタッフへの不満もありましたし、その言語聴覚士個人の問題かもしれません。また、言語聴覚士の数が少ないために、心身共に疲弊している方が多いことも知っています。

でも言語聴覚士として一生懸命働いてきたからこそ、このギャップはとても悲しかったです。なんとかして両者の溝を埋めたいと思いました。

「あなたのお子さんを大切に思っているよ」という気持ちを伝えて

——当事者の意見を受けて、佐々木さんが考える「言語聴覚士の仕事に活かしてほしいこと」を教えてください。

以前、SNSで当事者の皆さんに「リハビリで嬉しかったこと」を聞きました。そこで出てきた意見のうち、日々の支援に行かせると感じたことは以下の2つです。

・少しのことでも、子どもの成長を褒めてくれる
・子どもの好きなキャラクターなどを支援内容に含めてくれる

これ、当事者の立場だとすごくよくわかるんです。当事者はいつも「この子育てでよいのかな…」という不安があるので、少しの成長でも褒めてもらえると安心できます。また、好きな遊びやキャラクターなどを支援に活かしてもらえると、子どものやる気が変わりますし、何より「うちの子を大切に思ってくれているんだな」と感じます。

一方で支援者の立場からみると驚きがありました。支援する側として"よいこと”だと思っていたのは、正しい評価をしてお子さんに合った支援プログラムを行い、結果を出すことです。そのため、嬉しいこと=結果が出ることだと思っていました。でも当事者から求められていたのは、まったく別のこと。まさに視点に乖離がある状態だといえます。

——当事者と支援者の距離を縮めるために、支援者ができることは何でしょうか。

もちろん支援の結果を出すことも大切だと思いますが、まずは「あなたのお子さんを大切に思っていますよ」という気持ちがしっかり伝わるようなリハビリを行うとよいのではないでしょうか。

言語聴覚士からすると「時間が来ると目の前に親子が来て、支援を行う」ということが毎日ずっと続きます。でもその目の前にいるお子さんに対する気持ちを、少しでも深掘りしてほしいと思います。その親子はどんな思いでリハビリに来ていて、リハビリを受けるまでにどんなストーリーがあったのでしょうか。少し思いを馳せてみてほしいです。

例えばうちの子であれば、生産期よりもだいぶ早く生まれ、予後が非常に悪く、生存確率は2割だと言われました。その後成長を続けていますが、日本に数人しかいない難病で、医療的ケアが一生続きます。この医療的ケアの都合上、外出予定があるときは事前に調整を重ねて、やっとの思いで外出しています。

医療的ケア児以外にも、子供の癇癪やパニックに対応しながら外出していたり、親1人で兄弟姉妹を複数人連れていく家庭もあります。リハビリを受けること自体が一大イベントの家庭も多いかもしれない……。そんな状況も知ってもらえたらと思います。

また、当事者の不満を見ていると「言語聴覚士は説明しているけれど、それが伝わっていないんだろうな…」と思うものが散見されました。療育に関してまったく知識がない当事者も、自分で調べてかなり詳しくなっている当事者もいます。だからこそ、当事者の知識レベルに合わせて説明することが、非常に重要だと感じました。

児童発達支援事業所にて、スパイスカレー作りを体験する息子さん。振動が心地よく、積極的に手を伸ばしていたそう。「支援者の皆様のアイデアは、言語聴覚士としても親としても感銘を受けます」(佐々木さん)

療育の「セカンドオピニオン」として頼ってほしい

——今後はどのような活動を考えていますか?展望を教えてください。

言語聴覚士が、美容師さんに近い立ち位置になるのが理想だと考えています。言葉や発音について少し気になったらサクッと予約ができて、相性があまりよくなかったら別のスタッフに変更できるイメージです。

当事者が支援者を選べる立場になれば、言語聴覚士も美容師さんのように、自己研鑽や努力を怠らず、スキルだけでなく場の雰囲気作りや空間作りにまで気を遣うようになるかもしれません。そうすれば、両者の乖離も少しずつなくなっていくと思います。

私は最近、非常勤の仕事と平行してことばの相談室 Hopal(ホパール)を立ち上げ、小児専門のオンライン相談サービスを提供し始めました。相談内容は、言葉やコミュニケーションに関する悩みや、発達障害全般、育児や現在受けている支援に関する悩みなど、広く対応しています。

病院で受けた治療方針に対して不安がある場合、別の病院にセカンドオピニオンを聞きに行けますが、人手不足である療育の現場では、他専門家の意見を聞く機会があまりありません。だからこそ、Hopalをセカンドオピニオン的な感覚で利用してもらえたらと思います。平日夜や土日など、ご利用をお待ちしております!

——最後に、すでに言語聴覚士の支援を受けている当事者や、支援を受けようか悩んでいる当事者に向けて、メッセージをお願いします。

当事者の声の中で、「ずっと同じ内容の訓練を受けているので『うちの子ができないからでしょうか』と言語聴覚士に聞きたいけれど、『そうです。成長していないんです』と言われるのが怖くて聞けない…」という当事者の声がありました。

しかしこれは当事者のせいではありません!お子さんの状態をきちんと評価して、課題設定するのは言語聴覚士の役割です。課題がずっと変わらないのは意図的に行っているか、言語聴覚士の評価が誤っていたか、いくつかの理由が考えられます。だからこそ言語聴覚士に何でも質問してほしいです。

そうは言っても、普段支援を受けている言語聴覚士に直接聞きにくいこともあると思います。そんなときは、同じ施設にいる心理士さんや看護師、別の言語聴覚士など、他の専門家から意見をもらうとよいでしょう。

今の療育は、言語聴覚士につながることがゴールになってしまいがちです。でもそれはあくまで、当事者と言語聴覚士が「お子さんの発達を支えるチーム」として活動する出発点だと捉えています。「お子さんができることを増やして、自分らしく生活できるようにしたい」という思いは支援者も同じ。些細なことでよいので、ぜひ質問・相談してみてください。

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