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「うちの子、難聴かな?」と思ったときにすべきこと【Vol.10】なないろ教室 土井さん

言語聴覚士。ことばによるコミュニケーションに難がある方に専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職である。

小さな子どもをもつ親は「子どもがなかなか言葉を話さない」「特定の発音が難しい」など、言語発達に課題や不安を感じたとき、彼らの支援を受けたくなるだろう。

しかし残念ながら、生活圏内でアクセスできる小児分野の言語聴覚士は非常に少ない。

そこでこの連載では、小児分野の言語聴覚士やその育成に関わる方に話を伺い、子どもの言語発達に関するトピックや、言語聴覚士としての活動内容などを紹介する。

子どもの言語発達に悩むすべての人に、この記事が届きますように。


今回お話を伺ったのは、難聴児の療育を専門とする「なないろ教室」の土井礼子さんです。子どもの難聴に気づいたばかり、もしくはまだ気づいていない保護者は、療育にどう繋がっていけばよいのでしょうか。支援に繋がるためのポイントや、療育の内容についてうかがいました。

なないろ教室 土井礼子(どい・れいこ)さん

言語聴覚士・Clinical Audiologist(MAudSA)・博士(Ph.D)。難聴療育施設勤務を経て、大学院在籍中に個人で難聴児を持つ家族への遠隔支援や訪問支援を行う。2011年に補聴器店の業務の一環としてなないろ教室を開室。2015年に独立し、現在までに多くの難聴児の療育に携わっている。

コミュニケーションに困った経験から、言語聴覚士の道へ

——はじめに、土井さんが言語聴覚士になった経緯や、難聴児の支援をしようと思った理由を教えてください。

土井さん(以下略):

私は親の都合で高校時代をアメリカで過ごし、第三カ国語(外国語)としてアメリカ手話(ASL)を学びました。そこで、手話を学んだことがない難聴の同級生と出会い「騒音下だと聞き取りにくい」「3人以上の会話にうまく入れない」「分からない言葉や聞き逃しがあると、意味の把握が難しい」といった困りごとがあると聞きました。

その内容はESL(第二言語としての英語)として英語を学ぶ私が感じていたことと似ていて、この出会いをきっかけに難聴という世界を知りたいと思ったんです。

大学では社会福祉を専攻し、難聴幼児通園施設(当時の名称)で実習を行いました。そこで見学した療育がとても心に残り「コミュニケーションで苦労した自分の経験を活かして、難聴児の言葉を育むお手伝いをしたい!」と思ったのが、言語指導員(言語聴覚士)になったきっかけです。

——現在までの経歴を教えてください。

大学卒業後は同施設に就職。大学院に進学し、一度休職して言語学の修士号と言語聴覚士資格を取得。復職して2年勤務した後にオーストラリアに留学し、Audiology修士コースを卒業。帰国後に人工内耳のメーカーに1年勤務しながら、オーストラリアのClinical Audiologist資格を取得しました。また、大学院博士課程では聴覚障害児の遠隔支援の研究を行い、博士号も取得しています。

大学院在籍中に、難聴児を持つ家族への遠隔支援や訪問支援を個人事業で行い、2011年には懇意だった補聴器店の一画で「なないろ教室」を開室しました。2015年に独立し、現在までに多くの難聴児の療育に携わっています。

なないろ教室で使用している教材の一例

新生児聴覚スクリーニングをパスしていても、難聴だといわれる可能性がある

——子どもの難聴には、どのようなタイミングで気づくのでしょうか。

最初のタイミングは、生後1カ月以内に受ける「新生児聴覚スクリーニング」です。ここで数回Refer(要検査)となった場合は、3カ月以内に専門機関で精密検査を実施、その結果、難聴診断を受けたら、6カ月以内に療育などの支援を開始します。

よって、基本的には早期発見・早期療育の流れがあるのですが、実は大きな問題が2点隠れています。

1点目は、もし早期発見ができたとしても、保護者が希望する療育を行える施設が必ずしも近隣にないこと。2点目は、難聴があっても新生児聴覚スクリーニングをパスしてしまうケースがあることです。ここで拾われなかった軽度や進行性などの難聴児は、就学前後まで長く見過ごされる可能性があります。

——難聴児に対する療育にはどのような方法があり、どうしたら希望する療育を受けられるのでしょうか。

療育方法は、主に①手話や指文字などの視覚言語主体②視覚言語と音声言語の組み合わせ③音声言語主体、そして手話にも、日本語とは異なる文法による「日本手話」と、日本語の文法に準じた「日本語対応手話」の2種類があります。

希望する療育を受けるためには、とにかく情報収集することが必要です。施設によって療育の手段が異なるため、保護者の希望に沿った施設を根気強く探すことが、最初のハードルだと思います。

その地域にある施設はもちろん、地域外の専門家が提供しているオンライン療育を含めて探し、保護者向けの講座なども積極的に受けてみてください。

——療育を受けるにあたって、難聴特有の課題はありますか。

難聴を抱える子は“支援のはざま”に落ちやすいのが課題だと感じています。難聴児はろう児と違って「聞こえる部分」があるので、聴力によっては「補聴器は装用しなくてよい」「療育は必要ない」と言われてしまうことがあります。

また、近隣の療育センターに難聴専門の言語聴覚士がいなかったり、地域によってはろう学校(聴覚支援学校)まで片道2時間以上かけて通ったりと、難聴向けの療育を受けること自体が難しい状況です。

それから、ろう学校に通う場合、0〜3歳の頃は月数回通うだけだったとしても、年少からは毎日親子で通園するようになることが多いです。そうすると、保護者のどちらかは仕事を辞めるなどの対応を迫られてしまうんですよね……。

支援に「正解」はない。お子さんそれぞれに適した方法を模索

——難聴と発達障害を併発している場合、どのような支援が必要になるのでしょうか。

難聴に加えて特性のあるお子さんの場合、「聴覚活用なら大丈夫」「手話があれば大丈夫」など、画一的な答えはありません。お子さんの課題も、指さしがない、指さしを見ない、三項関係(自分・もの・大人という3つの関係性)が成立しない、動作模倣が出てこないなど多様です。

また「難聴があるから、視覚的な提示さえあれば大丈夫だろう」という思い込みもなくす必要があります。中には、聴覚活用がコミュニケーションをする上で助けになるお子さんもいるからです。

もし手話になかなか馴染めなかったとしても、絵カードや写真、コミュニケーションボードのような視覚的な手がかりや、早期の文字導入が有効なケースもあります。絵カードや文字は目の前に残るので、それが手助けになっているのでしょう。

まとめると、何か画一的な支援方法があるわけではなく、そのお子さんの特徴や状態に合わせて、適切な支援を行うことが大切だと思っています。

——なないろ教室では、早期療育や就学前の療育でどのような支援を行っているのでしょうか。

早期療育では、保護者のメンタルケアがもっとも重要だと思います。支援する内容としては、離乳食相談や自宅での遊び方の相談、関わり方や言葉がけの指導など、子育て支援に近い内容が多いかもしれません。補聴器の装用がうまくいかないときや、保護者の職場復帰のタイミングなどの相談にも乗りますね。

就学前の療育では、語彙力や説明力、表現力、コミュニケーション力に加えて、読み書きも扱っています。保護者からは保育園や幼稚園での困りごとに関する相談が多い印象です。

個人的には、自由会話の中で言葉を広げることをとても重要視しています。難聴であっても、コミュニケーションを楽しんでほしいからです。これはなないろ教室の大きな特徴だと思います。また、必要に応じて構音指導も行います。

小学2年生の利用者が書いた絵。療育ではさまざまな方法でコミュニケーションをとる

——難聴を見落とさないために、日頃から意識しておきたいことはありますか?

正直なところ、養育者が軽度〜中度の難聴に気づくのはかなり難しいです。強いていえば「発音(構音)が気になる」「聞き返しが多い」「会話がかみ合わない」などがあれば、注視したほうがよいと思います。

こうした行動の原因は、難聴ではなく他の障害にあるかもしれません。それでも、保護者の「何かおかしい」という勘は大切にしたほうがよいと思っています。まずは小児科や耳鼻科に相談して、聴力検査を受けてはどうでしょうか。

近年は出生後の新生児聴覚スクリーニングによって難聴が発覚する流れのため、もしかしたら専門家に「新生児聴覚スクリーニングをパスしたなら、難聴ではないのでは」と言われてしまうかもしれません。でも、そこでの見逃しや片耳難聴、進行性の難聴の可能性もあるので「聴覚診断を受けさせてください」とはっきり伝えるのがおすすめです。

数少ない小児難聴の専門家になんとか繋がってほしい

——今後の展望を教えてください。

現在はSNSでの発信を強化しています。これは自分にとっても大きな第一歩でした。慣れないながらも、自分の思いを発信できていると思っています。

これまでは未就学児を中心に療育をしてきたのですが、今後は就学児向けにも何かできないかと思案中です。新たなご報告ができる日を楽しみにしていてください。

——最後に、子どもの言語発達に悩む親御さんへ向けて、メッセージをお願いします。

「難聴」の幅が広いこともあって、難聴療育の方法はさまざまです。どれが正解ということはないと思っています。難聴療育はやや「言葉育て」に偏りがちになるのですが、保護者にはもっと広く捉えて「子育て」と考えてもらいたいと常々思っています。

ろう学校の先生は全国にいるものの、小児難聴の療育を専門にしている言語聴覚士は非常に少ないのが現状です。親子が楽しく過ごせる手伝いができる、信頼感のある療育者に出会うための労力は、惜しまないでほしいなと思っています。

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