見出し画像

アテネからボルドーへ

成田から上海へ、上海からアテネへ、アテネからボルドーへ。
日本人はギリシャのアテネ空港までは10人に1人くらいはいたが、ボルドー行きの飛行機ではまったく、東洋人すら見かけなかった。

乗り換えが1時間15分しかなく、小走りして搭乗ゲートに急ぎ向かったが、私が最後の乗客だったらしい。飛行機までのバスに乗ると、すぐにドアが閉まった。Excuse meと声をかけて乗り込むと、ドア口にいた二人の大きな男の人は振り返って、笑顔で応えてくれた。身体の大きい彼らからすれば、身長145cmもない私は子どもに見えるだろう。

階段を登って飛行機に乗り込むと、真っ青な制服を着たCAさんが迎えてくれた。彼女はHelloと言っただけだったが「こんにちは、小さい旅人さん」とども訳したいような笑顔を向けて、青い包みの入ったかごを差し出してくれる。一瞬イヤホンを配っているのかなと思ったのだがそれはキャンディで、ちょっと驚いたために高くなった声でThank youと言って受け取った。

機内には既に座っている人も多かったから、何ヶ所かを中継して回ってきたのだろう。私の席は通路側で、わざわざどいてもらう必要がなかったのはよかった。隣には男の人が座っていたのでHelloと声をかけて座る。彼もまた、無言ながらも笑顔で応えてくれる。このお兄さんは、その後私が機内食のラップが取れなかった時に、開けようか?と声をかけてくれた。ラップはやはりかなり硬くて、結局お兄さんもきれいには開けられなかったけれど、気づかって助けていただいてありがたかった。

座席にはモニターがついていないので、救命胴衣の付け方はCAさんが実演しする。ギリシャ語、スペイン語、英語、それぞれの説明のたびにキビキビと動作を繰り返し、キリッとした表情で真っ直ぐ前を見てなめらかに腕を動かして説明するその様子はさながらファッションモデルで、その間、機内の通路はランウェイのようだった。

飛行機が離陸してから一息ついて見渡すと、周りは皆、西洋の人である。
今度こそ本当に、「引き返せないほど遠くに来たのだな」と思った。これからの一年間、このように周りに日本人が(おそらく)いない環境で生きていくことになる。私は自分の顔が見えていないけれど、他の人の目から見れば明らかに異なる顔つき身体つきをしているわけで、さぞ異なって見えることだろうと思う。

でも、きっと異物だと一番意識しているのは私自身だ。周りの人は案外そんなこと気にしていないものだ。だから、この一年間では私がフランス・ボルドーに受け入れられるか否かはあまり問題ではなく、私がフランス・ボルドーを受け入れられるかが問われることになるのだろう。そのための自己破壊をどれほど自らに許せるか。私はできるだけ向こうの生活や文化を吸収したいと思っており、自己破壊をするのがむしろ楽しみであるが、受け入れ難いと思うこともあるだろう。その譲れないところこそが私の日本的なこだわりといえるのかもしれない。

とすると、今のところ、そのこだわりが最も顕著に表出しているのが、食事である。私は基本的に出されたものは無理してでも残さず食べるようにしているが、機内食は4回のうち2回、どうしても完食できなかった。私は不味いと思うので食べられなかったが、皆は実際どうなんだろう。不味いと思っていないのか、不味いと思っていても許容範囲内だから食べているのか。信じ難いが、たぶん前者だろう。見ると、周りはほとんど完食している。


右はスクランブルエッグとポテト。このラップが硬くて、なかなかはがせなかった。
左はグラノーラ?少し食べたけれどとても食べられなかった。

そうこうしているうちに、着陸。
ボルドーの空気は冷えていて、クーラーでキンキンに冷やした部屋にいるような乾いた寒さだった。よく晴れているが、日差しはさほど強くはない。全体に明るく爽やかな印象。
「ハッハァ、寒そうだねぇ、マダム」とおじさんに声をかけられる。
マダムと呼ばれるのはもう少し年齢が上の方々だと思っていたが、パッと見たところ子どものように見えているであろう私でも「マダム」と呼ぶ。そういえば去年の旅行でもそうだった。
袖なしで寒そうにしているのは私ともう一人のおばさんくらいで、みんな用意がよく、バッグから次々と上着を取り出している。さっきのおじさんはバッグから長袖のトレーナーを着て、ある女性は薄めのダウンを羽織っていた。

入学許可書の提示を求められたり、滞在先を申告する必要があるかと思っていたが、パスポートを提示するだけであっさり入国できてしまった。

空港から街の中央までは路面電車が走っている。街の様子を見ながら移動できるのは楽しい。空港近くでは団地みたいな建物もあるが、1〜2階建ての一軒家が多い。中央に近づくと、アパルトマンが多くなるが、高層ビルはわずかだ。フリーマーケット(マルシェ)をやっていたり、街中にメリーゴーランドがあったり、と思ったら観覧車まであった。そのすぐそばを流れる川には大きな船が停泊している。観覧車と停泊する船は、私に横浜のみなとみらいを思い出させた。

ホテルに着いたのは14時少し前。少し奥まったところにあって、スーツケースに引きずられながらウロウロしてやっと見つけた。
荷物を置いて、明後日月曜日から通うことになっている語学学校が歩いて10分ほどの距離にあるので場所の確認がてら見に行く。今日は土曜日で休みなのか、それにしてもひっそりしていて、一度気づかず通り過ぎてしまった。

一年間たっぷりあるのだから、今日は疲れているし、ホテルでこもることにしよう。と思いながらこれを書き始めて、気づいたらもう20時近い。書き始めたのが18時前だったから、もう2時間くらい経っている。ボルドーは、というかヨーロッパは日が暮れるのが遅いので、日本にいたときのようには外の暗さで時間を計れない。思ったより時間が流れるのは速い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?