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映画感想#49 「あん」(2015年)

監督・脚本 河瀬直美
出演 樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、水野美紀、市原悦子、仲野太賀、兼松若人、浅田美代子 他
2015年 日本 113分



自然の姿を見て、聞くこと

どら焼きが食べたくなる映画。
和菓子が苦手なコワモテ店長さんと、どら焼き屋に突然現れたおばあさん。この2人の人生から、「生きること」についての意味を考えさせられます。

まず映像的な部分についてですが、画面いっぱいに広がる日本の自然が美しく、こちらまで風の匂いが伝わってくるような瑞々しさがありました。
アスペクト比1.78:1のワイドな画面は、風景シーンの時に抜けてきます。
満開の桜の花。その向こうに透けて見える満月。春の空気。
単純に画面が大きいことで、自然の美しさ・力強さが倍増したかのように感じられました。
また"寄り"のカメラワークが多く、まるで登場人物の目線になったかのような感覚になり、感情移入がしやすい映像だと思います。

キャストについては、やはり樹木希林ありきの映画でしょう。ただのおばあさんじゃない。可愛らしさを残しつつ、どこか謎めいた徳江さんという女性を、自然体で演じていました。

どら焼き屋さんの徳江さん

近所の中学生ワカナ役には、樹木希林の孫である内田伽羅。おっとりしていて、なんとなく周りに馴染めない女の子の役がぴったりでした。

ワカナ

ねえ、店長さん
わたしたちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。
だとすれば、何かになれなくてもわたしたちは
わたしたちには
生きる意味が、あるのよ

キネマ旬報ムック「あん」オフィシャルブックP125
吉井徳江のセリフ

この徳江さんの人生観は、映画の「音」の素晴らしさによって説得力が生まれていたと思います。小豆を煮る音、豆畑に吹く風の音を、繊細に丁寧に紡ぎ出す。BGMを排除し、風や虫の声、日の光までを感じさせる自然の音をしっかり聞かせる演出のおかげで、徳江さんの精神世界に入っていけるような気がしました。

徳江さん

偏見は無知ゆえ

このような人生観を持つようになったのは、長らく閉ざされた生活をしていたからでしょう。
徳江さんはハンセン病患者として14歳で施設に入って以来、世間から隔離された人生を送ってきました。今やハンセン病は感染しないことが明らかにも関わらず、世間は冷たいものです。
自分にはどうにもできない不条理なことってたくさんある。

どら焼き屋から離れざるを得なかった徳江さんを救えないことで、永瀬正敏演じる店長さんは苦しみます。
かつて暴力沙汰を起こし、オーナーに保釈金を払ってもらった身である彼がどら焼きを売るのは、ただ借金返済のため。しかし徳江さんに出会い、前向きに精一杯生きることを自覚していきます。
「生きる意味はある。」
徳江さんがそう強く言ってくれることで、どら焼きと自分の人生に向き合って、また一歩踏み出した店長さん。

偏見をもたらすのは無知。
正しく理解すること、もしくは正しく理解しようとする姿勢は、絶対に偏見には結びつかない。理解しようともせずに人を批判して、その人の人生を抹消することは、許し難い行動だと思います。

この映画は、偏見によって苦しんでいる人がいることを、そっと教えてくれている。
徳江さんの人生が、店長さんのおかげで少しでも報われていると良いな。

☆鑑賞日 2015年6月3日


余談①〜樹木希林のこと〜

私にとってはこの「あん」という映画が、しっかり樹木希林を認識して見た初めての映画になりました。過去の作品を振り返って見ることはできるけど、新作で出会うことができないのが寂しい。
とはいえ2018年に亡くなるまでの3年間に、樹木希林の映画をたくさん見たように思います。「海街diary」「モリのいる場所」「海よりもまだ深く」「万引き家族」などなど。是枝映画の常連でもありますし、まだ見てない映画は、機会を見つけて見ていこうと思います。

余談②〜主題歌のこと〜

映画の主題歌に惹かれることってまずないのですが、秦基博の「水彩の月」という曲は、映画の内容とセットで思い出すくらい、大事な要素になっています。この曲単体でももちろん良いのですが、映画を見た後だと、歌詞がすっと入ってくる。
映画を見終わる時にはいつも結構ボロボロ泣いているのですが、秦くんの声が程よく癒してくれます。感謝です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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