まぬけ
ベランダで洗濯物を干していた。
今日は日曜日だった。
近頃雨続きだったが、この天気であれば洗濯物は十分乾きそうだった。
3日ほど溜めていた洗濯物は思ったよりも多かった。全部干したら一家族分ぐらいにはなるんじゃないかと彼は思った。
彼は一人だった。
学生時代の友人たちは結婚していて、子供ができている奴もいた。次第に彼らは家庭の事で忙しくなり、連絡も取らなくなっていた。
社会人になってから今年で3年目になる。仕事にも慣れ、辛いと感じることも無くなってきた。ただ、この生活がこれから先ずっと続いていくということにうんざりはしていた。
「くそくらえ」
彼はそう口に出してみた。
突然風が強く吹き始めた。彼の手にしていた白いTシャツが風に吹かれて飛んで行ってしまった。そのTシャツは、まるで生命をもつかのようにしばらくふわふわと宙に浮かぶと、スッとベランダの下に落ちていった。
彼の住むマンションの部屋は5階にあった。彼はベランダから身を乗り出して下を覗き込んでみた。Tシャツは地面に広がっていた。
「やれやれ」と彼は思った。
下まで降りてTシャツを拾ってこなくてはいけなかった。
その時、彼の携帯電話が鳴った。
知らない電話番号からだった。
「はい、〇〇です」
「あ、久しぶりー。私、高校の時の〇〇なんだけど覚えてる?」
電話の相手は同級生だった女性からの電話だった。彼女は明るい性格で、周りからも好かれていた。彼も彼女のことは好意的にみていた。
「どうしてこの電話番号がわかったの?」
「同級生の〇〇から聞いたんだー。ねえ、久しぶりだからこのあとちょっとだけ話さない?」
「いいよ、特に予定はないから」
「よかった。じゃあ15時ぐらいに〇〇駅に集合でどう?」
「OK」
「じゃあまたね」
こんなドラマのような展開が現実に起こりうるんだなと思い、少し恥ずかしくも思ったが、彼は満更でもなかった。
彼女のことを思い出してみた。確かに魅力的な女性だったなと思い出に浸っていた。
彼はぼんやりと上を向きながら、ベランダの手すりを左手で掴もうとした。
しかし、ベランダの手すりはそこにはなかった。彼は掴み損ねたのだ。
体はバランスを崩し、体から全部の力が抜けていくような感覚がした。
「やれやれ」と彼は思った。
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