第1話-「少年処刑人の相棒(バディ)兼保護者になりました」

 "処刑人"──「ニホン共和国」の法治を支える、国家から任命を受けた職業のひとつ。
 我が国では、世襲制により「山村一族」にその役目が受け継がれている。
 彼らは幼少期より特殊で過酷な訓練を受ける。そして自らを律し、決してその力を優良な民衆に向けることはない。
 しかしながら、"国民の手"として認められる一方で忌み嫌われ恐れられる、「最強の一族」である。

 だがその最強神話は、ある日脆くも破れ去ることとなる──。

『無理心中か? 最強の処刑人・山村夫妻、死亡が確認される』
『本日葬儀 小学校に通う息子を残し──当主の後継は誰が?』
 スマートデバイスの画面に並ぶ報道を一瞥し、喪服を着た少年──山村アンリ(やまむら・あんり)は目を伏せた。
「坊っちゃま。出棺のお時間でございます」
 執事を務める老人──鵜飼(うかい 通称:じい)の言葉に頷き、アンリは教会へと運ばれていく両親の棺を見送る。
 別れを悲しむ人間に、家業を苦にして自殺をなどと好き勝手に吹聴する人間。あえて彼らに聞こえるよう、アンリは顔を上げた。
「父様、母様、どうか安らかな眠りを。そして、もしふたりを手にかけた罪人がいるのならば……その者には、赦しを」
 気丈に振る舞う少年の姿に、一族や周囲の人間は涙を拭う。
 それでいい。復讐など考えていないのだと、犯人を安心させろ──アンリは怒りで震えそうになる手を押さえ込み、心中で呟いた。
(待っていろ。お前は必ず、僕が殺す──!)
 アンリの目に昏い炎が灯っていることに気づいたのは、執事の鵜飼ただひとりだった。

***

「はぁ!?」
 役員室に、俺──川原幸介(かわはら・こうすけ)の声が響き渡る。
「聞こえなかったか? 君は今日から、処刑人候補・山村アンリのバディであり、保護者だ」
 一度目に聞いた時と一言一句変わらない上司──円堂真姫(えんどう・まき 通称:閻魔)の言葉に、俺は言葉を飲み込む。何よりこの女上司は、冗談を言わない。
 しかしながら、反論もある。
「円堂さん。俺の仕事は、バウンサー……要人の護衛ですよね。処刑人の相棒を務めるなんて、この部署の仕事じゃないと思うんですが」
「若い奴はみんなそうだ。俺の仕事じゃない、こんな任務のために入ったわけじゃない……」
 鋭い言葉と眼光に、思わず怯む。
「いいか、川原。これは"ものすごくいい仕事"だ。なぜなら──君の、将来の目標はなんだったかな?」
「人と関わらずに済む、どこか遠い国で暮らすこと……です」
 円堂さんは頷く。
「任期はきっかり1年。その間に山村アンリが処刑人認定試験をクリアすれば、君は晴れて解放される」
 1年……と呟くと、彼女はそう簡単ではない、という風に目を細めた。
「無論、簡単ではない。これまでの合格者の最年少記録は18歳。対して彼は小学生だからな。だが、もし合格した暁には──君の望みを叶えるには、十分すぎる額が支払われる」
「そんな依頼、誰が……」
 答えをもらう代わりに黙って微笑まれ、「なるほど、自分の役職では聞けない事情か」と納得する。

 ただ、確認すべきことがひとつある。最初から拒否権はないにしてもだ。
「俺の"体質"については……向こうは知ってるんですよね?」
「無論、織り込み済みだ。元々"死神"と呼ばれる一族相手に、何を言うのかと鼻で笑われたよ」
 なるほど。それなら安心──と言えるわけでもないが、納得はできた。俺の"体質"など恐るるに足りぬ、ということだろう。こちらとしても、将来の目標が早く叶うなら叶うほどいい。
「わかりました。その任務、お受けします」
 そう言ってくれると思っていたよ、と微笑み、円堂さんはようやく俺の目から視線を外した。
「ところで──そのスーツ、どうした?」
 彼女の疑問も無理はない。俺が着ているスーツは、膝から下がびしょ濡れになっていた。それも片足だけという奇妙さだ。
「ああ。ここに来る途中、水を撒いてるお婆さんがいて……それはなんとか避けたんですけど」
 なるべく的確に説明しようと思い、実際の距離と動きを再現しつつ伝える。
「うむ」
「飛び退いた場所に鉢植えが落ちてきて──まあ、それも避けたんですけど」
「相変わらず、回避力は見事だな」
「避けた先に、水撒き用のバケツがあって……そこに足を突っ込んだ結果です。まあ、誰も怪我しなかったので良かったんですけど」
 そんなことだろうと思った、と円堂さんは肩をすくめる。
「難儀なものだな、"不幸体質"というのは。最初はそんなもの信じられなかったが」
 そうだろうな、と思う。新卒で入った会社が不祥事で倒産したり、住んでいたアパートが火事で全焼して住む場所を失ったり、ようやく就職できた先では一番不人気の部署に配属される。信号はいつも赤だし、新しい靴を下ろせば予報外の雨に降られる。些細な不幸が当たり前のように重なる──それが俺の日常であった。
 そのぶん予測と対処は手慣れたものだし、他人を怪我させたり不幸にするわけではないのがせめてもの救いだが。
「今回も、貧乏くじじゃないことを祈ってます」
 その言葉に、彼女は笑みを深くする。
「保証するよ。君にとって必ず、当たりくじになるとね」

 都内中央に位置する高級住宅街から少し離れた場所に、山村家の屋敷はあった。
 かつてフランスで死刑執行人を務めたシャルル=アンリ・サンソンの血を引く一族と言われており、その屋敷もかなり洋風のお屋敷という出で立ちだ。もちろん道中でも猫を避けようとして車にぶつかりかけるなど色々あったが、いつものことだ。
 俺は緊張で少し強張りながら、インターフォンから名を名乗る。
 "死神"と恐れられる一族に、一体どんな迎え方をされるのか。幽霊屋敷みたいな雰囲気だったら、1年間ここに住むのは無理かもしれない。そんなことを考えている間に、ドアが開いた。
「川原様ですね。わたくし、執事の鵜飼と申します」
 そう名乗る老人は執事服に白いエプロンをつけているのだが、そこには転々と血のような染みがついているではないか。
「か……解剖中とかですか」
 かつてのサンソン家は、死刑執行人を務めるかたわらで医者を兼任していたのだそうだ。そしてその家では、死体の解剖なども行われていたという。
 それを思い出しつい口にした言葉だったが、俺は早くも後悔しかけていた。
「いえ、"調理中"でして。このような格好で失礼いたします」
「調理!?」

 もはや何も聞くべきではない……そう直感し、案内されるままに屋敷の中を進む。アンリ様はこちらですと案内されたのはキッチンで、入り口まで出迎えたその少年もまた、赤い染みのついたエプロンを着用していた。
「は、初めまして。川原幸介です」
 思わず引き攣る顔と声だが、アンリは気にする様子もない。
「山村アンリです」
 表情に乏しい大人しそうな少年に見えたのは、そこまでだった。
「一応来てもらいましたけど、あなたは試験について何も手伝わなくていいので。正式な処刑人になるために保護者が必要なことと、処刑人は二人ひと組で行動するという規則があるから、仕方なく……理解できましたか?」
 と同時に、手が差し出される。
 めちゃくちゃ嫌なヤツじゃないか……!という衝撃と心の声を飲み込み、握手すべきかどうか迷っているうちに、アンリは差し出した手を引っ込めた。
「……山村アンリくん」
 言うべきことを考えた結果、ようやく彼の名を呼ぶことができた。
「アンリで結構です、川原さん」
「アンリ。君は『何もしなくていい』と言うが……自分は、仕事でここに来ている」
 そうだ、このアンリを試験に受からせ、正式な処刑人として認めさせるのが俺の仕事だ。何もせず見守っていて、もし失敗したらどうする? だってこの子は、まだこんな小さい子どもなのだ。
「それに、俺はバウンサーだ。君の足を引っ張ることはないし、むしろ子どもの君より強いはずだ。だから、せめて協力を──」
「…………だったら、試してみますか?」
「え?」
「本当にあなたが僕より強いか、試してみるかと言ったんです。──じい!」
 アンリの言葉を合図に、鵜飼の爺さんがアンリのエプロンを預かる。
 そして壁にあるパネルを開き、中のボタンをいくつか素早く押していく。
 すると、キッチンのフローリングが少しずつ沈んでいき──地下への階段が現れたのだった。

 屋敷の地下はいくつかのエリアに分かれており、俺が通されたのは武道場だった。渡された白い道着に着替えて出ていくと、黒い道着に身を包んだアンリが待っていた。鵜飼の爺さんは、執事服のまま見守っている。
 ここまでお膳立てされては、もはや引き返せない。
「アンリ。怪我をしても知らないぞ」
「それはこちらのセリフです」
 アンリは相変わらず生意気だが、子どもに怪我をさせるわけにはいかない。適当に手加減をして──と考えていたのが、間違いだった。
 目にも止まらぬ速さで移動したアンリが、こちらの脛に蹴りを入れてきたのだ。普段でも痛いが、今日はバケツに足を突っ込んだ際に脛を打っているのだ。余計に痛い。
「いって……!!」
「今のは挨拶がわりです」
 既に間合いをとったアンリが、手招きするように挑発をする。
 こいつ!と思わず踏み出して反撃を試みるが、アンリは素早い。
「ちょ、ちょっと待て。これ、ルールは!?」
 慌てる俺の声に、鵜飼の爺さんが答える。
「どちらかが"参った"と言うまでです。それが山村流でございます」
 冗談を言っているようには見えない。
(くそ……! 絶対あいつに言わせる!)
 アンリの攻撃は素早いが、一発ずつはそこまで痛くない。先ほど打たれた脛は痛いが、パターンさえ見切れば、受け流すことはそう難しくはなかった。だが……
(あ、当たらない──!)
 当然ながら、バウンサーの仕事で対峙するのは屈強な男たちが多い。彼らの攻撃をいかに防ぎ、相手の力を利用して跳ね返すかを考え戦ってきた。
 体術にそれなりに自負を持っていた俺だが、自分の半分ほどしか身長のない子どもを相手に戦ったことはなかったのだ。
「子ども相手だから勝てない──なんて、思ってます?」
「!!」
 アンリの言葉で我に返る。
「それが直接の原因じゃありません。あなたはバウンサーで、僕は処刑人」
 息も乱さず、アンリが続ける。
「あなたは"守るための戦い方"ですが、僕は相手を"殺すための戦い方"をする。だから──ッ!」
 下からの連撃を受けた直後、アンリが跳躍する。その手刀が俺の首筋を狙う──と思わず青ざめた瞬間、アンリは攻撃をやめそのまま着地した。
 理解できないという顔の俺を一瞥して、アンリは視線を外す。
「ここまでにしておきましょう。最初の一撃で足を痛めつけてしまいましたし」
「あ…………」
「元々、どこかで打って痛めてたんでしょう? あなたがあんまり上手に隠してたので、そうとは知らず攻撃してしまいました」
 俺はしばらく言葉が出ずに呆けてしまったが、次に言う言葉はもう決まっていた。

「"参った"。俺の負けだ、アンリ」
 アンリは弾かれたようにこちらを見つめる。まさか俺が、負けを認めるとは思わなかったのだろう。
「別に……あなたは、負けていません。今日のところは、勝負は持ち越しです」
 照れくさそうに手を差し出すアンリは、もはやただの嫌なガキではなかった。その手を握り返すと驚いたような顔をしたが、すぐに真顔に戻った。
「動いたらお腹が空きました。じい、"調理"に戻りましょう」
「承知しました」
 和やかなムードだったが、俺は"調理"という言葉に恐怖した。ふたりのエプロンについていた赤い染みだ。
「なあ、調理ってまさか……」と聞くまでもなく、ふたりは階段をのぼっていく。

 悩んだ末、後に続いた俺が見たのは──調理台の上で無惨な姿となった、トマトの残骸だった。
「トマトかよ!!」
 思わず叫ぶ俺を、アンリと鵜飼は不思議そうな目で見ているのだった。

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