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Little Diamond 第9話

前回までのあらすじ

父に内緒で家出してきた王女ジュリア(15)は、魔法使いの青年ユウト(18)と一緒に、全国規模の武術大会に出場することとなった。

首都から近い、ククルの町で行われた予選大会。

かつてこの国最強と謳われた母親仕込みの格闘技を武器とするジュリアは、大柄な格闘家、魔法忍者、詠唱系魔法使いを知恵と工夫で撃破していった。

一方、酒場と道具屋でバイトを掛け持つフリーターのユウトは、人を傷つけることを嫌う優しい性格ゆえに、苦戦続き。

しかし剣士やお色気ダンサー、魔法の効かない巨漢ボクサーをなんとか場外に落として勝ち上がった。

そして迎えた予選決勝。

3ブロックに分かれてのトーナメントとなっているため、各ブロックで勝利した3名はそのまま、首都で行われる本戦大会へ出場が決まる。

同じブロックになってしまった2人は、ここで対戦することとなった。

第9話 氷点下、命の焔

9‐1 ユウトside

オレはいま、すっごく悩んでいる。
明日は予選決勝、ジュリちゃんとの対戦だというのに。

彼女と戦うことに抵抗があるし、打ち倒すイメージなど描くことができなかった。

時計を見ればいつの間にかもう0時を過ぎていた。
ベッドに入ってからずっと、頭を抱えながらのたうち回っている。

発表会とかテストの前日のような、漠然とした不安と緊張、気分の高揚。
寝なきゃいけないのに眠れない。

「ハァァ……どうしようぅぅ……」
頭の中がムズ痒い。モヤモヤする。
どうにかして片づけてしまわなければ。

この問題を棚上げにしたまま眠ることなんて、到底無理だ。

うぅん……複雑な問題を解決するには、問題を分割して小さなところから固めていくのが早道だ……とかなんかの本に書いてあったような気がする。

ひとまず。

実際に倒すか倒さないかは、今はちょっと置いとこう。
難しいところは後回し。

「仮に」倒すとすれば……で作戦を考えてみよう。
若干気分が違うかもしれない。

深呼吸~。ふうぅぅぅ……。

まず一番の脅威は、彼女の素早さだ。

オレは格闘に関しては全くの素人だし、型なんかも当然分からない。
だから動きを予測することができない。

風魔法で姿勢を補助するにしても、本気の連撃がきたら避けるなんてきっと無理だろう。

大雑把な彼女のことだ……先手必勝とばかりに開始直後に飛び掛かってくるに違いない。
念動力を発動してもパワーで振り切られる可能性が大きい。

土系魔法を使えれば壁とかで阻むこともできるけど、あいにくオレは重元素魔法は苦手だ。使えるのは軽元素系……低出力の火と、水や氷、風、反重力魔法と簡単な幻覚魔法……。

痛いことはしたくないし、今までみたいに場外に落とすのはすでに手の内が知れている気がするし。

場外の他で勝利判定をもらうには、相手を試合続行不可能にするか降参させるかだけど……ジュリちゃんは絶対に降参なんかしないだろうしなぁ……。

てか降参させるにしても、床に組み伏せるなんて乱暴なことは、紳士なオレにできるはずもない。

戦闘中は興奮状態だから、眠らせる魔法も効きづらいしなぁぁ……。

わぁぁぁぁん……結局どうしたらいいんだぁぁぁ……!

9‐2 ジュリアside

「おはよ~ジュリちゃ~ん」

いつものように朝のウォームアップを終えてカウンターで朝食をいただいていると、2階からユウトがあくびをしながら降りてきた。

アレ……?
なんか様子が違う。

いつもはヨレヨレのシャツにジーパン、おばあちゃんから譲り受けたという古めかしいローブを羽織っているのが定番だったのに。

アクセサリーをジャラジャラさせているのは相変わらずだが、今日は緩めのカーゴパンツにセーター、ニットのビーニー帽をかぶっている。

カジュアルな雰囲気……っていうのかな。
「どうしたの、その格好」

「ふっふっふ……ジュリちゃんとの対戦が分かっているからな……物理防御を重視してきたぜぃ」

よく見ると、セーターの下に黒いラバープロテクタ―が見える。

打撃や銃撃、刃物での斬撃もある程度防げる、一般的によく出回っているものだろう。

……なるほど、プロテクターを装備してきたってことか。でもそれは、こちらとしてもありがたい。

いくら試合といえど、防具もない生身の人間をぶっ飛ばすのは気が引ける。

ましてやユウトのような、見るからに戦闘に向いてなさそうな相手だと、やりすぎてしまうのが怖いから。

王国騎士団が毎年更新している「民間向け自衛ガイドブック」にも、アンダープロテクターは基本中の基本の装備として書かれている。

このガイドブックは、民間人が街の外に出る時に危険に備えるための、必読の書。各都市の図書館など公共施設で配布している。

国内各地の最新の治安状況を考慮した推奨装備や、地域ごとのモンスター情報などがまとめられた小冊子で、市民の安全と治安を守る施策のひとつらしい。

城を出るための準備中、しっかり読み込んだから覚えてる。
交戦の可能性がある場合はアンダープロテクターは最低限装備すべし、と。

皮製のものや金属繊維製のものなど種類は色々あるけど、中でも一番安価で入手しやすく動きやすいのが、特殊ラバー製のもの。

私が使っているのも、このタイプだ。

「ン?……ってことは、今までプロテクターつけてなかったの……?」

「うん。重いと風魔法で姿勢をサポートしづらいから。でもやっぱ殴られたら痛いしなーと思って」

……あり得ない。
痛いどころじゃ済まないでしょ。

昨日のボクサーとの対戦ではボコボコにやられてたから、もしかしたらそれで思い知ったのかも知れない。

ていうかあんな怪物のような相手にプロテクター無しでいくなんて、自殺行為だ。

あ、そっか。
「最初からちゃんと、私が装備を確認してあげればよかったのか!」
今さらって感じだけど、ユウトがここまで無防備だなんて知らなかったから。

「ホントそれ。オレもジュリちゃんに訊けばよかった……」
隣の席に座ったユウトは苦笑した。

いただきまーす!と、マスターが作ってくれたカツサンドを頬張り始めた。
ホント、朝からモリモリとよく食べる……。


一方、こちらの備えといえば……。

魔法対策なんて思い浮かばなくて、とりあえずこないだ教えてもらった護符を描いてきた。

本当に初歩の初歩、炎の護符。
何度も何度も描いて、実は一回だけだけど、成功したのだ。

ライターみたいな小さな火が、一瞬ポッと灯った程度だったけど。

試合で使えるかどうかは怪しいけど……一応、お守りのようにポケットに忍ばせている。
それ以外は特に何も変わっていなかった。

というのも……。
今までのユウトの戦い方を見ていると、やっぱり魔法攻撃を仕掛けてくることはないんじゃないかと思っている。

なぜならその理由が「人を傷つけたくない」というところにあるから。

これはきっと彼の性格とか、深い部分からくるものだと思う。
ならば何度か実戦を経験したくらいでは変わらない。

だから今回も場外を狙ってくるに違いない。

私は今までの相手と比べれば小柄で軽い。
動かすのは容易いだろうから、思いっきり落としにくるだろう。

そして、魔法を使われたらこちらは対抗する術がない。

それを防ぐために、あたしは開幕からホールドを狙っていく。
つまり、ユウトを捕まえてしまうのだ。

くっつかれたらさすがに場外には落とせないはずだ。

幸い護身術は小さい時、勉強を教えてもらっていた先生に習ったことがある。

相手を過剰に傷つけることなく取り押さえて戦闘不能とする体術は、母が教えるノックアウトを狙う打撃系とはまた違う格闘術だった。

……本当は語学の授業が退屈すぎて、サボりたいがためにおねだりした護身術のレクチャーであったが、まさかこんなところで役に立つことになろうとは。

「どんな経験も全て、人生を創る糧になる」ということわざがあるけれど、まさにそれだと思った。

今回の決勝前にこの戦い方を思い出してよかった。
これでユウトをボコボコにしなくて済む。

9‐3 


こうして、本戦進出をかけた予選決勝がいよいよ始まった。
今日も良く晴れた冬の空がまぶしく輝いている。

会場までは二人でおしゃべりしながら一緒に歩いてきたけど、舞台に立つとさすがに気が引き締まる。

ユウトと向き合う。
彼もさすがに緊張気味なのか、その表情からはいつものヘラヘラ笑いは消えていた。

決勝ということで観客も今までより全然多い。
けれどそんなのが全く気にならないくらい、自然と集中できた。

絶対、負けないんだから。

審判がひとりずつ順番に視線を送り、空に手を伸ばす。

「用意、始めッ!」

試合開始の合図と同時に床を蹴り、間合いを詰めていく。

とにかく、捕まえる……!
一撃でも食らわせればチャンスが生まれるはず。

「ハァァァ!!」

しかし……当たらない。
ふわっ、ふわっ、と大きな動きでかわすユウト。

動きはなめらかで安定感があるが、予備動作と一致した自然なものではない。だから動きが読みづらく、隙が狙えない。

それに体力のないはずの彼が、これだけ動いていながら息ひとつ切らしていないのも不自然だ。

彼自身の脚で動いているように見えて、移動系の魔法とやらを使っているのだろう。

こちらの動きを観察して、慎重に避けている。

大丈夫。こっちもまだまだ余裕はある。
そう思った矢先。

「……わぁッ……!?」
足が滑って、バランスを崩した……?

武骨な石造りの武舞台、滑ることなんてありえない。
でも間違いなく今のは、靴が地面を捕らえられなかった感触——。

不自然な感覚に足元を見ると……。

「え……えぇ?!」

なんと、武舞台全体がガラスのような光沢を放ち、太陽の光を反射して輝いていた。

ぇ……凍ってる!?
地面を足でなぞってみると、思った以上に滑らかだ……。

「さぁ、どうするジュリちゃん?これでもう、足元のグリップは効かないぜ?」
ユウトは挑発するように、余裕の笑みを浮かべる。

「そッ……それはそっちだって同じじゃない!」
悔しまぎれに言ってみた。

「オレはほら、風魔法で動けるもーん」
ユウトは氷の上を安定感を保ったまますいーすいー、とスケートを滑るかのように移動してみせた。

ぐぬぬ……ドヤ顔、腹立つ~!

いつの間にこんな氷を……!

しかも自然の氷じゃない。
顔が写るほど……凹凸も濁りもない、驚くほど滑らかで正確な氷の平面だ。

こういうのを「職人わざ」と呼ぶのかも知れない。
そして才能の無駄遣いって、つまりこういうことなんじゃないかと思う。

ユウトはたった6~7m先でへらへら笑っている。
普通の状態だったなら充分、射程範囲内なのに!

「このォ!……ふわゎぁ!」
なるべく重心を低く中心に保ったまま踏み出したものの、蹴る脚が滑ってしまって前につんのめりそうになる。

「ゴメンね~ジュリちゃん、ちょっと寒いけど後で温めてあげるから」
ユウトがウィンクしながらそう言うと、正面から強い風が吹いてきた。

さ、寒ッ……。
いや、寒いとかそういう問題じゃない。

バランスを崩しそうになり、両手を付く。
両手両足で這いつくばりながら、必死で抵抗するがあまり効果がない。

まさかこのまま風で場外に押し出すつもり……!?

意に反して少しずつ、じりじりと後退している。
全面ツルツルで掴まるところなんて何もない。

こんな簡単な手で、負けてしまうの?
せっかくここまで来たのに、こんなことで……!

なんか、なんか方法はないの……!?
当てもなく辺りを見回しながら、考えをめぐらせる。

「……!!」
そうだ。思い出した。
ポケットの中に護符を入れていたことを。

何の役に立つかは分からないけど、なんかの役に立つかも!

とっさにポケットから護符を取り出し、握り締める。

護符の描き方を教えてくれた時、彼はこう言ってた。

護符は自然に浮遊する微弱なMPを集めて発動することができる。
けれどもし自分で練ったMPを流し込むことができれば、同じ護符でも大きな力を発揮することができる。と。

人は誰でも皆、生命エネルギーを体内に循環させている。

たとえば体調が悪くなった時はどこかでその流れが滞っていて、流れを整えることで自然治癒力を上げることができる。それが回復魔法の原理。

MPとは、つまりその流れをコントロール下に置いて、イメージのままに使えるようにしたもの。

だから体内の生命エネルギーをMPに変換する練習を積めば、誰だって魔法を発動することはできる、とユウトは教えてくれた。

……残念ながら、まだ練習は積んでいないけど。

「ォォォオオォォォ……!」
これしか手はないんだからやるしかないッ。

まずは呼吸を整える!!
根性で!生命エネルギーを!
……MPにィィィィィ……ッ!!

握り締めた拳が熱い……ような?
……いや、身体全体がぼんやりと熱くなっている?

んっ……気のせいかな??

幸い、氷は薄い。
ほんの2~3㎜の薄氷だ。

解けろ……解けろ……。
念じてみるけど何も変化はない。

そうしている間にも、両手をついた四つ這いの姿勢のまま風でどんどん押されている。
舞台の端まであと2mほどしか……!

火は……全然出る気配がない。

「もぉお!!出ないじゃないの!!」
悔しくて、思わず叫ぶ。
床ごと氷を力任せにたたき割る勢いで、拳を叩きつけた。

その瞬間——。
周りを包み込むように大きな炎が立ち上がった。
「!!」

でも不思議と熱くない。
変な表現ではあるが「自分の一部であるかのような」感覚が……。

は……!
床の氷が解けてる!
靴の裏のグリップを確かめるように踏みしめてみる。

よし!行ける!!

2秒足らずで消えてしまったが、大きな炎はちゃんと足元の氷を溶かしてくれていたようだ。

前を見ると、ユウトは口を開け、驚愕の表情を浮かべている。
チャンスは今しかない。床を蹴った。

「う……うわ!」
ユウトはとっさに両手を、こちらにかざすように上げた。
もちろん素手だ。

なんか魔法が来る……!?
……と警戒したものの、何もない。

出した右手をとり、そのままひねる。
「いででででで!!!」

手首から肩関節までを極め、さらに背中に回してゆっくりとうつ伏せに床に倒した。

「ぐぇ!」
背中に馬乗りになり、もう片方の腕も同じように背中に固めた。

もうこれで、彼は動くことができないはずだ。
やっぱり彼は手加減してくれたのだろうか?

「もうこのまま降参するしかないよ? もしかして手加減したの……?」

「手加減なんて……うぅ……それに、まだ……降参はしない。上見てみ」

ユウトの腕を固定したまま上を見上げると、おでこにポタリ、と水滴が落ちた。

透明で巨大な何かが頭上数メートルの位置に、浮いていた。
陽の光をキラキラと複雑に反射していて、眩しくて思わず目を細める。

よく見るとそれは、氷塊だった。

「こんなもの、どこから……!」

かなり大きな氷の塊……。
ここから見る限り、直径5メートルくらいはありそうだ。

「オレの集中力が切れればそれは自然落下し……自動的にキミを攻撃することになる」
声はかすれて少し苦しそうだが、ユウトは這いつくばりながらも不敵な笑みを浮かべている。

氷塊からは尖ったつららがいくつも突き出ている。
あんなものが落ちてきたら2人ともただでは済まないだろう。

鋭い刃を眼前に突き付けられているかのような、圧迫感。

「ジュリちゃんが降参するなら、どかしてあげる。言っておくけどオレはパワータイプじゃないから、大質量のものを長時間浮かせているのはキツイんだ。だから早めに決めてくれ。もし力尽きたら……2人とも潰れることになる、かもね」

2人ともって……バカなの!?
何考えてんのか分かんない!

「あたしはッ……降参なんかしないっ!」
「なんで?死ぬかもしれないのに?」

「あんなの落ちてきたって、あたしが叩き割ってやる」
「そりゃ無理だ……バケツ30杯分の水でできてんだよ?何キロあると思ってんだ……準備苦労したんだぜ」

え、何キロあるんだろ……全く計算できないけど、バケツ1杯でもかなり重いってことは知っている。

それが今、頭の上に……。

ユウトは呻くような声で続けた。

「ひとつ、教えて欲しい。オレはさ、ジュリちゃんが何でそんなに勝ちを狙ってるのか分からないんだよ。……そりゃあ勝負だから、どうせなら勝つ方がいいに決まってる。でもさ、死ぬかもしれないリスクを背負ってまで、勝ちにこだわることなくない?って思うわけさ」

……う……確かに、そう言われれば……。
私は何のために戦っているんだっけ?

この大会に参加した理由は……腕試しと、それに……仲間を見つけるためじゃなかった?

そうだ。そうだった。

腕試しのために命を懸けるなんて、うん……冷静に考えたらどうかしてる。

「ジュリちゃんさー、本当に……どうしても勝ちたいの?」

どうしても勝ちたいのか、と訊かれたら……。
違う。私は勝ちたいんじゃない。

おそらく……。
自分はできる、ってことを証明したいだけなのかも知れない?

小さな子供みたいに。

お父さんとお母さんに見て見てー、って歌やダンスを披露したがる子供みたいに。

すごいでしょ?って。
私だってやればできるんだよってところを、誰かに見せたかったのかも知れない。

誰かに、って。
誰に……?

……自分に?

自信がなくて、確認したいだけだったのかな。
……意外に子供じみてるな、私。

そうだ。
勝つこと自体にそんなに意味はない。

命の方が大切。
うん……大切だよ。

そんなの当たり前なのに、なんで気付かなかったんだろう。

「いい。やっぱりあたし、降参する」

ユウトに言った。
不思議と悔しくはなかった。

舞台の床に顔を押し付けたまま、彼は少し笑った。
「へへ……分かった。……あぁ。疲れた……」

それから大きく息を吸い込み。

「いででで!!!無理無理無理――ッ!降参!!こうさーん!!」
ユウトは大きな声で派手に叫んだ。

頭の上にあった氷塊はその声と共に爆散し、細かい氷の粒が舞台の上にキラキラと降り注ぐ。

「勝負あり!!降参により、ゆりあ選手の勝利!!本戦出場決定です!!」
審判の声が響いた。
観客席からの大きな歓声。

「え……? なんで、ユウト?」
私が降参するって言ったのに……。

「と……とりあえず腕を、拘束をといてくれェェ」
「あ、ごめん」

慌ててユウトの上から降りて、起きるのを手伝う。
「腕もげそう……」と呻きながら、彼はヨロヨロと立ち上がった。

係員たちが舞台の片付けに出てくる。
みんな口々に「おめでとう」と言葉をかけてくれた。

大丈夫ですか、と声をかける医療スタッフに笑顔でうなづき、ユウトと控えテントへと向う。

つぶやくように、ユウトが話し始めた。
「昨日の夜さぁ、寝れなくてめっちゃ考えたんだ。今ここで勝つべきなのかどうなのか?答えは結局出なかったんだけど……ジュリちゃんにホールドされたとき、なんとなく分かっちゃって」

「何が分かったの?」
「自分の望みというか、目的というか……使命というか」

使命……って何かスピリチュアルな響き?

「へぇぇ、何だかよく分からないけど……使命って一体何だったの?」
「うん……それはまだ分かんない」

「は?……分かったんじゃないの?」
「なんとなくって言ったろ、なんとなくだよ!……そのうちたぶん、分かってきそうな気が。ん-と、つまり……」

本当に、ユウトの話は要領を得ない。

「つまり?」
「死んじゃダメってことだ。だからジュリちゃんにもそれを確認したんだ」

うん。
それは私も、気付けて良かった。

賞金が欲しいわけでも称号が欲しいわけでもない。
なのになぜか、無意味に勝ちにこだわっていた。

負けたくはない。
でも全てを捨ててまで取りに行くほどの価値はない。

テントに入ると今までと同じように、身体の損傷と残留魔法のチェック、モニターによる魔法波動の審査が坦々と進められた。

その間も話は続く。

「本戦ではもっと強いやつがいっぱいいるだろ。だから死の危険もあるかもしれない。その時に、とっさの判断を間違えたりしないように……キミがそれさえ分かってるなら、オレはもういい」
ユウトは満足そうに笑った。

「ジュリちゃん自身が本戦に進む方が、絶対楽しめるだろ。だから降りた。オレがここで勝っても、なんにも面白くないもんなー」
ユウトは両手をひらひらと広げて、降参のポーズでおどけて見せた。

「……ユウト……」
彼が意外と色々考えていたことに驚いた。
ヘラヘラ笑ってるばっかりのユウトの……たまに真面目で慎重な一面。

ユウトは急に真顔になって目を合わせる。
「熱くなりすぎて、無茶だけはしないでくれよな。ここは命を懸けるべきところじゃない」

「うん……わかった」
……なんか、叱られた子供のような気分だった。
決して咎めるような表情ではなかったけど、確固たる意思がこもっていた。

そういえばユウトの方が、年上なんだよね。
もし兄がいたら、こんな感じなのかな……?

そこへ「お待たせしました~」と係員がやってきてモニター前の椅子に腰かけた。

「試合お疲れさまでした。波形審査も問題なしです。いやぁ……それにしてもあの氷、見事でしたね!……試合中だったから、やっぱよく見れませんでした?」

「……へ?」
いつの間にか頭上に作られていた、あの巨大な氷のこと?

「あの氷、純度の違いで濃淡をつけて巨大に見せかけていましたが、中は空洞の薄氷だったんですよ!繊細な、氷細工といった感じの出来栄えでした……!あ、もしかして本業は職人さんですか?」

スタッフはにっこりとユウトに笑いかけたが、ユウトは人差し指を口元に充てて「シ——!」というジェスチャーをしている。

もしかしてアレ……ハッタリだったの……!?
横目でじろりとユウトをにらんだ。

「ぅ……だってぇ……うっかり落としたら危ないじゃん?だいたいオレそんな重量物上げられないしさー」

それじゃぁ……命の危険なんて。

「バケツ30杯分で準備が大変だったっていうのも……」
「……バケツ2杯分くらいかな。もし落ちてもカシャーンて粉々になる程度には薄く……」

つまり完全に騙されたってことね……。

「もう!ユウトの馬鹿ぁ!」
「まぁいいじゃんいいじゃん、勝ったんだし」

勝ったけど!それに、勝ち負けは重要じゃないって分かったけど!
まんまとしてやられた!!悔しい……!

その時。

パァン!!!
……と間近で、鋭い破裂音。

「本戦出場おめでとうございまーす!!」
振り向くと、いつの間にかテント内の大勢のスタッフたちに取り囲まれていた。

手にしたクラッカーからはリボンや星が飛び出している。
満面の笑みと拍手。

ああ、そうだった!本戦出場!
予選大会に優勝したのだった。

ユウトも含め、その場にいるみんながお祝いしてくれて、なんかとてもくすぐったい。

「あ……ありがとう!」
嬉しさはジワジワとこみあげてきた。
素直に喜んでいいんだよね?
私だって、頑張ったもん。

本戦では地方の予選会で勝ち上がった人たちも来る。もっと面白い相手に出会えるかもしれないと思うとワクワクした。


9‐4

午後。
今日の全3試合が終わってから、予選大会の閉会式が行われた。

あのあと、屋台でジャンクフードをあれやこれやと食べ歩きしながら、他の試合が終わるのを待っていた。大食いのユウトも、満足したであろう食べっぷりを見せていた。

お腹がいっぱいになってそろそろ眠くなってきたな、と思っていたところで呼び出されたのである。

首都で行われる「武術大会本戦」への出場が決まったのは、各ブロックの優勝者。
つまり今日の試合の勝者、3人だ。


壇上に上げられ軽く紹介されることとなった。

身元がバレたくないから人前には極力出たくはないけれど、仕方ない。
マスクをつけて、小さな声で挨拶した。もちろん偽名だ。

あとの二人はというと……。

全くのノーマークだった、なんかヒゲの濃い……軽鎧を着こんだ体格の良い剣士。

壇上に上がるなりずっと、こっちを見ていて気味が悪い。

司会者の紹介によると、彼は魔法剣士らしい。
……魔法剣士って何だろう。

初めて聞いたけど、魔法を使う剣士かな?
そのまんまだけど。

そしてもう一人は。
今日の決勝は不戦勝となった、魔法使いだという。

試合直前になって対戦相手が辞退したようだった。

さらに彼は、この閉会式への出席を拒否したと。

そのことに対して司会者は、
「いや~尖ってますね!!本戦での活躍が楽しみです!!」

なんて言ってたけど、そういうものなのかなぁ?
……まぁいいけど。

ヒゲの人は相変わらずなぜかこっちを見ている。
……まさか正体ばれてないよね……!?

ジロジロ見てんじゃないわよッ!!
……と一応、目で威嚇しておく。

もしかして本戦で戦うのはみんな、こんなちょっとおかしな奴らなのだろうか。
なんとなく心配になってしまう。

首都での本戦開幕は1週間後の予定。
休養を取ってから、支給された準備金で装備を整え、首都に乗り込むには充分だろう。

今回の賞品や賞金は、各宿泊施設の方で明日から受け取れるよう手配する、とのことだった。

あれやこれやとたくさんの連絡事項をまとめられた書類をもらったので、宿に帰ったらじっくり読むことにしよう。

どうせ今聞いたって、忘れちゃうだろうしね。

9‐5


「おつかれ~ジュリちゃん」
閉会式が終わり壇上から降りてくると、ユウトが待っていた。

「ユウトもおつかれ!」
ユウトは元気そうには振る舞っているものの、MPをだいぶ使ったのだろう。例のごとく少し眠そうに目をショボつかせている。

書類の入った袋には、本戦の案内やら首都での宿泊施設の案内やら、賞品の引換券やらも入っているようだ。

それに、参加賞の「くじ引きチケット」も入っていた。
ユウトも試合で負けた際にテントでもらったらしい。

帰る前にふたりして、本部テントの横でくじを引いてみることにした。

そしたらなんと!
温泉ペアチケットが当たった……!

でもあたしは本戦への準備があるし、ユウトと一緒に温泉ていうのも微妙だから、いつもお世話になっている酒場のマスターにあげることにした。

こんなところで運を使ってしまった感が若干あったが、もはや仕方ない。

ちなみにユウトは、おこめ券が当たったようだ。
いつも食べさせてもらっている食費の足しにという形にはなってしまうが、それもマスターに献上することになった。

「いいお土産ができたな~」とユウトはご機嫌だ。

2人はそのまま、てくてくと歩いて帰路につく。

「それにしても……あの魔法使い、ホントに謎だよね~」
歩きながらユウトがつぶやいた。

「え、誰?」

「今日不戦勝で優勝して、閉会式すっぽかした奴だよ。ほら昨日見た、重力魔法を使ってた、ちびっこい黒装束の……」

ああ……あのミュータントの子か。
近くでは見られなかったし、どんな戦い方をするのかは謎だけど……。

ただただ不気味な雰囲気の漂う魔法使いだったという印象しかない。

「不戦勝の理由も気になるよな……裏で手を回したとか、もしかしたらあるのかもーとか考えちゃわない?」
ユウトがあいまいに言葉を濁しながら言った。

何の根拠もなくそこまで言うのは失礼な気もするけど、このタイミングで不戦勝っていうのも確かに不自然な気もする。

「本戦でもし戦うことになったら、気をつけた方がいいかもな」

「うん……そうだね。あ、そうか、もうユウトは本戦には来ないんだよね」

ちょっと寂しい。
観戦には、来てくれるんだろうか……。

「何言ってんだよ、行くに決まってんじゃん」
「え、なんで?仕事は?就活は?」

「ドキィ!いや……いやいや。そんなことよりもオレは、ジュリちゃんの戦いを最後まで見届けるという大事な使命があるからな! 無茶しないように見張ってないと、危ないし」

私は……ユウトが来てくれたら心強い。

首都は半端なく広い。
王都を出て、真っ直ぐにこの町に向かってきたが、首都の広さと建物の密集具合には異世界感を感じたものだった。

本音を言えば、世間知らずで右も左も分からないのに、ひとりで首都の宿にたどり着けるかすら不安だったりする……。

……方向音痴だし。

あんまりユウトを巻き込んでも申し訳ないな……と思いつつも甘えたくなっちゃうのは、信頼しているからなのかもしれない。

「じゃあ……ユウトは私の、マネージャーってことで」
ふざけて言ってみる。

「え、なんかそれあんましカッコ良くなくない?」
ユウトは不服そうな顔をした。

「大丈夫。カッコいいよぉぉ~、あはは!」
「ウソだっ、絶対それウソじゃん!口だけっぽい響き!」

「でも……一緒に来てくれるんでしょ?」
「お……う、うん。そりゃまぁ」

少し強引にのせてしまったのかもしれないけど。
今は、ユウトの心配してくれる気持ちが嬉しくて。

「ありがと。頼りにしてるからね」
「お、おう。任しとけぃ!」

いつか本当のことを話して、本当の仲間になってくれたら、と思う。


◆◆ 第9話 「氷点下、命の焔」終わり

あとがき


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面白かった点、気になった点があればコメント又はXにてポストしていただけたら嬉しいです。

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今回は武術大会、予選決勝でしたね。
やっとここまで来た……。

外伝「騎士団長の宝物」を挟んでしまい、さらにその間もアレコレ多忙により半年のブランクが空いてしまいました。

いざ本編に戻って続きを書こうとしても、もう頭が外伝の風景でいっぱいになっていたんです。

この予選大会完結の9話を書くために「どんな話だったっけな?」と1話から読み直し、読み直したら手直ししたい箇所がいっぱい出てきたりして、書き始めるまでにかなりの時間を要してしまいました。

でも盛り込みたい内容もバッチリ入れられたし、画もちゃんと思い浮かべることができたので満足いくものが書けました。

お待ちいただいてありがとうございました。

次回は本戦への準備、町で過ごす日常の様子を描いていきます。

新キャラ登場。まだキャラ絵は描いていませんがイメージは固まっております(早よ描け?w)。

ジュリアちゃんの魅力を、もっと出していけたらなぁと思ってます!

次回もお楽しみに!!
温泉行きたいッ。

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