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どうにもならない一人旅

こんにちは!デンマーク留学中のあやたかです。
私が住んでいる学校では木曜と金曜日が毎週お休みです。
先週はたまたま水曜午後も休みだったので、2泊3日でワルシャワに一人旅していました。

旅先をポーランドに決めたことに特に強い理由はなく、まだ行ったことがなくて、航空券が安くて、2泊で観光が済みそうなボリュームの国だから、というあたりです。

ワルシャワ旧市街 朝早すぎて誰もいなかったので自撮り祭り(これ一人でインカメで撮ってる)
クラクフの岩塩採掘場にある、全て塩でできた教会(地下100m)


ピエロギという伝統料理で水餃子的な存在、中の餡はアヒル


他の欧州各国に比べるとやや物価が安くスパークリングが日本円で300円以下だったので楽しくなってしまった


ポーランドの2都市を旅行しながら、1年ぶりくらいの一人旅の喜びを噛み締めていました。
3時間ほどの電車移動でポーランドの車窓を眺めながら、ぼんやり考えていたことを書き起こします。


1. 一人旅のはじまり

はじめての一人旅は高校2年生の長崎でした。と言っても修学旅行の自由班行動の中のことで、班のメンバーと趣味・ウマが合わなすぎて「怒られたら私が全責任を負うから、頼むから単独行動させてくれ」と押し切ったうえでの一人旅でした。(班の男の子がお土産のカステラを無くしたことでイライラして乗っている電車の窓をゴンっと拳で殴り、私が「それでカステラ帰ってくるの?笑」と煽る、というレベルでうまくいっていない班でした、そして私以外は全員仲が良い)

仲良しな皆さんがハウステンボスに行っている間に、一人でシーボルト博物館に行ったり亀山社中跡地に行ったりしました。それまでの数日で窮屈な思いをしていたことや、高2で一人で長崎旅行をそれっぽくできている達成感、一人なら他の人の気分や疲れ度合いを勘案しなくてよいという気付きがあり、「最悪な班だった思い出」というよりは、「そこに至るまでの交渉は面倒だったが自分の中で新しい体験に出会った思い出」として残っています。


2.そもそもめちゃくちゃ旅行する家族

父が旅行会社に勤務している事もあり、旅好きな家族で国内外問わずたくさん旅行に行きました。我々の家族旅行(海外に行く場合)は

・旅行・ツアー会社などは利用せず
・父:航空券・ホテル予約、主要観光ポイントを網羅する旅程作成、それぞれの移動経路(大体現地の電車)、現地で地図を見ながら歩く
・母:ガイドブックやブログを見ながらレストランや雑貨屋、買いたい物をリストアップ、旅行に必要な小物類の買い出し

という役割分担でほぼ全てのプロセスが家庭内で行われていました。
中学生くらいからはそれらにうっすら参加していたので、大学生になってからは同じようにskyscannerやガイドブック、ブログなどを駆使して自力で旅行を組み立て実行していました。
やたらとたくさん旅や留学をした大学生活でしたが、今思うと子どもの頃からの旅行経験で、技術的にも心理的にもハードルが下がっていたのだと思います。


3. 私にとっての一人旅

※ここからの一人旅は主に海外を指すものとします。

今回のポーランド旅行でも、飛行機が2時間遅れて楽しみにしていたコンサートに間に合わなかったり、ホステルで歯を磨こうとしたら見知らぬおばちゃんにポーランド語(と思しき言葉)でガチギレされたり、細々した困りごとはあったものの、それぞれ「おもしれえな…」となり、インスタで逐一楽しく報告していました。

普段日本にいる時よりはるかに色々なトラブルが起こってるのに、全くカリカリしない理由を考えたところ、

どうにもならないことを面白がっている
それが旅の醍醐味だと思っている

ことが原因かもしれない、と思い至りました。

日本で電車が止まったら、即 迂回路を調べて、情報が出ていなかったらTwitterで調べて、駅員さんに聞いて…とすることで何とかする方向性くらいは掴めることが多いですが、言葉が通じない国では(ポーランドもかなり英語怪しかった)、google mapなどの乗り換え検索アプリが答えを教えてくれない時点でかなりどうしようもなくなります。

自分でコントロールできることだと思っていると、不測の事態でイライラしたり不安になりますが、そもそもどうにもできない(uncontrollableである)と思っていれば、状況改善に対する期待値が低いので、「ハハ、どうにもなんねえや、うーん 1杯コーヒーでも飲むか」という気持ちになります。

私の普段の日本の暮らしでは、興味があちこちに散らばっていることで、多くのことをいかに抜け目のないロジでできるかということに心を燃やしがちで、計画がずれたり不測の事態が起こるとかなりのストレスを感じることがあります。

この、ヘラヘラしてどうにもならなさを楽しむ状況(uncontrollableさを許容する)を定期的に経験することで、
・日々の暮らしでも自分の意思ではどうにもならないことがたくさんある
・カリカリしても状況は改善しないので、どうせなら面白がったほうが自分のメンタルによって良い
ということを思い出すことができているのかもしれません。
しばらく海外に行けていないと禁断症状のようにイライラが溜まってくるのは、「コントロールできないことに気を揉まない」というのを忘れているのが原因の一つなのかも?とも思いました。


4. 留学にもきっと同じ効果が

大学に入ってから、思考が柔軟になり、というか、諦めが良くなりました。「これがダメでも死ぬわけじゃない*」「プランBがあるから失敗しても大丈夫よ!」という考え方になってきました。何でも面白がれる性格は元来のものですが、失敗やアンラッキーに対してもそう思えるようになってきたのは、旅行だけでなく留学をしまくった(短期留学計8回)影響もありそうです。

*生きるか死ぬかで考えているところが、未だにカリカリしている片鱗を見せています。M3さんの記事のタイトルにまでなってさすがに笑いました。

留学するとその土地に長くいるので行動範囲は増えるものの、やはり外国人である以上日本と同じレベルでの自由とはいかず、言語の壁や行政システムに阻まれたり、お金が稼げないけど遊びには行くからひもじい生活だったり、やはり生活のどこかでどうにもならなさに直面する回数が日本よりはるかに多いと思います。
一般に、留学に行った人が一回り大きくなって帰ってきた、と言われることがあるのは、上記のような「困難を乗り越えたこと」に加え、「困難を解決せずとも許容できるようになったこと」という事情があるのかもしれません。


5. とここまで考えて両親拝みモード到来

2.そもそもめちゃくちゃ旅行する家族 で書いたように、私と旅のつながりは両親が作ってくれました。

私は 地元の小中学校→高校受験すごく頑張る→医学部、という人生を歩んできたので、自分の育ってきた環境を恨むことはなくても、いつも隣の芝は青くて、高校以降で「お育ちがよろしくて羨ましいな〜」と思うことがよくありました。(そこそこ大人になってみると、早期教育や幼少期を海外で過ごすことが良い側面ばかりではないかもな〜と思いますが、高校生にとってはお受験ちびっこや帰国生がとてもかっこよくて無敵の存在に思えていました)

上記の通り、一人旅が自分の生きやすさチャージスポットとして機能しているとすると、旅行の実務能力とストレス耐性(かなり色んなところによく行っていたので、どんな所でも寝られるしどんな食べ物でも美味しく食べられる)も両親から与えられたギフトの一つと言えそうです。拝み…。

高校受験のとき、志望順位低めの高校の二次試験(面接)の日に大雪で新幹線が止まり、駅で同じ境遇の人たちと一緒に新聞紙の上に座って復旧を待っていました。午後から試験なのにその日の朝初めてパンフレットを開いて志望動機を考える体たらくだったにも関わらず、「このまま面接が受けられなくなったらどうしよう…」と静かにオロオロしていました。そんな私の横で、父は「面白くなってきたなぁ〜」と言い、本当にワクワクした様子でいました。

その時は「いやこの人漫画の主人公みたいな人生やってるわね…まあ確かに非日常体験ではあるけどね…」と思っていましたが、どうにもならないことを嘆かずに面白がる性格の源泉も家族にあったのだろうな、とこのnoteを書いていて気がつきました。

大学の最初の3年くらいはいつもメソメソしていて、我ながら本領が発揮できていなかったと思います。(でもものすごく頑張っていた)
愉快な人たちのところに生まれて、面白がってワクワクする手法も結果的に体得しつつあるので、これからも何かにやられたら「やられたwww」とストーリーを上げられるくらいのメンタルで暮らし続けたいなと思っています。


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