息吸ってたかな・・・!?どうしてそんなに生き急ぐ?
一つでも早く片づけたいのよ
フルタイムのワーママで、5歳差の男子2人を育てていると、毎日が本当にカオス過ぎて、やること満載だし、全然消化しきれないから、、、
「あ~、今日もこれできなかった」
と、未消化To Doに押しつぶされそうな感覚に陥ります。
だから、とにかく早く、To Doを一つでも消化したくて、、、
効率命の生活を送っていました。
いや、今も程度はましになったけど、基本効率追い求めているかな・・・
保育園の送迎だって、自転車で急いでいるから、花が咲いたり、空の変化等の自然の移ろいも、たぶん、目には入っているし、何となくは感じているけれど、
立ち止まって味わう余裕なんてないわけで、、、
この間、次男のKeikeiが、「保育園に歩いていきたい!」と言い出した時には、
「まじかよ!一分でも早く帰って仕事片づけたいのに・・・」
と、思ってしまった私。
「でも、まぁ、そういうのもいいかな」
と思って、付き合ってみたのです。
五感に蓋をする”あくせく”さん
ちょうど、少し前に、コーチングの本を読んでいて、そこに
「普段から五感を研ぎ澄ませる練習を!」と書いてあったんですね。
私もセッションでは、言葉より感覚に集中するので、もっとその感覚や感性を研ぎ澄ませるというのは、とっても納得感があって、
「そうか~、この慌ただしい生活の中で、五感働かせてないなぁーーー」
と、反省したわけです。
それで思ったのは、
「私、まともに深く息を吸っていないなぁ・・・」
ということ。
で、通園途中、密ではないので、マスクを外してなるべく深く息を吸って歩いてみたのです。
もーーーう、完全に今まで感覚に蓋をしてきたのだな
と実感。
外の空気のひんやり感とか、匂いとか、しっとり感とか、そういう質感みたいなものが、今まで全然感じ取れていなかったことに気づかされたので宇。
そこに既にある豊かなもの
既にそこには豊かなものが広がっているのに、
「あれがない」
「これが足りない」
「だから埋めなきゃ」と、
「ない」ものにばかり目が行って、”あくせく”している。
全然「ある」に目が向けられていない典型ですよね、、、
「ある」ものは見つけるというよりは、既にあるものなのだから、それを感じ取れる感性に、いかに蓋をしないでいられるか ということなのだと思っています。
こうして、外の空気を身体の中に染みわたらせながら、歩いていると、なぜか、私自身が小学生の頃の冬の登校シーンを思い出したのです。
もしかして、私はそんな昔に遡らないと、五感を働かせられていなかったのかな、、、?
なんて、少し怖くなりました。
小学生高学年から部活を始めて、それ以来、勉強に部活に精を出して忙しい生活を送っていたし、大学も、課題の大変な建築学科、そのまま社会人になって、とにかく猛進してきたなぁーと。
「前に突き進むこと」に価値を置いて来たところがあるから、本当に止まることができないんですよね。
止まることが怖い・・・
止まったら、埋もれる・・・
止まったら後れを取る・・・
そして、自分に鞭打って走り続ける・・・
そんなに生き急いで、どこに行く?
コーチングを習っていた先生からは、
「工場ですか?」
「武将ですか?」
「剣豪ですね」
と、冗談交じりに言われてましたが、、、笑
「そんなに生き急いで、どこに向かっているんですかね?」
と、自分でもツッコミ入れたくなっちゃいます。
コーチングを習う中で、ザ・メンタルモデルに出会い、私の根底にある恐れを知って、このからくりが初めてわかったのです。
衝撃とともに、深い納得感がありました。
根底に恐怖があるから、そこから逃れるために、火事場の馬鹿力じゃないけれど、馬力で頑張れちゃうんですよね、、、
しかも、その回避のための馬力が本人にとっては無自覚に自動起動するというメカニズム。
これが行き過ぎると、身体や心を壊しかねないです。
本当は、ゆっくり、ほわ~んとすることを、心の奥底で求めていても、それをしてしまうと落ち着かない性分は、こんなところに原因があったんです。
『exit 消耗ループ=消耗ループから抜け出して軽やかに生きていく!』
最後までお読みいただきありがとうございました。
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