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【検証】 「特殊部隊出身のトランス女性MMA選手が、相手女性をボコボコにして初戦勝利」という噂は本当か

「特殊部隊出身のトランス女性MMA選手が、相手女性をボコボコにして勝利した」

こういった話を聞いた、あるいは記事を読んだことはないでしょうか。
つい先日もTwitterで同様の話題がツイートされ、大きく拡散されていました。

反応の多くが、

「体は男性なのに、女性と試合をするのは危険すぎる」
「女性選手の活躍の場が奪われる」
「女装した男性に女性が痛めつけられるのを見るなんて悪趣味だ」

といったように、ネガティブなものが多数でした。

今回の記事では、該当の試合の動画を実際に視聴し、果たして「女性選手をボコボコに」という話は事実といえるのか検証しました。

「トランス女性が女性選手をボコボコにした」試合の詳細

話題となっている試合は、2021年に行われたMMAの試合、アラナ・マクラフリン(Alana Mclaughlin) 対 セリーヌ・プロヴォスト(Celine Provost)戦を指しているようです。

アラナ選手がトランス女性、そしてセリーヌ選手がシス女性選手です。

YouTubeを選手名で検索したところ、当時の試合をまとめた動画がヒットします。

■Alana Mclaughlin vs Celine Provost Full Fight Video

ピンク色のショートカットの選手がトランス女性のアラナ選手、金髪で編み込みの選手がセリーヌ選手です。

トランス女性 アラナ・マクラフリン選手について

試合の背景や、選手のプロフィールが The Guardian のWebサイトにまとめられています。

■アラナマクラフリンの米国特殊部隊からトランスMMAファイターへの旅
(Alana McLaughlin’s journey from US special forces to trans MMA fighter)
https://www.theguardian.com/sport/2021/sep/08/alana-mclaughlin-trans-mma-fighter-combate-global

記事によれば、アラナ選手はごく幼いころから性別に違和感を覚えており、2016年ごろから外科的な性別移行手術を開始しました。
試合前の時点でホルモンレベルの検査を含むすべての医療要件をクリアしています。

“Maybe I should just go get myself killed at war,” McLaughlin said, never expecting the answer that came back.

“Maybe you should,” her mother answered. The message was clear: you better make a man of yourself or don’t bother coming back alive.

Alana McLaughlin’s journey from US special forces to trans MMA fighter

特殊部隊に所属していたのは事実ですが、「改宗プログラム」と表現されているように、性別違和感を矯正する目的で所属していた可能性が高いです。

After the call with her mother, McLaughlin viewed the US military as the ultimate conversion program. The last option. She joined in 2003.

Alana McLaughlin’s journey from US special forces to trans MMA fighter

デビュー戦の時点で38歳ということもあり、MMAでトップを目指したいという気持ちは薄いようです。
それでも試合に臨んだのは、スポーツにおけるトランスジェンダーの正常化を助けるためと語っています。

“The fact of the matter is I’m at the beginning and 38,” McLaughlin said. “I want to go as far as I can, but I really want to help normalize trans people in sports. This [fight] will start my contribution.”

Alana McLaughlin’s journey from US special forces to trans MMA fighter

対戦相手 セリーヌ・プロヴォスト選手について

セリーヌ選手はMMAの経験はあるものの、専業のプロ格闘家ではありません。本業は学校教師です。

セリーヌ選手本人は、トランス女性であるアラナ選手との試合を「全く気にしません」と言い切っています。

なぜならセリーヌ選手にも、「MMAが包括的なスポーツであることを示す必要がある」という信念があったからです。

“I train with men that are stronger than me all of the time,” said the 35-year-old Provost, a school teacher in the Paris suburbs. “It doesn’t bother me at all. We need to show that MMA is an inclusive sport.”

Alana McLaughlin’s journey from US special forces to trans MMA fighter


実際の試合の展開 「女子選手をボコボコに」は真実か?

結論から言えば「ボコボコ」には程遠く、一進一退の攻防を見せる試合でした。
アラナ選手が打撃に対応できず、体勢を大きく崩す場面もありました。

第1ラウンド目 セリーヌ選手の打撃に押されるアラナ選手

セリーヌ選手が打撃で優位に立っている印象を受けるラウンドでした。

セリーヌ選手(左)の前蹴りを受けて足元を崩すアラナ選手(右)

4:30頃ではアラナ選手が前蹴りを受けて足元を崩します。

セリーヌ選手(左)の右アッパーをなんとかかわすアラナ選手(右)

セリーヌ選手の打撃技にアラナ選手が対応しきれていません。

アラナ選手(手前)に右フックを決めるセリーヌ選手(奥)
セリーヌ選手のフックをもらい、体勢を崩したアラナ選手

3:12頃では、セリーヌ選手のフックが決まり、アラナ選手は膝をつきそうになります。

アラナ選手がセリーヌ選手を「ボコボコ」にする場面はなく、それどころかアラナ選手がやや劣勢のまま、第2ラウンドに突入します。

第2ラウンド目 接戦が続くも、寝技でアラナ選手の勝利

続いての第2ラウンド目ですが、こちらもしばらくは互角の戦いが続きます。

強烈な右フックを決めたアラナ選手(右)
負けずに打ち返すセリーヌ選手

試合が動いたのは2:35頃です。アラナ選手がセリーヌ選手の体を捕まえることに成功し、そのまま寝技に持ち込みます。

セリーヌ選手の体をアラナ選手が捕らえる

この後、1分以上の膠着状態が続いたのち、アラナ選手が裸締めで勝利を収めました。

アラナ選手の裸絞でKO


特殊部隊出身のトランス女性が勝利したのは事実だが、「ボコボコ」には程遠い

最終的にはトランス女性であるアラナ選手が勝利しましたが、かなりギリギリの戦いといった内容です。

1ラウンド目だけの内容なら、判定でセリーヌ選手が勝利していてもおかしくない試合です。

敗れたセリーヌ選手も、MMAが包括的なスポーツであると示すために試合に臨んだのですから、それを「ボコボコにされて負けた」と言うのは失礼すぎる話だと思います。

最後に…女子格闘技動画を巡回していて気づくこと

今回の試合内容を「危険だから」という理由で批判する人もいます。
ですが、格闘技の試合はシス女性同士での対戦であっても、大きな危険が伴うものです。

特にMMAは格闘技の中でも試合内容が苛烈で知られています。
試合内容を知りたい人は、ぜひ「MMA women」と検索してみてください。

しばらく女子格闘技の動画を巡回していると、やがて気づくことがあります。

非常に体格がよく、男性を凌駕するほど筋肉質な女性選手。
破壊力があり、次々と相手をKOしていく女性選手。

こういった選手たちに対して

「こいつ、本当は男だろう」
「ホルモンをいじっているのだろう」
「こんなに筋肉質なんてありえない。トランスジェンダーじゃないのか」

といったコメントがつくことです。

普通に強いだけのシス女性選手たちも、雰囲気が「女性らしくない」というだけで、その強さが疑われているのです。
私はこういった現状をとても残念に思います。

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