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家族が増えた日


私が幼少期ほしかったものは、姉か妹だった。

優しいお姉ちゃんやかわいい妹がほしくてほしくて、母に懇願したが実現せず、ふたり兄妹のまま今日にいたる。

2つ年上の兄はいつも私に命令をし、気に入らないことがあったりケンカのたびに体格差をいかしてパンチやキックを私にくらわせた。そのたび私は泣かされていた。はっきり言ってしまうと、優しくもない兄貴なんて嫌いだったし不要だった。

中学生くらいからお互い実家にいても話をすることはなくなった。話をしないもんだから、ケンカもなくなった。「お兄ちゃん」と呼んでいたはずが、いつからか私は「兄(あに)」と呼ぶようになり、兄からは「おい」と呼ばれ、私の名前を呼ばれることはなくなった。

争いを避けようと各々が考えた結果、「お互い無関心」に着地したのである。そのまま時は流れた。





***



『あやさん、ばんだい家の超ビッグニュースです。兄さんが結婚するかもしれません。』

こんなLINEが唐突に母から送られてきたのは、昨年の9月の中旬であった。

平日の仕事中、スマホの画面を見たまま、私はふーむと数分考え会社のロゴが入った卓上カレンダーを確認し、母に返信した。



『今日はエイプリルフールではないはずですが?』



母がそんなつまらない嘘をつくはずがないのは知っている。なにせ何十年も付き合ってきた娘だもの。しかしビッグニュースどころか、どちらかといえば一大事である。


なぜかというと、ばんだい家の長男であるうちの兄は、結婚という制度から一番程遠い存在だろうと。誰もが思っていたからである。(無論私も思っていた。いまだ自分自身が独身であることはさておいて)

実家住まいで真面目に仕事はしているものの、休みの日にはいつも家におり女の影どころか浮いた話などひとつも聞こえてこないため、「40にもなるのに・・・」と同居している両親は嘆いていた。


そんな兄の降って湧いた縁談。お相手は偶然にも妹の私と同い年とのこと。兄とは同じ職場であり、とてもきっちりしたいいお嬢さんだと、普段人を見る目が厳しいうちの両親も安堵したようであった。

年齢的にも、仕事も人間性もまったく問題ないふたりであるから(兄の人間性には身内として疑問が残るが、そこはさておき。)話はどんどん進んでいく。結婚相手のご家族とうちの両親との顔合わせ、入籍日、それらが母という媒体を通して私に知らされていった。

添付されてきた写真には、見慣れた実家のソファーに座っている、私とはタイプの違う清楚で落ち着いた雰囲気でほほえむ女性。そしてその横に寄り添って座る、あいかわらずいつもの仏頂面の兄がいた。せめて笑えよ・・・と苦笑したが、ああ、兄だなぁとひさしぶりの兄の姿を眺めた。

私の知らない女性、しかし兄にとっては特別であろう女性、そしてこれからは家族となる女性。兄はこの人に心を許しているんだろうなぁとか、この優しそうな方は本当にうちの兄でいいのか?とか、いろいろな想いを巡らせた。


そして私はというと、自分でもびっくりするくらい、寂しさも兄を祝福する気持ちもなかった。ただただ、「私にお姉さんができる!!」という、あふれんばかりのうれしさで高揚していた。しかも聞けば私と同じくなかなかの呑兵衛だという。私以外うちの家族は全員下戸というアウェイ感から脱し、ついに呑み相手までできるのだ。しかもしかも、お相手は私が昔から夢見ていた猫を飼っているという。写真を見るとなんとも愛くるしい美猫ちゃんだ。なんなのこの夢のような話。早く会いたくて会いたくて震えている。血を分けた兄ではなく、そのパートナーとなる女性にだ。

私よりたった20日だけ先に産まれたお姉さん。コロナの関係で残念ながらまだお会いしたこともしゃべったこともないが、GWに帰省する私に合わせて初めて顔合わせができる予定だ。ありがたいことに、お相手の女性もとても私に会いたがってくれていると、母から聞かされている。




そして先日3月3日、兄貴は無事入籍を済ませ、私には大切な家族が増えた。



***



あの頃、毎日のように兄に泣かされていたこどもの私を抱きしめて、言ってあげたいことがある。


「大丈夫。あなたには将来素敵なお姉さんができるんだよ。」


と。










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