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選手に恋して | サイモン・イェーツ(イギリス/ ミッチェルトン・スコット)

ロードレースの魅力は多面的です。
美しい景色、テクノロジーの粋を尽くした機材、一日数百キロもの距離を駆ける中で生み出されるドラマ。

その中でも私が特に注目してしまうのがチーム、そして選手達です。
観戦を始めてから好きな選手は増える一方ですが、特にお気に入りの選手が何人かいます。

そのうちの一人が、サイモン・イェーツです。
※見出し画像は2018年インスブルック世界選手権でイギリス代表として走る彼です。

双子の弟・アダムとともに強豪選手として知られる彼を好きになったきっかけについて書きたいと思います。

ヘルメットとサングラスを付けると双子だけあって見分けられないと評判のイェーツ兄弟。右がサイモン、左がアダムです。
見分け方のコツはズバリ無線イヤホンを付けている耳。サイモンは右耳に、アダムは左耳に付けています。

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サイモンを知ったのは2016年のグランツール最終戦、ブエルタ・ア・エスパーニャ。
当時は全く知識がなく、その年のツール・ド・フランスでヤングライダー賞を獲得したアダム・イェーツの双子の片割れくらいの知識しかなかった。

彼を本当の意味で知ったのは第6ステージ。アタックが頻発するテクニカルなアップダウンステージの最終局面で一気に加速、そのまま独走勝利を上げたのだ。

2016年ブエルタ・ア・エスパーニャ第6ステージハイライト。サイモンのアタックに注目。

その頃の私は駆け出しの週末サイクリストで(今もだけど)、とにかく登りが苦手で(今もだけど)、ほとんど泣きながら坂をのろのろと走っていた(今もだけど)。

その登りを、こんな風に、まるで飛ぶように走る選手がいるのか。

プロトンの中では小柄な彼の走りは力強く、ペダルのひと踏みひと踏みから目が離せなかった。
ラスト1キロを示すアーチ、フラムルージュをくぐり抜け、放たれた矢のような美しさでステージ勝利を射止めたサイモンは、3回胸を叩くと腕を突き上げて雄叫びを上げた。

こんなに強い、格好いい勝ち方をする選手がいるなんて。

帰宅後すぐに点けたテレビ中継に見入ってしまった。鞄を肩から下ろすことも、呼吸さえも忘れていた。
これが、彼の走りに恋をした瞬間だった。

それ以来サイモンは私のヒーローになり、「こんな風に走ってみたいと思う選手ランキング」の1位に君臨し続けている。

翌年以降も彼の躍進は続く。2017年はツール・ド・フランスでアダムに続きヤングライダー賞を獲得。2018年のジロ・デ・イタリアでは区間3勝に加えて13日間リーダージャージを着用、第19ステージで失速するまでレースを文字通り支配。そして、同年のブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝を飾り、念願のグランツール初制覇を成し遂げた。
2019年はツール・ド・フランスで区間2勝し、全グランツールで区間2勝以上を上げた選手※の仲間入りを果たしている。
※ちなみに現役選手ではベンナーティ、カヴェンデッシュ、デュムラン、フルーム、グライペル、マシューズ、そしてサイモンの7人のみ。

サイモンがヤングライダー賞を獲った2017年ツール・ド・フランスのドキュメンタリー「Eat. Race. Win.」。世界で最も過酷なレースを戦うチームを食事面からサポートした料理人ハンナ・グラント氏に密着。Amazon Prime Videoで観られます。

2013年にトラック競技のポイントレースで世界チャンピオンになっていたこと、英国強化選手出身の自転車エリートだということは後から知った。意外とお茶目で、天然で、そしてびっくりするくらい気が強いことを知って、ますます好きになった。

サイモンが勝った2013年トラック世界選手権ポイントレースハイライト。持ち味の爆発的なアタックはこの頃から健在。

こうして書くと鼻につく程トントン拍子で成功してきた選手のようだが、決してそうではない。サイモンは結構な回数の挫折を経験している。

2017年ツール・ド・ロマンディでは最終日の個人タイムトライアルで逆転され総合首位を逃し、2018年のパリ〜ニースでは初のステージレース総合優勝目前でモビスターの総攻撃を浴びて再び2位。2018年ジロ・デ・イタリアでの強さは鮮烈だったがその後の失速ぶりも激しく、総合首位から21位まで後退してしまった。

2016年はチームのTUE(治療目的使用薬品の除外措置。サイモンは喘息持ちでテルブタリンという薬を使用)申請漏れで謹慎処分となりツール・ド・フランス出場を逃したりと、不幸なトラブルもあった。

普通の選手ならそこで終わってしまいそうな失敗や逆境を、だけど彼は必ず乗り越えてきた。
勝つまでやる。やり方を工夫してリトライする。それがサイモンの良さであり、強さだ。

そして、そういう所がたまらなく好きだ。彼がレースに出ているだけで嬉しくなる。英国自転車連盟の強化選手としてエリート街道を歩んできた割には素朴で、聞かれてもいないのにガールフレンドのことをベラベラ話したりする「遅れてきたリア充」感もとてもキュートだ。

オフシーズンはガールフレンドと旅行へ。このTシャツは実はドルガバ。独特の私服のセンスもまたよし。

彼には「グランツールをエースで走りたい。勝ちたい」という強い気持ちがある。だからいつでも「僕は勝ちたい」と言うし、チームのリーダーとして中心に立つ。
前に出ることを好む性格ではないという彼が自らスポットライトの中へ踏み出していく姿は、とても眩しい。

調子の良い時はアタックすべき、という信条を持つサイモンの走りは爽快で痛快だ。最近はクレバーな大人の強さも身に付けた。彼の走りに恋焦がれる日々は、まだまだ続きそうである。

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