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創作小噺『本音で生きるって辛いことだよ?』

「本当、サキさんて”本音で生きてる!”って感じしますよね。羨ましいな。」

ため息交じりにマナミがそう言った。久しぶりに食事に誘われて、何か相談があるのだとは思っていたけれど、このまま今の企業にいるのか、環境を変えたほうがいいのか悩んでいるらしい。よくある悩み相談だ。

同じ企業で働いて、数年前に独立したわたしのことをスーパーマンか魔法使いかなんかだと思っているのだろう。マナミとは8つ違い。伝えても仕方ない相手には伝えてないだけで、フリーになってそれなりに大変な思いもしてきた。

自分で自分に値段をつける行為は企業体質で時給の働き方に慣れきったわたしからすると、順応するにもなかなか時間のかかることだった。

一軒目の肉バルから移動して、ワインバーに入ってかれこれ1時間。店主に勧められたわたし好みのキリッとした白ワインのボトルがもうすぐ空きそうだ。

だいぶマナミにも酔った様子が伺える。だいたいこういう時は拗ねモードになってめんどくさい。

「わたしなんかが、頑張ったってサキさんみたいに本音でバシバシ生きられないんですよぉ。」

ほらきた。はい、めんどくさい。

ちょっとイジワルな気分が沸き起こってきた。

「あのね、本音で生きるのが楽って思ってるかもしれないけど、結構ハードなこともあるんだからね?」

「ん?どういうことですか」

腑に落ちないマナミを横目に先日のあるやりとりを思い出していた。

「久しぶりにまた日本酒か、ワイン飲みに行きたいです💕」

久しぶりにLINEを送ったのは、かつて同じ会社で働いていた先輩の高野だった。既婚者で子供もいる高野とは、お互い退職したあとも定期的に飲みに行く間柄だった。

なんとなくそういう空気で泊まったこともあったけれど、その後も飲み友達としてフラットな関係を築いてくれる数少ないタイプの男性だった。わたしの発想をユニークだと褒めてくれて、ハマっているものや興味のあるものについていつも深く聞いてくれていた。

どうやら他にも”オンナ友達”はいるようで、そんな余裕さもまた彼の魅力だと感じていた。

急に顔が浮かんだこともあり、サキの方から連絡するといつも通り速攻で既読がついて返事がきた。返事の速さは仕事の出来にも直結すると思う。高野は転職先でも部長だか課長だか偉くなっているらしい。

「そんなこと言ってくれるのサキぐらいだよー!いつ行く?」

「今月だと、16,18,20日の夜はどうですか?」

「オッケー、じゃあ18日で。お店どうする?」

ホスピタリティも抜群の高野はいつもサキの希望を聞いた上でいくつか候補を提案してくれていた。なんとなく今回は自分でも探してもようかなという気持ちになって自分で探してみると返しておいた。

様子がおかしくなったのは、その数日後にお店リストをLINEしたときだった。

「じゃあ、⑴のお店にしようか。 そして、割り勘でも大丈夫かな?」

what?

その瞬間たくさんの疑問符が沸き起こった。確かにこれまで高野はいつも全部おごってくれていた。縦社会スタイルの企業でお互い働いていて、わたしより6つほど年上の高野は毎回当然のように出してくれていて、わたしが払おうと言っても受け取ってくれなかったので、逆にその申し出が失礼なのかと思ってそれも控えるようになっていた。

でもだからと言って、高野のことを奢ってくれるから飲みに誘っていたわけではない。そんな浅はかな相手だと思われていたってこと?そうやってわたしを試しているってこと?どういう意図の質問?

怒りと疑問符で頭はいっぱいだったけれど、努めて冷静にLINEを返した。

「そんなの当たり前じゃないですかー!楽しみにしてますよ✨」

もう一刻も早くこのやりとりを辞めたかったのに、追い討ちをかけるように返信が来た。

「もう俺もハゲで腹も出てきた45のおっさんだからさ。ここんとこ、趣味の釣りばっかりで。楽しみにしてる。」

はい、アウト。もうアウト。なんだそれ、なんだその卑下発言。ただでさえさがりっぱなしのサキのテンションは最底辺まで急落した。

(あー、どうやって断ろう)

フリーになって思うのは、己の時間の大切さ。”誰と何に時間を使うか”にすごくシビアになった。費用対効果、それは仕事に繋がるとかそういう経済的なものだけではなく、その瞬間を自分が楽しめるかということが最重要課題だった。選択とは人生そのものだ。

今の高野と会っても、わたしは心から楽しめない。

「この状況、マナミだったらどうする?」

「うーん、でも行きたくないってわかってるんですよね?でも日時もお店も決まっちゃってるし、わたしなら行くだけ行って早く切り上げちゃうかな。」

「わたしも、今のマナミくらいの年齢の時だったらそうしてたと思うよ。でも、本音で生きるってさ、それ以外の選択肢を選ぶってことが自分への裏切りだってわかっちゃってるんだよね。」

「えー!その状況から断ったんですか?」

「そう、そうしたら面白いことが起こってね。」

マナミが身を乗り出して、グラスを持つ右手にグッと力を込めた。傾聴の姿勢を強めた証拠だ。

ベストオブ本音なら、理由も含めて相手に伝えてお断りするという対応が望ましかったけれど、無用な感情のやりとりは避けたいし、急な約束が入ってしまい行けないと、やや妥協よりの方法で連絡をした。

思わぬ返事が返ってきたのはその1時間後だった。

「了解!またタイミングの合う時に行こう!念の為、お伝えしておくと割り勘にするつもりはなかったよ。過去、女性とのデートでもそんなのしたことない。ただ、今後はそれでも飲みに行ってもいいという人と行きたいなと思っていて、そう伝えるようにしてたんだ。嫌われちゃいそうだけどね笑」

彼にもまた人生がある。会っていなかった半年の間に何かあったのだろう。本当のところはわからないけれど、彼にそう言わせた過去を色々と想像してみた。

結局、本音を言っちゃう流れが来てるんだよなと、降参しながら返信した。

「割り勘でもわたしは全然良いのですが、なんだか試されている感じがして、それがすごく嫌でした。
それに、自分のことをモテないとかハゲとかいう高野さんが悲しかったんです。わたしの中の高野さんはもっとかっこいいイメージだったから。
だから今、会うのは違うのかなと思っていました。」

流石に生意気だって思われるかもって思ったけれど、そう思って離れられてもこれが本心だから止むなしと気合いで送信ボタンを押した。

「やっぱ、サキだわ笑
そんなこと言ってくれる女性は近くにいないので、ありがたい。こちらも精進してまた誘います!ありがとうね!」

はぁぁ。良かった。ちゃんと受けとめくれて、高野さんがいい人で本当に良かった。本音のバンジージャンプはいつだって怖いけど、だいたい大丈夫な結末が待っている。

「わかったでしょ?本音で生きてるとこうやって、相手を傷つけるかもしれないときもくる。そうやって、運命は試してくるんだから。」

「そっか、全てイージーに行くわけじゃないんですね。」

「でもだから、本音を出してそれでも繋がれたときに、最高に幸せな瞬間を味わえるんだけどね。」

「本音でもそうじゃなくても辛いなら、どっちを選べばいいんだろう?」

自己対話モードに入ったマナミを横目に、早くこっちの住人になればいいのにと思っていた。そして、そうなるまでにもう少し時間を要することも感じ取っていた。ゆっくり己の道を進めばいいよ。

でも本音で伝えると不思議と感謝されちゃうんだよな。
だから、このバンジーはやめられないんだ。

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