マガジンのカバー画像

bar 「Ra・most」シリーズ

5
運営しているクリエイター

記事一覧

魂の重さ

魂の重さ

マダムの店は気まぐれだ。

オープンして半世紀。
いまや地元で最も老舗となってしまった。

年齢も相まって、このところほとんど休業状態。
けれど今日という日は特別。行きつけのバーが唯一、お休みする貴重な日。この日は誰に言うでもなく、ひっそりと店を開けるのだ。

カランコロン。
古い木製のベルがまろい音をたて来客を告げる。そこには見覚えのある男女ふたりの姿。

「あら、いらっしゃい。よく此処がわかっ

もっとみる
エゴイズム、ルッキズム。

エゴイズム、ルッキズム。

今夜のRa・mostは珍しく賑やかである。
みめ麗しい三人の女性がおしゃべりに興じているからだ。その会話のトピックスは一貫して恋愛話。

すっかり常連となった強面の彼が眉根をひそめる。

「いいのか?あれ」

そちらを一瞥しながら小さく呟く。
彼女らの手元にはいまだ一杯目のカクテル。

「楽しそうでなによりです」

「あんたがそう言うなら、俺の出る幕はないね。ご馳走さま」

「最近ご無理はしていま

もっとみる
元気の前借り

元気の前借り

都会の喧騒から離れた裏通り。
人目を避けるようひっそりと古い造りのバーがある。

そこでは何やら不思議な体験が出来るともっぱらの噂。知ってか知らずか、今夜も迷える子羊が訪れる。

バーの名は「Ra・most」

「とにかく、可愛くてね。寄り道せずに真っ直ぐ帰る毎日なの」

「そうなんですね」

「猫なんて興味なかったのになぁ」

「ニコラシカの影響ですかね?」

「そうなの、きっとそう!だからマス

もっとみる
ニコラシカ

ニコラシカ

都会の喧騒から離れた裏通り。
人目を避けるようひっそりと古い造りのバーがある。

そこでは何やら不思議な体験が出来るともっぱらの噂。知ってか知らずか、今夜も迷える子羊が訪れる。

バーの名は「Ra・most」

「助けてください!」

オープンまで五分といったところに突如女性が転がり込んできた。

「どうされましたか?」

切羽詰まる表情。
ただ事ではなさそうだ。マスターはエプロンをカウンターに脱

もっとみる
思い出の精度

思い出の精度

都会の喧騒から離れた裏通り。
人目を避けるようひっそりと古い造りのバーがある。

そこでは何やら不思議な体験が出来るともっぱらの噂。知ってか知らずか、今夜も迷える子羊が訪れる。

バーの名は「Ra・most」

「お客様、浮かない顔ですね」

くたびれたスーツ姿でちびりちびりとジンバックを飲む青年。

「仕事が大変でして」

なるほど、目の下には色濃い隈が刻まれている。

「では特別な商品をご案内

もっとみる