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夏至の日に走り、父が笑う。

2020年6月21日、朝4時50分。
家の前の道で靴紐をギュッと結んでいる。
猛烈に眠い。なぜなら2時間しか眠れなかったから。
楽しみにしている予定があると、前夜はなかなか寝付けないし朝も異常に早く目が覚める。子供の頃から変わらない、そんな自分が凄く嫌だ。
今から実家まで16キロも走るっていうのに…。

今日は走る仲間たちとオンラインでランニングイベントの開催日だ。
夏至の日に各自走る。日の出から日の入りまで、好きな時間にいつもより長く走ろう。そして毎時00分ジャストの好きな時間にzoomを開くと、運が良ければ他のランナーとzoomで会える。そんな内容だ。

このイベントが立ち上がったとき、実家へ走って行ったらどんなものだろうかと思った。
車でもない、公共交通機関でもない、実家まで約16キロの道のりを走って行く。
なんだか立派なランナーって感じがしてカッコいい!
1年前にランニングを始めて、今は週1回、約10キロを走っている。
16キロならいつもより長く走るというミッションも達成できるし、朝5時くらいから走れば実家まで2時間かかると予想して、まぁ7時には着くだろう。
久しぶりに母の作った朝ごはんでもご馳走になって帰るか。そんな感じですぐにコースは決まった。

夏至の前日。
着替えを入れたリュックを置くために車で実家へ行った。
両親には、早朝走ってここまで来るから鍵を開けておいてね。と伝えた。
母は、あらー大丈夫?無理しちゃダメよ、事故にあうかもしれないし、変なことして身体を壊したら大変なんだから。と言ってきた。
アラフォーの娘を始め、アラフォーの息子たちにも心配だ心配だと頻繁にメールしてくる人だから、まぁこんな返し方をしてくるだろうとは想像していた。無理せず気をつけて走るようにするね。と返事をした。
父は、どのルートで走るのかと聞いてきた。母とは逆で、なんだか興味を持っているようだ。
仕事がない日は、時刻表片手にバスを乗り継いで名所を巡ることが趣味である父。(シルパーパスを使ってどこまで行けるのかを試しているらしい。)最近はスマホデビューし、Google マップ検索を覚え、電動自転車を乗り回して中野から練馬、杉並辺りを巡っているとのこと。道には結構詳しくなったらしく、何通りを走るんだ?こっちの方が走りやすそうだぞ。なんてアドバイスまでくれた。おぉ、なかなか頼れる父だ!
それで何時に走るんだ?途中で合流して自転車で伴走してあげるぞ。

伴走してあげるぞって!頼んでいないから!!
父の顔を見るとニコニコしていた。
この提案、断っても勝手に私のルートを予想して、早朝の中野をウロウロされることは目に見えている。誰かに不審者情報を流されても困るし、なんだかよく分からないけれどニコニコしているし、断らない方が良さそうだ。
いさぎよく伴走をお願いすることにした。
そんなこんなで父と私は、新青梅街道沿いを朝6時過ぎに互いの方面から進み、出会ったところから合流することとなった。

そして迎えた今日、夏至当日。
雨が心配されたが、朝4時半に走る準備を始めたころには雨も上がって曇り空だった。湿度が高いけれど気温はそんなに高くもなくて、走るにはちょうど良い感じだ。
4時50分、私は今から走り出す。
眠気を吹っ飛ばすために、さっき結んだ靴紐をさらにぎゅっと結び直す。父もそろそろ起きる頃かな。
よし、出発。

5時00分、zoomを繋いだ。 
私を含め4人のメンバーと繋がった。どこにいてどこを走るとかそんな話しをして、5分ちょっとでzoomを閉じて走り出した。
1時間後にまたzoomを繋いだ時には、みんなどのくらい走っているのかな。6時なら走り出すメンバーも増えているのかな。なんだかワクワクしてきた。
心拍数が上がってきたからか、私の走る足取りも軽くていつもより歩幅が大きい。
5時の世界は静けさの中に響く私の足音と鳥たちの声。早朝を走るって本当に気持ちが良い!走り進めていくと段々景色が明るくなっていって、街も少しずつ賑やかになってきた。

気がつくと1時間近く走っていて、住宅街から新青梅街道に出ていた。
休憩がてらコンビニでアイスコーヒーを買うと時計は6時00分を表示している。
アイスコーヒーを飲みながらzoomを繋ぐ。
6時00分のzoomに集まったメンバーは5人。画面から見えるのは滋賀や大分の自然溢れる美しい景色、見慣れない静かな東京の高田馬場駅。
私がさっき通った石神井川沿いを走っている人もいたけれど、私のいる場所から随分と遠くにいて、石神井川が思っていた以上に長いことを知る。
旅ランをしているようだった。
とても贅沢な時間にも思えた。
互いに何キロ走ったとか、この後どこへいくとか、そんな話しをしてまた数分程度でzoomを閉じる。
次の集合は7時00分。
その頃にはきっと、私は目的地に着いていることだろう。

走る仲間からたくさんのエネルギーをもらった私は、残り6キロの道をぐんぐんと進んでいく。
新青梅街道をひたすらまっすぐ進んで行くと、
赤信号で止まる不審な老人を発見する。
頭にタオルを巻いてサングラスをかけて、ギョロギョロと周りをくまなくみている、怪しげな自転車に乗った老人…。
そう、私の父である。
私と父は無事に出会えたのだ。
不審者情報が流れる前に会えて良かったよ。お父さん、色々と怪しすぎるから!
開口一番、私は父にそんなことを言ったけれど、本当は会えてちょっと嬉しかった。
走る娘を応援しに来た父。走り続ける私の横を自転車で伴走する父。
私たちは30年位前に戻ったかのようだった。
私が出産してから父は、孫に会うことを何よりも楽しみにしていたので、実家へ帰る時は必ず子連れだった。だから私は父と2人だけで話すことが何年も無かった。
しかしこの日、久しぶりに私は父と2人だけの時間を過ごしていた。 
私は走っているし、だんだんと疲れてきているし、父と沢山の話をしたわけではない。それでも、ちょっとした、他の誰も含まない2人だけの会話は、新鮮で懐かしくってなんだかむず痒かった。
父と話すってこんな感じだったなと、昔を思い出した。
うん、悪くない。
たまには私も娘に戻ろっかな。そう思った。

父と話しながら走り、あっという間に目的地の実家に到着した。
良い時間だったよ、来てくれてありがとう!
最後は私の口から素直に感謝の言葉がでてきた。
実家に着いて間もなくすると、時刻は7時00分になった。
最後のzoomを繋いで、走る仲間達にエールを送って私の夏至ランを終えた。
長い道のりだったけれど、ただ走るだけではなくてランニング中なのに誰かと繋がりながら走るという通常あり得ない行為がとても心強く、終始テンション高く走り続けることができた。
後半はリアルな場に父が登場して、同じ空気感の中にある時間を共有し、さらに楽しく走り終えることができた。
実に良いランニングだった。

シャワーを浴びて、久しぶりに父と母と私の3人で朝食を食べた。あまりにも久しぶりだった両親との朝ごはん。かなり焦げた焼き魚が子供の頃の記憶を一気に蘇らせる。私はいま、一体何歳の自分なのかが分からなくなってくる。
今日はなんだか夢の中いるみたいだ。走ったことさえも幻のよう。疲れているのもあって、頭の中がぼんやりとしてきた。

朝食を終え、7時50分。
娘達から、起きたよー!パン食べて待ってるねー!ママおつかれさまー!とLINEが来たところで現実に引き戻された。今日は次女と一緒にどろだんごを作る約束をしていたんだっけ。
ごちそうさまをしてすぐ帰宅することにした。
また近いうちに来るね!朝早くからお邪魔しました!今日はありがとう!!!
両親に元気よく伝えて私は実家を後にした。

帰りのバスの中、朝早くに起きたのと走った疲れで睡魔が襲い、私はすぐに目を閉じた。
そういえば夏至の今日は、父の日だった。
バスの揺れがなんだか気持ちよくて、私は笑みを浮かべたまま眠りに落ちた。




この記事に登場する、夏至×ランニングのイベントは、オンラインサロンPLANETS CLUBのランニング部で行われたものです。
PLANETS CLUBは「遅いインターネット計画」などを手掛ける宇野常寛さんの読者コミュニティです。宇野さんの発信スキルを読者と共有する講座をはじめとする数々の勉強会やイベントにオンライン/オフライン双方で参加できます。
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このオンラインイベントで走った仲間の記事がアップされました。私は何を求めて1人で走り、何を求めてみんなとオンラインで走るのか。改めてじっくり考えてみたくなりました。
↓そんな大分編です!

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