見出し画像

不登校息子との変わらない日々

私には小学校4年生の息子がいる。
繊細で一筋縄ではいかないが、優しい子だ。
3年生の秋、細く張り詰めていた糸がついにプツリと切れて息子は不登校になった。

4年生の教室に一度も入ることなく
担任の先生にも一度も顔を合わすことなく
毎日家から出ることもなく
日々を暮らしている。

息子はいつも、朝7時半頃起きてくる。
リビングの時計を見てまだ7時半であることを知り、家族の「おはよう」を背中に受けながらまた寝室へ戻っていく。

"朝は9時になるまでゲームやyoutube、PCは開かない"

いろんな決まり事が有耶無耶になってきた我が家で、唯一息子が守ってくれているルール。
7時半に起きてはそれまでの時間が暇で仕方ないのだろう。

朝8時、夫が出勤する。
「◯◯、行ってくるな」
少し前まで息子に気を遣い、コミュニケーションもギクシャクしていた夫が積極的に息子に声をかけてくれるようになった。

ほんの数ヶ月前まで
『お父さんが休みだといつもと違ってなんか嫌だ、一緒にご飯食べるのが嫌だ』
そう話していた息子も、最近はお父さん早く帰ってこないかな、と時折口にする。
とはいえ普段なかなか家に居ない父との間にはどこか少しピリッとした空気感が残るのか、
はたまた仕事に行く父と家に居る自分の対比もあるのだろうか、朝はたいてい夫の出勤と入れ違いに息子は起きてくる。
お父さんのことが好き
お父さんと遊びたい、見てほしい
そんな気持ちと同時に、お父さんがいると少し緊張する
そんな息子の気持ちが見え隠れするようだ。

そうして、9時までの間
息子はprime videoで映画を観ている。

最近は軍隊物や戦闘系に興味がある息子。
すっかり大人が観るような難し目のストーリーの映画を朝から観ている。
悲しいストーリーの映画もわりとフィクションと割り切って観られる一方で、クレヨンしんちゃんのボーちゃんが失くしてしまった石ころの気持ちになって泣ける、不思議な優しさの持ち主だ。

TVをお兄ちゃんに取られて
自分も登園前にyoutubeが見たいとお願いしに来る下の子にタブレットでyoutubeを見せてあげながら、私は登園準備をする。

いつになっても、その日のお弁当箱をその日のうちに洗うことができない私は
いつも朝になってバタバタと前日のお弁当箱を洗う。
洗濯も次の洗濯物を干すタイミングでようやく干しっぱなしの洗濯物をとりこみソファに放り投げていく。
梅雨が続き、エアコンの下で1日中部屋干ししていた洗濯物は翌朝になってもまだ少し湿り気を残したままぶら下がっている。
洗濯も、自分のヘアメイクも登園準備も同時進行。
だらしない私の朝は忙しい。

『youtubeがもっとみたかった!つかれたからきょうはいきたくない、おうちがいい。』
そう言い出すのも想定内の下の子をなだめすかして園に送り出す。
車の中でいつもの“おかあさんパワーラムネ”を食べながら、幼いなりに気持ちを切り替えているのかな…
バックミラーに映るぷくぷくの可愛いほっぺを見つめて「ふぅ」と小さく息をつく。

お兄ちゃんのことはよく説明してあるけれど、
もう少し成長したときにこの子の中にもいろんな想いが溢れるかもしれないな、と思いながら。

下の子を送り届けた私に訪れる
束の間の自分タイム。
遠くに行くこともできないし、お金もたくさんは使えない。
本当は家で1人になりたいけど今は叶わない。
だから、
3つほどのカフェをローテーションでモーニングに出かけたりすこし遠くのスーパーに買い物に行ってみたり、本屋で立ち読みしてみたり。
本当に自分のしたいこと…とは少し違うけど、今の生活の中で自分にできる範囲で、自分のご機嫌を取ろうと努力している。

昼前に帰宅すると息子はいつものようにPCに向かっている。
おかえり、と言ってくれるその声の明るさに、この家を、母である私を、安心できる存在だと思ってくれているんだな、、と感じる。

そして、不登校家庭を悩ませる昼食。

私も散々悩んできたけれど、
栄養面もコスパもあれもこれもはどうしても叶わない。
元々夏休みの昼食ですら地獄に感じていたタイプの私が、こんなに毎日子どもの昼ご飯を用意し続けることになるとは…本当に参ったことのひとつだ。

頑張れるときは野菜と炭水化物とタンパク質を意識して、簡単な物だけど自炊する。
鉄板はチャーハンや麺類。
調子が良ければオムライス。
ダメな時はカップラーメンやパン。
今の私に添加物を気にしている余裕はない。

本当に最高潮にメンタルも体力もダメなときは
昼食をサボってしまうときがある。
過集中な息子はお菓子もつままずにPCに向かっていることがほとんどだ。
一食抜いても気付いてすらいないのをいいことに…
せめてもの償いでそんな日は夕飯で挽回しようと頑張るつもりで。
それでも夕飯もダメなら、翌日の自分に期待する。
苦しい日々の中そうやってだんだんと自分を責めずにバランスを取るコツを掴んできた。

昼食をとるにしてもタイミングもバラバラだ。
呼んだってすぐには来ない。
散々イライラしてきたし、今でもしている。
怒る日もあれば、もう何でもいいや精神で用意だけしておく日もある。
でも、息子が食べるタイミングでなるべく一緒に机に座るようにはしている。
息子は動画編集の話かゲームの話しかしない。
何のことだかよくわからないけど、つまんねえな、って顔だけはしないことを心がけている。

昼食が終われば今度は下の子のお迎えがすぐにやってくる。
息子は起きている間ずっとPCで何かしていて、私は呼ばれたときしか構うこともないし、1人の時間も沢山あるように感じるのに。
頭の中が空っぽになる瞬間はなかなかないもんだ。
スマホを開けばつい見てしまう不登校や自分のマインドを整えるためのリール
お昼の参考になりそうなレシピ
保存しただけでやった気になる筋トレ動画
そういえば次の面談で何を話そうか
あぁ草刈りもしなきゃな、今週の天気はどうだっけ
diyやりっ放しの未完成の家のことに
買い物行かなくてもお肉あったっけ…
昼を食べたばかりなのに夕飯どうしようとか
いつも何かを考えていて、基本的に疲れている。
日々の生活を回しながら不登校児に向き合い、自分に向き合う。
実際にやった人でなければわからないしんどさだろう。
疲れてはいるけど、この歳でようやく自分と向き合って自分を知っていくことの充実感も感じている。

1分でも1秒でも長く1人の時間が欲しいけど、少し早めに下の子をお迎えに行くのはせめてもの気持ち。
それなのに迎えに行くと今度は帰り渋りを始める下の子。
そうか、1日楽しく過ごせたんだね。
雨が上がり日焼け止めも日傘も忘れた肩にジリジリと日光が照りつける園庭で散々待たされても不思議とそこまでイライラしないのは、こうして元気に通ってくれることが当たり前ではないこと、その有り難みを感じているからかもしれない。

そんな下の子と息子の関係も一時は壊滅的だった。
不登校初期、少しのことで小さな下の子に怒っては喧嘩になっていた時期を経て
いつしか息子は下の子を無視するようになった。
めんどくさいから無視しているうちに、本当にどうやってコミュニケーションをとったらいいのかわからなくなったようだった。
お兄ちゃん大好きだった下の子も、そんなお兄ちゃんの様子にだんだんと距離を取るようになった。
元々仲良しで本当に優しいお兄ちゃんだった息子のその姿は、不登校になって私が何より一番辛く、心が引き裂かれそうに悲しかったことだった。

不登校の怖さは子どもが学校に行けなくなることではなく、家庭が壊れるかもしれないことだとこのとき思った。

今、息子が不登校でも引きこもりでも私の心がこの頃より格段に穏やかで居られるのは、2人の距離がまた少しずつ縮まってきた事が何よりも大きい。
まだ完全に元通りとはいかないけれど、また一緒にゲームをしている姿を見られるようになったのが、泣けるほど嬉しい。
この光景を何度も何度も想像しては1人で泣いてきた。

昼食と同じようにそれぞれがまた夕飯を食べたあとは、みんなでテレビを観ながらお菓子をつまむ。
息子は、みんなでダラダラしながらおやつを食べるこの時間が大好きで幸せだと言う。
同じ生活をしているのに私だけが太って、息子はすっかり筋肉も落ちてしまってヒョロヒョロに痩せている。
この差は一体何なんだろうか。
悩んでいるのに太っていく不登校の親は私だけだろうか。

帰宅が遅い夫のことはなかなか待てずに先に寝てしまう。
…というよりは、正直なところもう1日の終わりに夫にまでエネルギーが回せない、というのが本音だ。

夫だけではない。
息子も下の子が寝たあとに私と夜更かしをして2人でyoutubeを観るのが好きだ。
これさえしてあげられたら息子はすごく喜んでくれる。
そうわかってはいても毎日はできない。
1日の終わりに、息子の独特な趣味に付き合って興味のないyoutubeを延々と観るのはかなりしんどい。
もう寝るだけ、何もしなくていいこの一番のゴールデンタイムを自分に使いたい欲がなかなか抑えられないでいる。

子どもも夫もみんなが私を求めてくれるのをすごく感じているけど、肝心の私のコップに水がないのに、みんなに与えることが出来ないのだ。
かろうじて半分ほど入った水は子どもにあげてしまって、夫の分がいつもない。

夫、後回しすぎる説

我慢強い夫に甘えてつい後回し。
申し訳なくも思っているし、
そんな夫の抱える生きづらさも近くで見ていて感じているのに…

深夜、帰ってきた夫の物音を聞きながら
つい布団をかぶって寝たふりをしてしまう。
母も妻も本当はやりたくない
全部放り出してひとりになりたい
でも母は絶対にやめられないから
つい、夫に皺寄せがいってしまうのだ


こうして、同じ1日がまた終わっていく。

だけど、この日々が戻ってくるまでが本当に本当に辛かった。
家族であっても私以外とろくに会話もできない息子、お兄ちゃん大好きなのに突然避けられてしまうようになった下の子、そんな息子とどう接していいかわからない夫
何でこんなことになってしまったのか?
壊れないように必死に家族のバランスをずっとずっと支えて。本当にしんどかった。

今だって日々いろんな出来事があって、
その度に自分の感情が揺れて、しんどいことも苦しいことも辛いこともたくさんあるし、側から見たら引きこもりの不登校児を抱えた心配な我が家だけど。

それでも今すごく穏やかで安定していると私は思っている。

外に出られるようになったからすごい
学校に戻れたからすごい
そんなことじゃない。
私が大切にしたいのはもっと小さな、他人なら見逃してしまいそうなほどの日々の欠片なのだ。

この、何でもない毎日を送ることの難しさと
その日々がくれる温かさに気付けたことを伝えたい。

早くこんな状況から抜け出したい
いつまでこんな日々が続くんだろう
こんなはずじゃなかったのに…

そう思うことで今の大切な時間を捨て時間にしてはいけない。
今辛くても振り返ったとき絶対にかけがえのない時間になるはずだから。
大事な人が教えてくれた大切な言葉。

タイパ、コスパ、ドラマもyoutubeも2倍速再生。
急げ急げ、早く早く。
少しの時間で要領良く沢山のことを。
そんな今の世の中だけど
急がなくてもいい、
時間がかかってもいい。
立ち止まるときがあったっていいんだ。


そう胸に言い聞かせて、私たち家族はまた明日も同じ1日を送る。

また明日からもそれぞれの日々を生きていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?