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他者が作った曲を「心を込めて弾く」ことへの疑問と、解決に至った過程

 子どもの頃から少し不可解なまま、ピアノに向かっていました。
 ピアノの先生は「自分のものにするまで練習しなさい」と言う。でも、クラシックの名曲は自分のものではない。曲の全てが自分の心境を代弁してくれるわけでもないし……

 この辺りのモヤモヤはたまに先生へ質問していましたが、納得のいく答えは得られませんでした。
「考えても答えはありません」
「音楽は弾いて心で感じるものです」
「本を読みすぎるなよ、それよりシャワーのように音楽を聴きなさい」
 ムダなことを考えるな、音楽を聴いてピアノを弾けということですね。小学校の頃から高校生になってもずっと、どんな先生もそのスタンスでした。
 作曲家固有の作風や時代様式を勉強し、それを「心を込めて」弾くことができれば基本的に問題ないことではありました。それでも違和感は残っていました。
 作曲者の表現を本当に「自分の表現として」弾けるものだろうかという疑問です。

ヒントは名だたるピアニストたちの演奏スタイルに

 その答えがぼんやりと見えてきたのは、高校の途中頃でした。音楽を沢山聴くようになり、クラシック音楽の知識が増え始め、多様な演奏スタイルを知ったことがきっかけでした。

 演奏という表現では、自作曲を演奏することもありますが、作曲家が創作した楽曲を別の人物が演奏することも多く、クラシック音楽では後者が一般的です。
 演奏家は作曲家が楽曲に込めた意図や表現の機微を理解し、その上で解釈し、自分の表現として演奏します。最終的な表現を「作曲家の意図」と「演奏家の解釈」のどちらに寄せるのか、それは演奏家の判断で決まります。
 なので同じ曲であっても、違う弾き手が演奏するなら全て違う表現となります。作曲家と演奏家は楽譜をとおして出会い、時空を超えて協力し合うのですね。
 そしてこの「演奏者寄りの解釈で表現する」スタイルの一流の演奏家たちがいて、過去の名曲に新しい生命を吹き込むことに成功させている事実が、私が長年抱いていた疑問に対し、答えを与えてくれたのです。グレン・グールドが弾くバッハは顕著な例ですし、イーヴォ・ポゴレリチが弾くショパンもそれにあたると思います。

 過去に指導を受けた先生たちの立場で考えると、ともすれば「自己流」となりかねない、このような演奏解釈は一般的に子どもに教えるものではありません。まずは名曲から学び、練習して体得し、表現技法を磨くのが基本です。
 偉大なピアニストが自己の解釈で成功していても、それは途方もなく積み上げた集積と鍛錬の賜物なのは間違いありません。私の疑問を「学習をショートカットしようとする怠惰の表れ」と捉えれば、まともにとりあう価値はない問いだとも言えます。ただ、解消されない疑問を抱えたまま向き合うピアノの練習はストレスが大きいものでしたが……

 疑問を持った当初から、学習を避ける意図など私には全くありませんでした。
 成長に伴い分かってきた背景としては、子どもの頃は演奏技術が足りていないこともあり、心から素敵だと感じる曲に取り組むことはハードルが高く難しいことがあります。
 子どもはまだ人間的に狭量で音楽性も狭いことが影響してか、「良さが分からない」と感じる曲も多くなりがちだと思います。小学生から中学生にかけて、作曲家のウェーバーやシューベルト、グリーグなどの音楽性があまりピンと来なかったのですが、それでも時間をかけて練習し暗譜し、「自分のものとして表現する」という困難な目標にいつも苦しんでいました。
 心を込めて弾くという行為にどこか違和感がぬぐえないような、その時点では相性の良くない曲をさらっているとき、曲と自分をいかに一致させるのか、そもそも一致させることは可能なのか。また一致させるべきなのだろうか、と悩んでいました。練習と演奏本番で抱く、ぬぐえない違和感から来る疑問でした。

音楽から学び、活かす


 思い返すと、「考えるな、本を読みすぎるな」という私が受けた指導はあまり良いものではなかったと思います。音楽とは別に本は読みたいだけ読めばいいし、考えたいだけ考えていいし、その一環として音楽について考えても良かったのではないかと振り返って思います。結果的に本は息抜きで読んできましたが。深く学ぶ対象はある程度自発的に選ぶ余地があるのが望ましいのではないかという実感があります。

 今ではピアノの練習に追われることがなくなり、一児の母ながらも多少時間のゆとりができた私は、思う存分考えを巡らせることができる自由を噛み締めています。
 そして「作る」だけではなく「解釈」と「演奏」も表現として独立する文化がある音楽という世界をまず体感してから、その外に出たことで、「作る」以外の表現も高い価値で捉えるようになりました。音楽の影響を受けて価値観の基礎が形作られてきたのだなぁ、と振り返っています。


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