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あの時ソリをしたことは

はっきり言えるのはコンプライアンスが

なかったとしか思えない。ということです。

私達はあの頃、愉快なことばかりを考えて

いました。

リハビリ担当の看護師さんの発想の

跳躍力が多少ありすぎました。

あの冬、私達は施設の脇の傾斜に

ソリで遊べるスペースを作りました。

見出しでお借りした中川貴雄さんのイラストほど

急斜面ではありませんが、

命懸けという意味では心は常に断崖でした。

誰が滑るのか? もちろん。

特別養護老人ホームの介護が必要なお年寄りと

私達、介護士です。

98歳のおばあちゃんとその冬、私とたこちゃんは

数メートルの傾斜をソリで滑りました。

たこちゃんについてはこちら。


その冬、刺激的なアクティビティをと

山の中腹にある施設の立地を活用して

建物の脇の傾斜を利用して、ソリ遊びスペースが

作成されました。

よく発議書が通ったと今なら思います。

お年寄りの心身活性化を目指して、

ソリ遊びを計画しました。という主旨の発議に

印鑑がドラゴンボール並みに揃って押されたのは

みんな、目が節穴か?と、些か決裁の仕組みに

疑念を抱かずにはいられませんが、

ソリスペースは、出来上がりました。

リハビリナース(機能訓練指導員) エネ子さん

(エネルギーが人の100倍。勢い1000倍)

が、参加者を募ったところ、まさかのゼーロー。

楽しいことが大好き!な割と好奇心旺盛な方達も

寒さに尻込みしました。

ニーズがないことについての検討が足りませんでした。

この結果に、みんなが、だろうね。と言いました。

しかし、エネ子さんは気にしません。

好奇心に響かないなら、肝にロックオン。

肝の据わった動じないご利用者に声をかけました。

その中で、白羽の矢がたったのは

シルバーさんでした。

シルバーさんは、お地蔵さん並みにみっしりした

人でした。身体の8割肝でできていたのでは

ないか?ぐらい、動じない人でした。

常に目を瞑り、ごはんだよ。の声にだけ

目をあけたり、嬉しいと微笑むおばあちゃん。

ぺろぺろぺろ。とおやつと間違えて、

ほっぺたに触れた私の手を隙あらば食べようと

する食いしん坊です。


シルバーさんが、エネ子さんの売り込みに

頷いたことで、私とたこちゃんは、

シルバーさんに厚着をさせてソリスペースに

降り立ちました。雪のなか、車椅子は使えない。


ソリに乗せたシルバーさんを前からたこちゃんが

引き、私が後ろから押す。

そして、斜面のてっぺんにどうにかこうにか

たどり着き、私がシルバーさんを抱っこして

いざのために伴走するたこちゃんを横に

えいやっと足で蹴りました。

絶対に事故れない。そのプレッシャーたるや。

ズルズルズルズル…。

思いの外、ゆっくり下降しました。

シルバーさんは、無 でした。

笑いも怖がりも、泣きも喚きもせずに

ただ鎮座していました。

私とたこちゃんの、声かけにも答えず

鎮としていました。さながら文鎮のよう。

で、まあ一回じゃあね。ということで、

斜面をまたえんやこらやと押したり引いたりし、

頂上に。

今度はたこちゃんがシルバーさんを抱っこして

私が伴走。


ズルズルズルズル…。


シルバーさん!楽しいねー!ねー!ねっ?

外なんだよー、寒いねー、ソリに乗ってるよー!

私達の渾身の黄色い声にも、地蔵顔でした。


兎にも角にも、雪に落とさず無事故で

私達が湯気が出るほどに奮闘して戻ると

エネ子さんは、どうだ?喜んだか?

楽しかっただろ?と矢継ぎ早でしたが、

息が上がり、私達は首を振るのみでした。

ちなみに、シルバーさんは、

温かい園内に戻り、おやつだよの声に

うれし〜っと通常営業でした。

みんなから

ソリに乗ったヒーローインタビューを受けても

もぐもぐの咀嚼音で返していました。

シルバーさんが在籍する間

私達のソリ写真はお部屋に飾ってありました。

あれは。

シルバーさんが私達にくれた思い出です。


いつ思い出しても、あの無茶は語り草です。


お年寄りのためではありません。

私達職員が、日頃の閉塞を打ち破るための

アクティビティでした。

コンプライアンスとリスク管理が最優先の今。

あれはもう二度とできない大冒険でした。


私とたこちゃんにとって、シルバーさんと


ソリに乗ったことは介護士人生のベスト10に


入る思い出です。


よく、お年寄りのために、お年寄りはどうか?

と言います。

もちろん、それが一番大切。


だけど、私達の破天荒な発想にお付き合いして


もらうことが、ゼーローになるのは寂しいなとも


思います。


シルバーさんが私達にくれたこと。


私達の中でシルバーさんはすぐに蘇ること。


そこにも実は意味も価値もあると私は信じています。


介護がまだふざけることを許されていた時代のお話。


コンプライアンスに厳しい方はどうか見なかったことにしてください。


#介護
#思い出
#ソリ遊び



お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。