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UIUX視点で読む『奇跡のフォント』


はじめに

こんにちは。デジタル領域でデザイナーしてほぼ20年。moritomoです。
今回は私的UIUXバイブル新規仲間入りな本のご紹介です。

UIUXデザイナーには、 「ユーザー」のために守るべきユニバーサル、ダイバーシティ、インクルーシブなど体験設計の基盤として理解しておくべきポイントがありますね。

そして、これらを満たせない場合、例えユーザー調査によって得た特定のニーズを満たしたとしても、ユーザーの体験が改善されない可能性も考える必要が出てきます。
『奇跡のフォント』という本は、ロービジョン、ディスレクシアの子供のためにユニバーサルなフォントとして開発され、大きな反響を得た、UDデジタル教科書体が世に出るまでの流れを紹介した本です。

そしてその中には、定性的なタイポグラフィの知見の上にユーザー視点、現場理解、アジャイル的な改善と向き合いながら、リソースの問題とも戦ったユニバーサルなデザインへの取り組みについてが書かれています。

ただ、タイトルに「フォント」と入っていることで、UIUX界隈にその存在と情報の価値が認識されていない可能性があるのではないかと思い、ここでご紹介してみることにしました。


「UDデジタル教科書体」とは

「UDデジタル教科書体」への反応に対する高田裕美さんのTweetのスクリーンショット
「UDデジタル教科書体」への反応に対する高田裕美さんのTweet

P10のUDデジタル教科書体の説明。

「健常者の子供たちだけでなく、ロービジョンやディスレクシアの子どもたちにとっても「見やすく、読みやすく、間違えにくく、伝わりやすいこと」を目指して作られた教科書体である。

奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語 奇跡のフォント

これは『奇跡のフォント』の著者である高田裕美さんが、UD(ユニバーサルデザイン)フォント制作の依頼に答え、フォントベンダーである株式会社タイプバンクで開発を開始し、ユニバーサルであることと向き合う中で集めた情報から、ロービジョン研究の第一人者と出会い、その協力を得て、リリースしたフォントです。


「ユニバーサルデザイン」、「UDフォント」とは

では、そもそもユニバーサルデザインとは何なのでしょうか?
この本のP11には下記の様に記載されています。

ユニバーサルデザインとは、文化•言語•国籍•年齢•性別•能力などの違いを問わず、より多くの人々が利用できるデザインのことです。

奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語 奇跡のフォント

このユニバーサルな世界を目指す中で、より多くの人々にとって「読みやすい」という状態を目指したフォントがUDフォントだと言えるのでしょう。

ですが、前述した様に、UDデジタル教科書体には「ロービジョンやディスレクシアの子どもたち」というキーワードが出てきます。

一見、「より多くの人々」という概念と矛盾しそうなこのキーワードが何故出てくるのかは本に記載されたUDフォントが生まれた流れがヒントになるかと思います。


UDフォントのはじまり

本の中では、日本の最初のUDフォントが、パナソニック株式会社と株式会社イワタの共同研究で、読みやすく、誤読されにくいフォントとして開発されたと書かれています。

P78の記載。

「リモコンのボタンの文字が小さくて見えにくい」「家電製品の文字や数字が擦れたり潰れたりして誤読してしまう」といった意見が、家電メーカーに多く寄せられるように〜

奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語 奇跡のフォント

この記載からは、ユーザーの声をプロダクトに反映させるタイプのプロジェクトで、その課題解消ができた(と考えた)ものにUDとつけたらしきことが読み取れるかと思います。

さて、UIUXデザイナーの場合、ここで少し疑問が湧いてくるかもしれません。

おそらく投書的な仕組みを通して届けられたユーザーの声だけで、本当にユーザーの課題が解決したと言えるのか、それは本当にUDフォントと言えるのだろうかと。

その疑問と解決に関する部分を読み解いてみましょう。


UDフォントの課題

p11の記載。

(お年寄り向けに) 「字面が大きく、線が太くて、読みやすい形状に変えたフォント。でもそれだけで、本当にユニバーサルデザインを実現していると言えるのだろうか……?」

奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語 奇跡のフォント

P84の記載。

「そもそも個人の感性だけで『UD』と名づけることはできない。本当に目的にかなったUDフォントを作るのであれば、ユニバーサルデザインについて、もっと深く理解しなくちゃだめだ!」と思うようになって~

奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語 奇跡のフォント

上記引用は、UDフォントの需要が高まっていく中で、高田さんの中で生まれた疑問です。

私は、これはHCD、UX界隈のデザイナーが声に出して読むべき日本語だと思っています。

2010年かその少し前、Webの世界でもユニバーサルデザイン、アクセシブルなサイトの実現を目的として、UDフォントを使っていますという提案内容がよく記載されるようになっていきました。

そして、その当時、W3C、WCAGなどが提示する基準を取り入れることで分かりやすさが変わるとピュアに信じていた私は、UDフォントの世界にもこういった基準が用意されているものだと思い探し始めました。

しかし、各フォントベンダーさんが開催されたイベントやUDフォントの紹介記事を見れば見るほど、その調査手法や根拠がそれぞれ異なり、何が正解なのかわからなくなっていったのです。

偉い人に怒られる事を覚悟で言えば、当時はユニバーサルの前提や対象ペルソナが異なり、それぞれが思い描くUD像を語り続けて平行線になるUX課題あるあるが起きていたのではないかと思うのです。

もちろん、フォントというユースケースが多種多様なデザインの基盤となる世界では、ある種の汎用性が重要となります。

まして、文化•言語•国籍•年齢•性別•能力などの違いを問わず効果を成すべきとされるユニバーサルデザインの世界においては、ペルソナという言葉がそもそも適切かどうかという話もあるとも思います。

ですが、少なくとも初期に出されていたUDフォントも全てのユーザーの課題を解決していたわけではなく、「ユニバーサル」としてカバーしているペルソナがそれぞれ異なっていたと理解する必要はあるのではないかと思うのです。


課題と向き合う調査(情報調査、現状理解)

既存のUDフォントのペルソナ的なユーザー像における課題を感じた高田さんの手探りの調査の開始とその後の話は、普段私たちが事前調査として行う流れとも一致し、勇気をもらえるものだと思います。

そして、教えを乞うべき人間を見つけた後の挫けず続ける実行力は、本当に尊敬すべきものです。

当事者から話を聞いているのか問われた高田さんのその後の活動に関するP92の記載。

視覚障害者が通う特別支援学校、拡大教科書の制作現場、目が不自由な子でも読める絵本がたくさんある図書館、盲導犬の訓練所まで関係がありそうな場所にはどこにでも向かった。

このエピソードからはちょっと現場に訪れる、ヒアリングする機会を得ただけで満足していてはダメだと気づけると同時に、招く側の信頼を如何に勝ち取るか、UXデザイナーなら感じた事があるであろうこの難しさから、高田さんの真摯な姿勢の成果も感じることができます。

そして、どの様な検証を行なったかの紹介も特定ペルソナの基準を設けていく過程で多くの示唆を得ることが出来ます。


課題発見とその改善

P128にはフォントの開発を進める中、 20文字から2,000文字拡張の段階で実施された検討会で、右はらい修正の必要性が意見として上がったことが書かれています。

数千字のひとつひとつにトメ、ハネ、ハライなどの一貫性を持つべきパーツがあり、そこに修正が入れば…デザインシステムで一つルールを変えた時に考慮すべき影響範囲とその反映コストの問題で揉めることを思い出すと他人事じゃないですよね。

とりあえず、一度は聞かなかったことにできないかなぁと考えちゃうやつです。

けれどもちろん、一貫性を守るために修正を反映させる事は、ユーザーの学習経験による理解の促進を促すことになるとても大切な仕事です。

そういった改善のきっかけとなる指摘が出た時のP132に記載された高田さんの考えに関する記載。

ここに集まってくれた人々は、私たちの作った文字を否定したいわけじゃない。それぞれの立場から、子どもたちのことを想って、全員が真剣にこの書体に向き合ってくれているのだ。」

奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語 奇跡のフォント

ここも声に出して読みたい日本語ですよね?

そう、指摘は否定ではないのです。けれどはたして私はそれと向き合えているか、普段、デザイン思考とかアジャイルなんて言葉を得意げに使いながら改善の重要性を語ってみたりしつつも、実際、課題発見時にその改善に本当に取り組めているのか。自分を振り返りながら何度でも考えていかなければならないと思います。


デザイン経営視点

もう一つこの本の面白いところは、開発と改善におけるコスト、経営的観点の難しさと結果として起きた「奇跡」の関係が流れとして読み取れることです。

この本と同じことをしても中々奇跡は起きないとは思いますが、それでもそこに至る苦悩と努力、その結果、得ることの出来た期待以上の成果はデザイン経営を考える際の学びとなると思います。

例えば、株式会社モリサワにタイプバンク社が合流し、いったんコストなどから開発が滞り、そして再度世に出た流れとその過程での高田さんの思いと苦悩、クオリティとの向き合いにおける葛藤。

それを短期的なCVに振り回されながら生きるデジタル業界の私たちが同じ立場にいたとして、ユーザー像と体験を深掘りできている時、それでも成果が出ると信じ切れるか、やりきれるか。

そしてそこに協力するデザイナーチームがあった事。修正コストをチームとしてどう受け止めたか。同じような努力をチームとして出来るか?視点を置き換えて見つめ直していきたいです。

「奇跡のフォント」というこの本のタイトルもそういった側面の「奇跡」が反映されているのだと思います。

デザインの成果はリリースまで定性のみで証明されないまま進んでいる場合もあります。

ですが、ユーザーと誠実に向き合った結果がより大きな成果につながることをデザイナーが忘れない事もまた、デザイン経営実現の一つの大切な軸になるのではないでしょうか?


デザインの基礎となった考え方

UDデジタル教科書体が生まれる流れからの学びはこの様にポイントを押さえるとUIUXの取り組みに対しても多くを得ることの出来るものだったかと思います。

ただ、ここだけみて考え方が似ているねぇということは簡単ですが、この話の本当にすごいところは、元々文字の世界が積み上げてきた強力なロジック(定性的に確立された方法論)とその価値を理解し、実際にその価値のもと仕事をするだけでも充分評価を得続けることが出来たであろう高田さんが、そこに驕らず、ユーザーのためを思った結果、既存の価値の課題に気づき、改善を重ねて新しい価値を生み出したところだと思うのです。

そこで、後半戦として(本の中では前半に書かれています。)、本来デザインの価値がどの様なものであったかも見つめ直しておきたいと思います。

P21には高田さんが、大学の授業の創作の狙いや意図を徹底的に問われる中で言語化が重要な役割を果たす教育を受けていたということがわかる記載があります。

ポイントは、そこからスタートし、そここそがデザインであるかの様な印象を持たれる世界でも、圧倒的なクオリティを支えている主軸は結局、 予算や技術の概念、それを超える目的の整理を含む、何故そうあるべきなのかの言語化であるということです。
(もちろん視覚言語のみで高いアウトプットクオリティを出していける人もいますが。)


ヒューリスティックな判断力

P39には大学時代の高田さんがタイプバンクの林隆男さんに作品の公表を受けた話が出てきます。

これはUIUXの観点で言えばヒューリスティックに近い評価の価値とそこからの学びの話としてみることができるかと思います。

ヒューリスティック評価を個人の好みに偏らせずに実施するためにはデザイナーの研鑽が必要となります。

ここではそれがどのようなもので、そしてどの様な対話でアウトプットに反映されていくか、その雰囲気を感じることができます。


技術と設計(デザイン)の関係性

P51、P184にはビットマップ書体や活版印刷の特徴、構造とデザインとの関係の記載もあります。

これは文字を書く人、グラフィックの人の話に聞こえるかも知れませんが、注意して読めば、ユーザーの要求を実現するためには技術的な知識が必ず必要になり、その知見によっては、技術革新に対する先見的なアクションの打ち手を見つけるヒントにもなるという普遍的な学びを得ることができます。

ちなみに、デジタル分野で文字を利用する(組む)観点の理解はオンスクリーンタイポグラフィという本で私もちょっと書いたりしているのでよかったら、こっちもみてやって下さい。


まとめ

いかがでしたか?

本来ならば、自分が設計したものをユーザーが使うときに、その体験を考えないデザイナーなどいないはずではありますが、分業が進んだことで、この辺りが見えづらくなっている面もある気がします。

だからこそ、今、元々深い定性的知見からユーザーに寄り添ってきた歴史を持つ分野の新しいユーザー視点のチャレンジについて学ぶことで、私たちも成長していけるのではないでしょうか?

そしてそれが、一人のデザイナーの強い意志によって引っ張られてきたものだという事実はデザイナー全員を勇気づけてくれるものだと思います。

私はこの本をバイブルに加えて頑張っていきますが、デザイン思考、UIUX、HCD、そしてデザイン経営、その中で悩んでいるという方にもぜひ、勇気を貰える一冊として、この本を手に取ってみていただきたいと思います。

奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って
UDデジタル教科書体 開発物語 奇跡のフォント


ご紹介

直近のnoteは会社で作ったアカウントから、所属するデザイン組織の特徴を整理してみたものを書いていますので、こちらもみていただけるととても嬉しいです。

また、同僚もデザイナーをしていく中で支えとなった本の紹介をしているのでよかったらこちらのnoteもぜひ、ご覧ください。

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