【あべ本#1】朝日新聞政治部取材班『安倍政権の裏の顔―「攻防 集団的自衛権」ドキュメント』
表紙が耳なし芳一状態
ドキュメントと銘打ってはいるものの「安保法制って、集団的自衛権ってどうやって成立したんだっけ」という程度の読者は端から対象読者としていないかのようなこの表紙。中身はそうでもないのに……。タイトル画像では暗くて見えづらいことと思いますが、装丁全面(カバーの裏まで)が「アベ政治を許さない」の文字に覆われています。呪いか。
「暴挙」「歴史的支離滅裂」の帯文もさることながら、(おそらく版元の講談社サイドが書いたと思われる)朝日新聞政治部取材班の紹介文も《国民の明確な不支持にもかかわらず「安保法制」を強行しようとする安倍政権が、どのようにして強引かつ狡猾に論理構築をしていったのか……執念で取材した》とあり、少々「念」が強すぎやしないかと。
でもその「執念」のかいあって、集団的自衛権行使容認が閣議決定されるまでの、政府・自民党・公明党・内閣法制局・外務省の思惑と動きはよくわかる。淡々と、関係者の生のコメントを生かして綴られているので、装丁から受ける印象で「怨念じみた安倍政権批判をしているのでは…」と思うとある意味拍子抜けでもあります。それだけに、「装丁はアベ本、中身は安倍本」といったところでしょうか。そもそもカバーに使われている写真が「アベ」表記を使っていますが……。
気になる3つのポイント
内容については大筋からは少し外れるかもしれませんが、3つの気になる点をあげながらご紹介しましょう。
①集団的自衛権・安保法制には外務省の「執念」があった
執念というかトラウマと言ってもいいのですが、1991年の湾岸戦争の際、日本は自衛隊による後方支援を求められながら、カネを出すだけで終わり、感謝もされなかったという経験があります。このことに外務省はショックを受け、何とか自衛隊の海外派遣、国際貢献を広げようとしてきたわけです。
しかし自衛隊の海外派遣、中でも国連の要請による集団安全保障の枠組みでの活動をアピールすれば、「対米追従ではなく国連のオペレーションです」と言えるし、海外派遣の「正当性」も高まるはずが、日本では「集団的自衛権はOKでも集団安全保障まではできない」と話がこんがらがっています。
そこで外務省はなんとか「集団的自衛権」の話に「集団安全保障」による武力行使も盛り込もうと頑張っていたがはねられ、しかしヒゲの隊長こと佐藤正久議員のアシストもあって可能性が開かれた経緯が明かされています。これを読むと、ヒゲの隊長がその後「外務副大臣」になったのもむべなるかなという感じ。
②フルスペックの集団的自衛権を主張する石破茂議員
自民党内でも「安保屋」と言われる石破氏は集団的自衛権でも「べき論」「筋論」を展開し、「限定容認」で落としどころを探っていた与党内(つまり自民党と公明党)の動きに反して「国連が軍や多国籍軍が出てきたときに『日本はここから先はいけません』でいいのか」という話をテレビで展開し、党内でクギを刺されてしまいます。
私は石破氏の言っていることのほうが理論的には正しいし、「その話は今すべきじゃない」と言っても、安保法制の先にその話は必ず出てくるのだから、石破氏の主張は当然、議論の俎上に載っていいはずなのにと思っています。
が、政治となるとそうはいかないのでしょうね。
面白いのは、べき論を展開し「集団的自衛権行使容認の閣議決定」の舞台から去った石破氏を、数年後の自民党総裁選の際には朝日新聞が応援するかの構図となったこと。「朝日はあんなに集団的自衛権に反対し、きわめて限定的な状態で良しとした側の安倍総理を手厳しく批判していたのに、フルスペックの集団的自衛権に加え、集団安全保障をも認めるべきとする石破氏を応援するの!?」と驚いたものです。このあたりの整合性はどうなっているのか。
③集団的自衛権と靖国神社
これはかなり衝撃でした。
自民党副総裁の高村議員が中国共産党ナンバースリーの全国人民代表大会常務委員長・張徳江氏との会談でこう言っています。
《「安倍総理はもう靖国神社にはいかないと思う」》
もう一つ、公明党を説得にかかっていた高村氏が、閣議決定の文言が決まった場面でこう言います。
《「あとは、安倍さんが靖国神社に行かなければ、一番いいんですよ」 執務室が大きな笑いに包まれた。》
もちろん執務室には安倍総理もいたのですが、一緒に笑っていたんでしょうか。
靖国に行くという信条よりも「実」を取ったといえばそうなのかもしれません。が、第一次政権時に靖国に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と述べ、第二次政権では一度参拝していますが、今のところこの発言の通りになっています。
集団的自衛権行使容認と引き換えに、靖国神社参拝は封印されたーー。この件は保守側にもあまり知られていない事実かもしれません。それは表紙のせいで、この本が「親安倍」の人々にあまり読まれていないからかも……。
というわけで本書は、せっかくの内容なのに表紙で損していると言わざるを得ない「あべ本」でした。
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