16話、デザートプレデター(3)
(急げ急げ急げ急げ)
リリは空を飛び回り、キョロキョロと空から周りを見下ろしていた。
焦れば焦るほど視界が狭くなるのを感じる。
「まだ、まだみんなは大丈夫よね……」
人どころか動物すら見当たらない、広大な荒野で探しものなど無茶であることは分かっていた。
時間感覚もとっくに狂っている、リリにとって永遠かとも思えるほどの時間を飛び回りながら荒野をくまなく探す
「……っあ!! いたー!!」
現在進行系でデザートプレデターと、亜人が十人ほどのパーティーが戦っていた。
地球に住んでいたリリには、それぞれの種族がまるで分らない。
おそらくは人かエルフ、亀とトカゲのリザードマン、鳥、羊、狐、虎、イタチの獣人、虫のようなもの、そして巨人。
「えぇっとー……アンが言ってた熊は、いないわね……」
リリはアンの言っていた熊がいないことに少しだけ気を落としたが、すぐさま覚悟を決め急いでその一行の元へと向かった。
(まぁ、人を選んでいる時じゃあないし)
遠目にも激しい戦闘が行われる中、亀、イタチ、虫の強さは異常だった。
なんせ皆が苦戦するデザートプレデターをあっという間に倒してしまったのだ。
「すごっ!!」
あまりの強さに圧倒されてしまったが、我に返り声をかけた。
「助けて下さーーーい!!」
大きな声で声を上げながら飛んでくるリリに気づいた一行は一瞬で警戒態勢を取る。
そのうちの一人、リザードマンがリリを手づかみで簡単に捕まえた。
「きゃあ!!」
「何者だ?」
剣幕な表情と、語気の迫力にリリは口ごもってしまう。
「ぼ、冒険者です……」
「冒険者? お前なぁもう少しマシな嘘をつけよ」
「本当よ!」
「いくらギルドに守秘義務があろうと、ピクシーの冒険者なんて珍しいもんいたら、普通は気づかないわけがねぇ」
「それは……最近登録したからで……」
リリはまだリザードマンの迫力に押されているのか、いつもの調子で言葉が出てこない。
「あぁ!? 声が小せぇよ!」
「最近、登録したの!! 仲間がデザートプレデターに襲われてるから助けて!」
リリの必死の言動にリザードマンが聞き返す。
「パーティーの面子を言ってみな、デザートプレデターに出会っても時間が稼げるぐらいならそれなりに名の通ったやつと一緒にいるんだろう?」
(っえ? やばっ!)
「そ、それは……」
リリの頭の中で正解を求めて思考が交錯する。
ラーナやイヴァのことはもちろん話せない。
クラウディアは有名だろうが、この街からしたら余所者だから信用されるのか確証がなく、クリスタも同様に厳しい。
(アンは受付嬢だからワンチャンある?)
「えーっとぉ……」
頭の中でいろいろなことがグルグルと駆け巡って、リリは何も答えられなかった。
「早く言えよ! こんな状況だってぇのに、言えない事情でもあるってのか?」
(その通りなんですよねー)
流石に黙っているのには無理があると思い、一人の名前を一か八か出した。
「アン! アン・オーティスが仲間にいます」
その一言に全員が一斉にリリの方を向いた。
「そりゃ随分な嘘じゃねぇか」
「嘘なんかじゃ無いわよ!」
「嬢ちゃんあのな、アンさんはたしかに有名で実力もあるが、事故で仲間と剣の腕を持っていかれて引退してるんだよ」
「そう、なのね?」
「あの人がクエストに出てるなんて何年も聞いてねぇよなぁ?」
リザードマンの言葉に、周りが相槌を打つ。
「やっぱり嘘か?」
(だってぇ、そんなことわたし聞いてないもん)
一向に信じてもらえないので言葉を詰まらせるリリだったが、傍観していたイタチの獣人が突如質問をしてきた。
「お主が、ロック鳥に攫われたアンの仲間か?」
「ベルンの旦那!」
リザードマンがベルンと呼ぶイタチの獣人はリリに問いただす。
しかし、リザードマンの手の中、リリが持っているアミュレットに目を向ける。
「そのアミュレットはアンに渡されたのか?」
「そう、耳のない熊獣人に見せろって渡されたわ」
「良く見せてもらっていいか?」
「ちょっと緩めてくれないと、取れないんだけど」
モゾモゾと動くリリ、次第にリザードマンの手が少し緩まった。
出てきたアミュレットをベルンがまじまじと見ると、口を開いた。
「なるほどな、お主名は?」
何かに納得したように頷き聞く。
「リリよ、助けてくれるの?」
「その必要はない!」
リリの精一杯の返答をベルンは一蹴した。
「じゃあ他の人を探すから、離して頂戴」
抵抗しようと力を込めたが、リリの力ではリザードマンの手を抜けることができない。
(あーこれ、もしかしてバッドエンド?)
こんな時、他の異世界転生なら、何かしらの力が目覚めたりするのだろうが、この世界じゃ有り得ないことをリリは理解していた。
リリが半ば諦めた表情をしていると、ベルンはアミュレットを見ながら言う。
「助けてやろう、アンの知り合いというのは本当みたいじゃな」
「旦那!」
「離してやりなさい」
ベルンの言葉に、渋い顔をしたリザードマンの手が緩まった。
「んもぅ、洋服がしわくちゃだわ」
リリはさっと飛び上がると、身体を振り、服装を整え、身だしなみを整えた。
「まぁいっか、そこの獣人さん、ありがとう」
「よいよい」
「でも、なんで分かったの?」
「あぁお主、もしかして気づいておらなんだか……」
ベルンの口ぶりは意味深だったが、リリは頭を傾ける。
「まったく、羽妖精って生き物は適当に生きるものが多くて困る」
(なんか知らないけど、わたし種属ごとディスられてるんですけど……ピクシーってそんな扱いなの?)
少し不貞腐れるリリだったが、ベルンの次の言葉に納得した。
「アンの言っておった耳のない熊は儂のことじゃよ」
「イタチじゃないの?」
「わしゃあ蜜穴熊種じゃ、生まれつき耳がない、お主みたいなバカじゃなきゃ熊人族だとすぐにわかるはずなんじゃがな?」
「バカってなによ!」
(わかるわけなくない? なに? この世界の人はみんな生物辞典でも持ち歩いてるの? 穴熊がどんな姿かなんて、言われた今でも分からんってーの!)
心の中で不満を叫ぶ気持ちとは裏腹に、疑問を投げかけたリリ。
「じゃあ、このアミュレットって」
「儂からアンに渡したやつじゃよ」
「そうだったのね」
「それでじゃ、向こうの戦力はどんな感じなんじゃ?」
話を本筋に戻したベルンは、真面目な顔で聞いた。
「相手はデザートプレデター五体、わたし達は五人、みんなで馬車に乗って逃げてるとこ」
「なるほどのぉ……五体か、アンにはきつかろうて」
「どうにかなりそう?」
「もう一つ聞きたいのじゃがパーティーの種族を教えてもらえるか」
「っえ! それは……」
「言ったあとの皆の反応は不快じゃろうが、戦力をある程度知っておかんとな」
(ラーナ達の事、気づいてるんだ)
「それに隠しても無駄じゃぞ、ギルド長の儂が登録の許可を出したんじゃからな」
ラーナを知っている人だということに、リリは少し安堵した。
そしてベルンの言葉にリリは全てを察した。
(ギルド長!? こりゃ隠し通せないわ)
「まぁいいわ、直ぐにわかる事だし、人族が三人とダークエルフと……ハイ・オークよ」
リリの言葉に、今まで興味なさそうに聞いていた冒険者ですら反応を示した。
圧倒的に不快な方に……そしてどんどんと言葉を重ねる。
「マスター、私は嫌よ! あの鬼なんかに関わりたくもない! それにダークエルフ? 全くもって最悪だわ」
長い髪に細い体、そして尖った耳をした綺麗な女性がそう言うと、続けざまに他の物も続くようにまくし立てる。
「わりぃ、俺も抜けさせてもらうわ、わざわざ来た嬢ちゃんには申し訳ないが、コイツと同じ意見だ」
「そんな……」
「鬼族と関わってろくな事になるはずがない、それが例えギルドが認めていたとしてもな」
好意的な一面など少しもない、さんざん言われたリリは我慢をした。
しかしふと思った、ラーナの境遇を、そして過去を。
(ラーナって、この何十倍も酷い目にあってきたのよね……)
そう思うと胸が締め付けられるようで、リリは少し泣きそうになってしまった。
「結局残ったのは四人か、ちときついのぉ」
残ってくれた三人のうち、亀のリザードマンがリリに軽く挨拶をする。
「よろしくな、俺はいつもアンの姉御には世話になってるからな」
そう明るく言うと、屈託ない笑顔でリリを見た。
「憎きハイ・オークであれ、それがギルドに加盟しているなら助けるのが常かと……」
真っ黒な鳥人族も手伝ってくれるようだ、準備を始めている。
「俺も行きたいが、すまんなピクシーの嬢ちゃん、俺の足じゃ追いつけそうにない」
「気持ちだけで充分ですよ、危険ですし」
「代わりにこいつ等を連れてってくれ。実力は保証する……性格はまぁあれだが」
亀獣人が背中を叩くと、一人の獣人が前に出てきて、リリに内緒話をする。
「オレッチはあんたのパーティのこと知ってたぜ」
「そうなの?」
(ラーナの事が気にならない人がいたんだ!)
しかしリリの希望は直ぐに砕かれた。
「あの姫騎士に恩を売るチャンスとありゃ、オレッチも本気を出しちゃうぜぇ」
(こいつ、金目当てだったか!)
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