16話、デザートプレデター(4)

「嬢ちゃん達、投げナイフは残ってるか?」

アンがラーナとクリスタに大声で問いかけた

「ボクはあと3本!」
「私は2本です」

二人の切迫した声色から、先程よりもジリジリと追い詰められてるのを感じる。
 散々攻撃をしているにも関わらず、デザートプレデターの頭数が減っていないからだ。

「そろそろ手詰まりか……」
「投げナイフだけじゃ厳しそう、上手いこと入れ替わって突撃してくるし」

アンの呟きにラーナが答えた。

「ラーナの嬢ちゃんがいるし、一体ぐらいはやれるかと思ってたんだが、見通しが甘かったか」
「馬車止める? ボクは降りて戦っても構わないけど」

その時、ただでさえ猛スピードで走り抜けていた馬車の車輪が、デザートプレデターの体当たりでついに壊れ、そのまま横転してしまった。
 馬車から飛び出したラーナはデザートプレデターを威圧しながら大声を張り上げる。

「急いで降りて!」
「すまん嬢ちゃん!」
「クリスタとアンで左右を警戒!」
「はい、ラーナありがとうございます」

ラーナの指示通りに、クリスタとアンが左右を見張る。

「イヴァとクラウディアは馬車を背にして後ろに下がって」
「ラーナはどうするのじゃ?」
「ボクは前に出て、何体かを引き付ける」
「貴女、一人で大丈夫ですの?」
「気を引くだけなら、なんとか……する……」

前方に三体、左右に一体ずつ囲むようにデザートプレデターは立ちはだかっている。
 しかし、警戒しているのか品定めをするようにウロウロと周りを歩き、少しづつ距離を詰めてくる。
 四人はデザートプレデターと睨み合うが、イヴァだけは頭を抱えていた。

「無理じゃ、無理じゃ、無理じゃ、無理じゃ!」
「イヴァ、落ち着いて!」

絶望的な状況に発狂するイヴァ、ラーナが声をかけるが、落ち着く気配がない。

「妾、死ぬのは良いが、食い殺されるのは嫌じゃ! 痛いのは、嫌……じゃ」
「イヴァ! 前を見て!」

叱咤したラーナは大きく深呼吸をすると、静かに落ち着いた声色で話しだす。

「こっちを向かずに聞いて」

皆が集中しながらもラーナの声に耳を傾ける。

「リリが助けを呼んでくれるまで粘る、それしかボク達が生き残る道はない」
「それはそうだな」
「とりあえず、ボクが突っ込めば前の3体は気を引けるはず」

ラーナの口調がいつもよりも張り詰めている、それが更に皆の緊張を高めた。

「無理矢理にでも削る、だから左右の2体はみんなで少しでも時間を稼いで、まだボク等を警戒してるみたいだからなんとかなる」

作戦とも言えない作戦だ、ラーナも倒すとは言い切れなかった。
 ラーナが一番しんどいことを率先して受け持っている、その事実を前に、皆の顔に活力が芽生える。

「わかりました」
「おぅ、任せとけ」
「……わかり、ました」

しかしクラウディアの答えは心なしか弱々しかった。

「クラウディア様? もしかして、もう魔力が……」

クリスタは心配そうに声をかける、しかしクラウディアは聞く気がないようだった。

「それでも、ここで私が倒れたら……この均衡も崩れてしまいますわ」

疲労で返事すら厳しいのだが、クラウディアが言っていることは事実だ。
 なので、クリスタもそれ以上の言及はせず、皆は黙って前を向いた。

「それじゃあ……いくよ?」

ラーナは前方に向かって勢いよく走り出す、それを見計らっていたかのようにデザートプレデター三体が同時にラーナに襲いかかった、クリスタとアンも身構える。

「ラーナ嬢ちゃんの言った通りになったな……」

アンは自分の前にいるデザートプレデターに目を向けながら、静かに語りかける。

「それでも……ラーナは……」

三体のデザートプレデターと大立ち回りをするラーナだが、防戦一方だった。
 取り囲むように立ち回るデザートプレデターは、偶に飛び掛かってきては噛み付いたり蹴りを入れたりしては引く。
 その連携はラーナを着実に死に向かわせていた、ラーナも直感的にそれを感じていた。

「モンスター如きが!! 楽しくなってきたー!!」

追い詰められれば追い詰められるほど、ラーナは高揚していく。

「さぁここからだぞ、ボクはまだ、ピンピンしてるじゃないか!」

そう叫ぶ口元は嗤っている、死の近づく感覚に興奮を覚えていた。

「大分動きも掴めてきた、一体、いやっ二体は道連れにしてやる、死にたいやつからかかってこい!」

ナイフを持った右手を前に突き出して叫んだラーナ。
 だが、既に身体中傷だらけ、自慢のナイフもロック鳥からの連戦で左手の一本は折れてしまっていた。

「ラーナよ、もう無理じゃ! 戻ってこい!」

ボロボロのラーナを見かねて、イヴァが悲痛に叫ぶが一切届いていなかった。
 その時!

「……んなー!」

リリの声が遠くから小さく聞こえた、ラーナにしか聞こえないような微かな叫び声。
 イヴァが声のする方角を見ると、鳥人族の足にぶら下がる熊人族。
 腕を組み、いかにも強者といった佇まいだ。

「間に合った……のかや?」

膝から崩れ落ちるイヴァ、その目の前にリリが降り立った。

「この人達が助けてくれるって」
「本当かや?」
「わたし、あの人の戦いを見たけど、本当に強かったの! もう大丈夫よ!」

そう言った、アンをチラリと見ると安堵の表情が零れていた。

「じじぃ! それにノーラ司教まで……ふぅー」

大きな溜息を漏らすと、力んでいた力が抜けていく。
 ベルンがみんなの横に飛び降りると、優しくアンに語りかけた。

「アンよ、無事だったようじゃの、ようやったなぁ」
「あぁ、ラーナ嬢ちゃんのおかげでな」

視線の先には、デザートプレデターと剣を交えるラーナ。
 恐らくベルン達に気づいてはいるが、戦いへの高揚感と、余裕のなさから、反応する素振りすら見せなかった。

「空から見とったが、ありゃ強いのぉ、流石はハイ・オークといったところか」

ベルンは飄々とした態度で感想を言った。

「そんな悠長に……わたくしは……もう……限界」

魔力切れでへたり込むクラウディア、ベルンは拳をゴツゴツと合わせると

「うむ、それもそうじゃの、儂等は4体を引き受けよう」

そう余裕な表情で言い放った、それを聞いたリリは少しだけ心配になる。

「4体も大丈夫なの?」
「なぁに問題はない」
「助けを頼んだ手前、怪我とかしたら心苦しいんだけど」
「地上から来る二人もこっちへ向かっとる、引き付けながら合流するでの」

無茶苦茶なことを当たり前のように言うベルン。

(ラーナですらあんなに苦戦してるのに……)

「それでも4対4よ?」
「あの子鬼がだいぶ削ってくれとるみたいじゃしの、同数ならなんとかなるじゃろうて、ノーラもおるしの」

(凄いわね、そこまで余裕なのかしら?)

まだ信じられないリリを横目に、クリスタが声をかける。

「わかりましたギルドマスター。では私の手前に居る一体は、私とアン様で引き受けます」

それを聞いたクラウディアがフラフラと立ち上がる。

「クリスタ! 私もやりますわ」
「いえ、失礼ながらクラウディア様とラーナ様はだいぶ消耗している様子、足手まといです」
「でも!」
「大丈夫です、策はあります」

引き下がらないつもりのクラウディアだったが、クリスタはそれ以上に強情だ。
 ジィーッとクラウディアを見つめ微動だにしない。

「……わかったわ」

その決意した瞳に、クラウディアはまた力なく座る。
 一通りやり取りを聞いていたベルンは指示を出した。

「よしっじゃあノーラよ、元気な一体はお主に任せた、儂は子鬼と戯れる三体を連れてく」
「魔法の準備は整っております、お任せを」

ノーラが風魔法をくりだすと、暴風が吹き荒れ、アンと対峙していたデザートプレデターが浮き上がる。
 同時にベルンが老体とは思えないようなスピードで、ラーナの元へと走り出した。

「それっ、そこの子鬼よ下がっておれ、あとは儂がやる」
「っ! あぁ!?」

デザートプレデターから攻撃を受けそうなラーナを、ベルンはまるで邪魔な虫でも払うかのように、後ろへと弾き飛ばした。

ドゴォ……

「いったぁー、あの熊野郎、ボクの邪魔を……」
「手加減はしとる、休んでおれ」
「ボクの獲物だ!」

立ち上がろうとしたラーナを、リリがお腹に乗り止めた。

「ラーナ! 立ち上がっちゃダメよ! もうボロボロじゃないの!」
「リリ!」
「あの人たちは味方よ、私が呼んできたの!」

頭だけ持ち上げてリリの言葉を聞くと、助っ人の二人にチラリと目を向ける。
 ノーラは風魔法で飛ばし、ベルンは殴っては引きずり、力技で三体を引き連れていく、そこら中を噛みつかれているが怯む様子もない。

「……しょうがないかぁ」

ラーナは大の字で後ろに倒れた。
 そのまま小さな声で「あ~あ、せっかくの……」と、リリに聞こえないようにつぶやく。
 そのまま曇った空を見たまま黙った。
 この砂漠ではめずらしく太陽のない真っ暗な空は、ラーナにはどう見えたのだろうか?
 それを知るものはこの世に一人しかいない……

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