8話、クエスト受注(7)

 野次馬の奥から人を掻き分けて、リリ達の知らない女性が声をかけて来た。
 それはもう、十年来の友人であるかのように馴れ馴れしく。

「オークちゃん、本当かい? それは、ほんっとーに助かるなぁ! わざわざ真っ昼間に、うるさいギルドに来た甲斐があったってもんだよ、いやー私はホントーに運がいい! っな、そう思うだろ君たちも」

 近づくだけでエールの匂いと薬草の匂いを漂わせている、馴れ馴れしい女性。

(この人、酒臭っ!)

 見た目はシャツに短パンに、白衣の様なロングコート、豊満な体をしてはいるが、適当に束ねた茶髪が青白い顔色も相まって、不健康そうに見える。

「君は邪魔だねぇ、眠っていてもらおうか?」

 彼女は酔っぱらいに液体をかけると、立ちどころに酔っぱらいは倒れるように眠った。
 見ていた受付嬢や、奥で飲んでいたリザードマン達はやれやれと、酔っ払いの取り巻き達は怯えて、それぞれが彼女を見ている。

(不思議な反応ね、すごく怖がっている人と、呆れている人の両方がいるわね)

 馴れ馴れしい女性は、酔っ払っているからなのか、少しダルそうにカウンターにもたれかかり受付嬢に話しかける。

「アンー、聞いたかい? サンドワームを受けてくれる人が現れたよ」
「みたいだな」
「アンの見立てじゃあ、このオークちゃんは相当に強いんだろぉ? それならクエストに追加の依頼をしてもいいだろー? ね! ねぇ!」

 馴れ馴れしい女性に話しかけられたアンは、本当に嫌そうに言い返した。

「ソフィー、急にそんなこと言っても、アタシが困るのはわかってんだろ?」
「ま、あ、ねぇー」

 ソフィーと呼ばれる女性が、からかう様に適当に言うと、それを聞いたアンはめんどくさそうに答えた。

「……辺境で緩いギルドでも、ルールってもんがあってだな? それにギルドマスターがなんと言うか分からんしなぁ」

(この女性、アンに無茶な意見を言えるぐらいには偉い人? それとも仲が良いだけ?)

「なーに、奴に言ってやればいいのさっ、砂漠の錬金術師ソフィアが『お前の為には薬を作ってやらない』そう言ってたってさ、それならアンも何も言われない、奴も私のいつもの気まぐれだって思うだろ?」
「ソフィー、お前なぁ」
「そしたら私は依頼が頼めて、この可愛い旅人達も報酬が増える! これなら誰も困らない! 完璧じゃあないか、だろっ?」

 ソフィアがリリとラーナに向かってウィンクしてくる。

(なぜ、こっちにウィンク?)

 少し考えたアンは、やれやれと顔を横に振り、両手を上げ諦めたように言う。

「……オーケーわかった! 確かに、ソフィーの言う通り誰も困らない」
「さっすがアン、良い判断だっ!」
「それで、依頼の内容は?」
「サンドワームの肝の納品さ」

 さらっと言ったソフィアに、アンはハァーッと大きな溜め息を吐く。
 そしてラーナとリリを含めた三人に向けて話しをし始めた。

「ソフィーには無駄だろうが、新人の旅人をわざわざ巻き込むんだ、通例をあえて言っとくぞ?」
「無駄だろうねっ」
「っあ、はい、お願いします!」

 エールを飲み、生返事を返すソフィア。
 対してリリは、まだ猫を被っている。

「ギルドからは手助けも救援も前金も出せない、それが条件だ」

(っえ!? その条件なら断りたいんだけど)

「それでもいいのなら追加で依頼を受注してやる」

 断ろうと思っていたリリが、言葉を発する前にソフィアが明るく言い放つ。

「余裕、余裕! っね、オークちゃん?」
「ボク?」
「そう! 君たち、二人だけで行けるかいっ? 流石の私も情報や薬くらいしか渡せない、錬金術師だからね、戦闘はからっきしなのさっ」

 ラーナの答えは、わかり切っているので、リリが遮ってソフィアに疑問をぶつける。

「ちょっと待ってください! なぜ貴女は、わたし達に頼むのですか?」

(この人、なにを考えているの?)

「なぜ? なぜかぁ……妖精ちゃん、君は理由がないと動けないタイプかい?」
「そんなことは……」
「いやはや懐疑的だねぇ、それとも臆病なのかなっ?」

(わたしが懐疑的で臆病だったとしても、わざわざ言わなくても良くない? わたしの質問ってごく普通の疑問よね)

「そうだなぁ、3つある理由の内の2つ目までは教えてあげようか」

 リリは少しムッとするが、ソフィアは気にも止めずに登録用紙を手に取ると、ソフィアは語りだす。

「1つ目は純粋な興味だね、オークちゃんは一般的には鬼族でも大きいと言われるハイ・オークなのにこのサイズ、登録用紙には……20歳と書いてあるね。しかし余りにも小さい、これは本当に興味をそそるね、できれば解剖や実験をさせてほしいぐらいだ」

 ラーナを見ながらソフィアは嬉々として語っている。
 異質な答えに少し怯えるリリ、ラーナは聞いていないかのように無反応だ。

(っこ、っこれは……良い悪い以前にヤバい人じゃん、マッドサイエンティストだわ!)

「2つ目は天才錬金術師としては、サウエムサンドワームの肝が急ぎで欲しいのさ。あれは良い財源! じゃなかった、良い薬になるんだよっ、知っていたかい?」
「いえ、知りませんが……」
「だろうねっ!」

(なら、聞くな!)

 リリの中でのソフィアの印象は悪いので、節々の発言にイラついてしまう。

「ところが、だ! 残念なことに、ここにいる冒険者達には、サンドワームに挑もうって気概のある奴は居ない、ときた!」

 ソフィアは両手で天を仰ぎそう言うと、周りを見る。
 そして改めてリリの方へと向き直した。

「だからだね、肝をきれいな状態で持って来てくれたら、私からも報酬を出そうって話なのさっ! どうだい疑問は解消されたかい? 臆病な、リ、リ、ちゃん!」

 演劇のように身振り手振りをつけ語り終えるソフィアは、登録用紙を机に置くと、リリのおでこをツンッとつつく。

(あーやっぱ、この人とは合わない! ムカつくー、辛うじで悪い人ではなさそうだけど、わたしは苦手だわー)

 リリは返事もせずにフンッとそっぽを向いた。

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