SS、リリの戦い

 ある日の冒険者ギルドでの交渉。
 リリは元会社員として、冒険者として、そして自分の利益のため、気合を入れる!

(負けっぱなしは性に合わないわ、次こそ銅貨一枚でも多く勝ち取るわよ!)

 リリの相手は、ギルド職員の制服に身を包んではいるが、盗賊と言ったほうが納得できる面持ちの受付嬢、アンドレア・オーティス、通称[アン]である。
 元冒険者であったこともあり、戦闘も事務も両方こなす、豪快だが敏腕として国内でも有名な受付嬢だ。
 リリは報酬の交渉で「勝った」と思えたことがない。
 
「なぁリリ嬢ちゃん?」
「なによ、アン」

 今回は強気に出るつもりらしい、リリの言葉尻が強い。

「ここなんだがな?」

 指さした先にはズラズラと長ったらしく文字が綴られている。

「ちゃんと書いてあるでしょ? 報酬、増やしてもらえる?」
「ちゃんと、なぁ」

 報酬の交渉は冒険者に与えられた権利の一つ。
 荒くれ者も多い《カルラ・オアシス》では日常風景である。
 
「美味しかったですって書いてあるが?」
「っん?」

 ここには消しゴムなど無い、二重線を引き、無かったことにしたが、アンは関係なく突っ込んできた。

「ま、まぁ食べたわよ? 美味しかったのは本当だわ!」
「そうかい、そうかい」
「それに、モンスターとはいえ、食料になるものが増えるのは良いことよね?」

 焦りからか、まくし立てるかの様に話すリリに対して、アンは全く表情を変えずに聞く。

「ならこれは報告対象よね? 加点よね?」
「そうさねぇ……」

(どっちだ、どっちに出る?)

 見つめ合う二人、どちらも真剣である。
 ギルドは、正しい金額を超えても足りなくても不都合が起きる。
 冒険者は命懸けなので妥協はしない。

「ダメだな!」

 眉間にしわを寄せたアンは、カウンターに足をかけたまま、報告書を束の上に投げ捨てた。

「なんで!?」
「一言で言や、アタシの独断と偏見だな!」
「横暴よー! 理不尽よー! パワハラよー!」
「黙って聞きな! 嬢ちゃん!」

 激昂した振りをするリリに、アンは何食わぬ顔で叱咤をすると、そのまま答えた。

「調査範囲は指定通り、そうだな?」
「そんなことはないわ! 少し広めに探索したもの」
「……まぁいい、特別にそこも考慮してやるさ」
「なら……」

 リリの言葉を待たずにアンが話を続ける。

「リリ嬢ちゃんの言ってる、加点ってヤツを全て組み込んだとしてだ、討伐したモンスターは1体、ランクF相当、これは間違いないな?」

(痛いところをついてくるわね、でも対策済みよ)

 真面目に話すアンを見て、自信満々なリリはハッキリと答えた。

「まぁね! 今回は報告の為に、早めの帰還を優先したの!」
「ほぉ、Bランクモンスター相手にその判断は順当だわな」
「でっしょー!!」

(今回は勝てた、かも!?)

 勝利の可能性に喜ぶリリだったが、次のアンの一言でその可能性も覆される。

「それが普通のパーティーなら、だがな!」

(あれ? あれれ? 流れが……)

「じゃあ問題ないじゃない? わたし達は普通のパーティーよりも人数が少ないわよ?」
「おいおい嬢ちゃん、アタシはギルドの受付を任されてるんだって、忘れてないか?」

 リリにとっては不穏な流れへとどんどん変わっていく。

「そ、それが何よ? そっちこそ受付なら、レンジャー(斥候)とキャスター(魔導士)しかいないパーティーに無理をさせないでくれる?」
「レンジャーか、アタシはラーナ嬢ちゃんの強さを知ってるんだぜ?」

(っあ、これは……)

 まさか「食べられないから倒してません」など言える訳がない。
 リリ達はサボっていた訳ではない、しかし献身的に駆除をした訳でもないのだ。

「……」
「聡明なリリ嬢ちゃんよ、まだ説明がいるか?」
「っ! わかった、もうわかったわよ!」

 ここでリリが反論をすれば、努力をして来たラーナを否定することになる、もしくは自分がラーナについてそこまで知らなかったと言っているようなものだ。
 総じてラーナを信じていない、そう言っているのに等しいことを、リリもわかっていた。

(その言い方はずるいわよ、わたしがラーナを弱いなんて言えないの、分かっていて聞くなんて)

 結果はアンの方がリリよりも、圧倒的に上手だったと言うしかない。
 この場合はリリの詰めが甘かったとも言えるだろう。
 それにしても、アンの報酬交渉は手慣れたものだ。

(盗賊みたいな見た目をしておいて、優秀なんだもんなぁ、ずるいわ!)

 アンは予定通り、銅貨一枚すら多くも少なくもない報酬を受付台に置き、二人に帰るように促す。

(あーあ、今回も無理だったかぁ)

 可能性の低いことは分かってはいる。
 しかし負けず嫌いのリリは、捨て台詞を精一杯の気持ちを込めて吐き出す。

「ぜーったいに、次こそは負けないんだから!」
「気概は認めるが、アタシはちゃんと考えてクエストを発行してるからな。金額が覆ることはない! 諦めなー!」
「くぅ~」

 リリは歯噛みをした後、受付をあとにした。
 終始無言であったラーナも後ろに続く、そしてギルドを出たところでリリに謝る。

「リリごめんね、ボクが倒しておけば……」
「あぁ、いいのいいの! ラーナに倒してもらったから報酬を下さい、なんてアンに勝ったことにならないじゃない」

 リリは軽口を叩き、明るくヒラヒラと手を振り答えた。

「でも報酬が」
「それも気にしなくていいわ、元々の分は貰っているんだし、予定通りよ!」
「そうなの?」
「そうそう、わたしはアンから上乗せの報酬をぶんどりたいのよ! お金が欲しいなら無理にでも倒してもらってたわ!」
「そう? なら、いいんだけど」
「それにね、わたしはラーナに恩返しがしたいの」

 リリの言葉に、ラーナはキョトンとした表情で聞き返す。

「恩返し?」
「次は交渉でたくさん報酬をぶんどって、お肉をたっくさーん買ってあげる!」

 ギルドを後にした二人の背中は明るくウキウキしている。
 ボーッと眺めていたアンは頭を掻きながら呟く。

「あいつ等は相変わらず……まぁ、それでこそ冒険者ってもんだわなぁ」

 アンは吸いかけの煙草をふかし、天井を見上げた。

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