9話、サウエムサンドワーム(5)
「リリー、ボクお腹すいたよー、ほらこれ、はいっ!」
(おっと、これは……)
ラーナはリリのやり方に慣れてきたようだ。
後ろに転がるサンドワームの生肉を切って、リリの元へと持ってきた。
「っじゃ、食べるかー」
「なんじゃ、お主等! モンスターを食べるのかや?」
「そうよ、イヴァあなたも食べます?」
「いい! 妾は野菜しか食べないのじゃ」
イヴァは思いっきり否定をする。
(ベジタリアンなのね、っま、普通モンスターなんか食べたくないわよねー)
「ソフィアは?」
「私も遠慮しておこうかなっ」
「好奇心に取りつかれたソフィアが断るなんて珍しいわね」
「まぁねっ!」
ソフィアも食べないらしい、しょうがないので二人で食べることにした。
「これは……なに?」
(水っぽい牛乳? んー獣感はないし、どちらかといえば魚? それも違うか……)
初めての味、サンドワームは不思議な風味をしていた。
(風味が薄い……っあ、分かった)
「大豆だ! 水っぽい豆乳ね、あースッキリしたー」
「うぇー、ブチュブチュってするよー」
リリが豆乳に似ていると分かるのと同時に、ラーナが顔を歪めて感想を言う。
「確かに皮はゴムっぽいわね」
「ゴム?」
「ああ、気にしないで」
(美味しそうに言い換えれば、グミっぽいわ?)
ついつい地球の物に例えてしまったが、ラーナはあまり気にしていないようだ。
またもサンドワームに近づくと、新たに切り出している。
「身はプチプチして、粒が大きなイチジクみたいだわ」
(イクラにも近いけど、膜が残る感じないしやっぱりイチジクかなぁ)
リリが色々と思い悩んでいると、今度はラーナが肝を持ってきた。
「これも食べる?」
「……えーっと」
(食べたくないなぁ、肝は流石にコワイ)
「お腹痛くなったり、体調壊したりしない?」
「大丈夫でしょ?」
ラーナは既に食べている、リリも覚悟を決め口に運んだ。
(……あれっ? 生臭い、多少のヘーゼルナッツの香りはするけど……)
どうやってこの生臭さを取っているのか気になったリリは、ソフィアに作り方を教えてもらうことにした。
(サメの肝油は焼いて作っていたけど……)
「肝はソフィアに渡せばいいの?」
「これは後で大鍋で炒めるから、適当に切って樽の中に詰め込んでくれると嬉しいかなっ、街まで保つように保存液は入れてあるからねっ」
「焼いて作るのねー」
(なるほどなるほど、これはいいことを聞いたかもっ!)
喜ぶリリにソフィアが釘を刺す。
「焼くだけじゃ出来ないから、期待はしないことだよ、リリちゃん!」
「じゃあ作り方を教えてもらうことは?」
「ダメだね、私の独占技術だからねっ」
「そうよねー」
(わざわざ教えてくれるような人ではないよね、ちょっとだけ期待していたんだけどなぁ)
「そういえば、ソフィアってサンドワーム捌けるの?」
「もっちろん! 私にできる訳がないじゃないかー、だからラーナちゃんがやるのさっ」
(当たり前のように言うな!)
「ラーナ申し訳ないんだけど、ソフィアのお手伝いをしてもらっても……」
「うん、いいよ! 報酬も貰わなきゃいけないしねー」
(ありがとうラーナ!)
ラーナが、ソフィアの手伝いをすることになり時間が空いたリリは、汚れて戻ってくるであろうラーナの為に空樽に水を出しながら、イヴァと雑談をすることにした。
「イヴァはダークエルフなのよね?」
「そうじゃな」
「なぜ、こんななにもない所に一人でいるの?」
楽しい話題が見つからず、リリはとりあえず思ったことを率直に聞いてみる事にした。
「商人の馬車を護衛しておったのじゃ」
「それじゃ、他の人……は?」
(もしかして、食べられちゃったとか?)
「大丈夫じゃ、逃げておる」
「あなたもしかして……強いの?」
「からっきしじゃの」
「からっきしなの!?」
しかし、イヴァがサンドワームから一人で生き延びたのは事実である。
リリはその理由が気になったので聞いてみる。
「じゃあどうやって逃げたの?」
「妾は《時空神アーカーシャ》を祀る民、その巫女なのじゃ」
「なる、ほど……」
イヴァの言葉に、さも納得したかのように頷くリリ。
(ヤバッ! なにを言っているか全くわからない! 時空神アーカーシャ? 巫女? 宗教? これは突っ込まないほうが良いわよね? スルーよスルー、次の話題をなにか……)
リリが頭を悩ませているうちに、イヴァが続けて喋る。
「だから妾は時空魔法が使えるのじゃ、さっきのアイテムボックスとかの」
「すごーい、じゃあテレポートも使えるの?」
「もちろんじゃ、距離は短いがの」
「凄い魔導士なのね!」
(テレポートなんてチートじゃない! いいなぁー)
「巫女じゃ! 魔導士と一緒にするでない!」
テンション高く喋るリリに、イヴァが釘をさす。
「っあ、ごめんなさい」
「まぁよい、許してやるのじゃ」
(この子、偉い子なのかな?)
古めかしいが品がある口調、尊大な態度からリリがそう思うのは無理もない。
しかし巫女と名乗っている以上、姫なのかと聞くのも気が引けたリリは話題を変えることにした。
「それで逃げられたのねぇ、因みに話しは変わるけど、イヴァはなんで野菜しか食べないの?」
(前世の友達も宗教上食べられない物、いろいろとあったしなぁ)
少しだけ過去の友人に思いを馳せながら、リリは質問する。
「妾の集落では、肉は人を堕落させると言われておる」
「へぇー、じゃあエルフは野菜しか食べられないの?」
「そんなことはない! 古い習わしじゃな」
(ないんかいっ!)
「じゃあなんで?」
「なんとなくじゃ!」
(まさかのなんとなく! それってもう、ただの偏食じゃない! 好き嫌いじゃない!)
「宗教上ではないのね?」
「そうじゃな、童より古き人は食べなかったようじゃが、それは狩りが安定しなかった言い訳じゃと妾は見ておる」
「言い方が酷い!」
(落ち着けわたし、好き嫌いだとしても最大限の尊重はしましょ、だって美味しいものを笑顔で囲む、それが料理の醍醐味なんだから)
「口が悪いのは生まれつきじゃ、気にせんでいい!」
「気にするのは、わたしじゃない?」
「まぁ気にするでない」
上から目線のイヴァだが、どこか優しさを感じる。
不思議とリリはイヴァに対して苛立ちを覚えなかった。
「ふーん、まぁいっかー、じゃあ一緒に食べないの?」
「サンドワームなど、食べとうない! 妾の分はサラダを作ってくりゃれ」
「そんな材料の余剰はない!」
「いやじゃ、いやじゃー」
二人が話しているところに、ラーナが戻ってきた。
「リリ終わったよー、早く作ろう!」
肝を取り終えて、血でドロドロになったラーナ。
頭からバケツで血を何杯も被ったように血みどろだ。
「血でドロドロよ!? 作る前に洗い落としましょ? ほら、ここに水を溜めてあるから」
「あーそっか、これじゃご飯が生臭くなっちゃうね」
「そこじゃない! ってか、わたしラーナのこんな姿ばかり見てるわね」
「確かにね」
「最初は砂まみれ、デザートフィッシュじゃ血まみれ、サンドワームでも血まみれ」
「フフッ、ずっとなにかにまみれてるね」
カラカラと笑うラーナだったが、リリは逆に申し訳なく感じた。
「ごめんなさい、いつもこんな役ばかりさせて」
「ん? なにが?」
ラーナには謝られる理由が分からないらしい。
「だって……」
「わかんないけどいいよ、リリと会ってから、ボクは美味しいものがたくさん食べられるし、ボクは幸せだよ?」
「わかったわ、なら今回もラーナが好きな、辛い料理を一つ作ろっか!」
「ほんとに? よく分かんないけどやったー!」
リリは自分が出来る範囲で、恩返しをしようと心に決めた。
(それじゃあ今回も作るかー!!)
リリはいつも以上に、心の中で気合を入れた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?