18話、サウエム荒原(7)
巨大ナマズが砂漠から飛び出るという、びっくりな出来事から一昼夜。
その朝は珍しいことに、リリは朝早くに目を覚ました。
「ふぁぁーー!」
両手を伸ばし、身体と羽根のコリを取っていく。
羽根が凝り固まるのかは分からないが、リリは凝っていると勝手に感じている。
寝静まった馬車の荷台を眺めていると、少しづつ意識が夢から戻ってきた。
ザ――――――。
(……相変わらず雨は降ってるみたいね、というか)
「クリスタって普通に寝るの?」
ここまでの道中で分かったことだが、メイド業で慣れているからなのか、基本クリスタは最後に眠り、最初に起きる。
対照的に怠惰なリリからしたら、クリスタの寝姿を見たことがない。
(ゾンビのお決まりのパターンは、眠らなくなることよね?)
キョロキョロと周りを見渡すリリの目に入ったのは、大の字になりすべてを投げ出して寝ているソフィア。
その横には追い出され、壁際で蛹のようにローブに包まるイヴァ。
「はぁー、ソフィアが空気読めないのは、寝相も一緒なのね」
(これからは潰されないように距離取って寝よ)
リリは回転しながら宙に浮くと、身体中をピンッと伸ばす。
「んんーっと!」
二人の奥には、角の支柱に寄りかかり、糸が切れたマリオネットのように、女の子座りをするクリスタ。
「うわっと、これホラーだわ」
恐る恐る近づくリリ。
クリスタの肌に触れる程近づいても、寝息すら聞こえない。
(これ……寝てるっていうより、置いてあるっていったほうが正しいんじゃ)
「まぁ目が閉じてるだけ、まだましなんだけどさ」
ラーナが見当たらず、振り返り手を自分のデコに置き、改めて周りを見渡す。
すると後ろから声を掛けられる。
「どうされましたか? リリ様」
「わっ!!」
リリの体がビクッと跳ねた。
「申し訳ありません、驚かせてしまいましたか?」
「そりゃあ、息もなく起き上がれば、ねぇ……」
「隠密には向いてそうですね」
「気配がないから?」
「そうです」
淡々と答えるクリスタの口元は笑みが隠せてない。
リリをからかって遊んでいたのは明白だ。
「んもう、いつから起きてたの?」
「先程、声を上げられた時です、死んでからは音に敏感なようで」
「あぁ、なるほどねぇ」
「なるほどとは?」
「あっ、いやーなんでもないわ」
(音に反応するのはゾンビ物の定番って言ったところで、ねぇ……)
地球時代の話しはラーナにしか言っていない。
旅の道連れである、イヴァやクリスタに打ち明けようかと考えた事もあるが、そこまでの勇気がリリにはまだなかった。
(いずれは……)
ブンブンッと首を振り、会話に意識を戻す。
「でも、なんで耳だけなの?」
「と、言われますと?」
「五感全てならともかく、耳だけが良くなる必要って無いわよね?」
「それは、術者の命令を聞き逃さない為かと」
「ん? どーゆこと?」
「クリスタには、イヴァンナ様の声が一番聞き取りやすいです、なのでそういうことかと……」
「あぁ、なるほど……」
(死霊術、怖っ!)
いわゆる死霊術とは、時空魔法を使った召喚魔法に分類されている。
ということは、術者と使い魔と主従関係がしっかりとあるのだ。
二人が納得し俯くと共に、ソフィアから「うぅーん」と声が上がる。
「「…………」」
そっと視線を向けると、ソフィアはそのまま気持ちよさそうに寝そべっていた。
「なんだぁ、寝返りかー、焦ったぁ」
「リリ様、このことは」
「オッケー、オッケー、ソフィアには言わないわ」
リリがウインクをして返事をすると、クリスタは安堵し笑顔で「ありがとうございます」と笑顔で答えた。
(こんなのソフィアが泣いて喜びそうだものね)
「っあ、そういえばラーナは? クリスタわかる?」
「見張りでは?」
「こんな雨だし、見張りは要らないって話になったのにー」
「ラーナは真面目ですから」
「フフッ、わたしたちと違ってね!」
「はい、クリスタだったら頼まれない限りしないです」
リリは勿論だが、実はクリスタも大概である。
効率的に動くのはサボる時間を取る為であり、最低限の仕事しかしないのが彼女のモットーなのだ。
それだけ優秀ともいえるのだが、根っから怠惰なリリとは意外にも波長が合う。
「それで? いつからラーナは外に?」
「さぁ、ラーナは音が無いので……」
(耳が良くなったクリスタに言われるなんて相当ね)
「まぁいっか、見てくるわ」
「何かあったら呼んでください、クリスタはまた眠ります」
「はぁい」
リリはヒラヒラと手を振ると、フラフラと外へと飛んでいく。
そして荷台の隙間から外を覗くと、御者台の隅で一人ポツンと座るラーナがいた。
(あれっ、見張りって感じじゃないわね)
こちらも置物のようにボーッと外を眺めていた。
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