10話、姫騎士とメイド(5)

 目を見合わせるクラウディアたち、四人が少し目配せをしたあとに、クラウディアが答える。

「いいでしょう! クラウディア=リューネブルクの名にかけて全力で挑む事を五大神様に誓います!」
「よし、これでオッケーだね」
「オッケーじゃなーい」
「リリちゃん、水を差さないでおくれよ」

(っえ? わたしが悪いの?)

「ラーナちゃん今回食べたいものは? うんと高いものでいいよ!」
「ボクはお菓子を食べてみたい! 甘いんでしょ? 街に帰って砂糖が手に入ったらリリが作ってくれるって約束してくれたから……楽しみだなぁ」

 ラーナはリリに向かってニコッと笑った。
 それを見ていたソフィアは、リリにウィンクをしてくる。

(やられた! この会話自体がわたしへの説得なのね、参加せざるを得ない空気、ラーナの楽しそうな笑顔、ソフィアやってくれたわね、ぜーったいに材料費は出してもらうんだから!)

 ここにきて逃げられないと覚悟を決めたリリは、観念して力なく答えた。

(これはお手上げだわ、もっと早く気づいていれば、外堀を埋められる前に、なんとかできたかもしれないのに)

「わ、わかりました。やればいいんでしょう?」
「これで決定だね、場所はどうしようか……」

 うーんと悩ましい態度で、わざとらしくアンに詰め寄るソフィア。
 アンはお手上げのポーズを取ると、ぶっきらぼうに答えた。

「オーケーだ、提供してやる、ギルドのキッチンでいいだろ?」
「さっすがアンだ! 私のことを、よくわかってるじゃないかっ!」
「その代わり、私の分も作ってくれよ? 貴族のお菓子に羽妖精の秘術とありゃ、あたしも参加しない手はない! いいだろ? 仲介料ってやつだ」

(この、食いしん坊共が! 無垢に純粋に着々と逃げられない雰囲気を)

 ソフィアがパンッと手を叩く。

「これで決まりだ! 準備もあるだろうし、時間はそうだなー、あと2回鐘が鳴るまででいいかい?」
「わたくしは構いませんわ、ですわね?」
「「問題ありません! クラウディアお嬢様!」」

 クラウディアの問いかけに、ディアナとエマがピシッと立ち答える。
 クリスタはその後ろで、無言で立ち続けていた。

(そこは構ってよー、なんの為に料理対決なんて……わたし疲れたから寝たいんですけどー)

「これで観光と買い物する時間も取れるだろ?」

 ソフィアはリリの耳元で小さく囁く。

「っえ! っあ! あぁなるほど」

(一応、わたしの事も考えてくれてたのね……いやっ! 騙されるなわたし! 対決なんてやらなくても、買い物も観光も出来るじゃない!)

「それじゃあ人数は8人分、時間は鐘2つ鳴ったとき。テーマはお菓子、これで決まりだっ! 決定! はい、かいさーん! それじゃあわたしは、美味しく食べられるようにエール飲んでくるから、あとはよろしく~」

 リリが反論するよりも早く、すべてを勝手に決めたソフィア。
 颯爽とエールを飲みにその場を離れて行った。

(っえ? 本当にやるの? 本当に?)

 クラウディア達も直ぐに踵を返し、ギルドを出ていこうとする。
 しかしクリスタが着いてこない。

「……クリスタ、着いていらっしゃい」
「はい」

 そして振り返ったクラウディアは、なぜだかリリを睨む。

「そこのピクシー見てらっしゃい、亜人には一生かけても食べられないものを、私が作ってやりますわ!」

(おいおい、姫騎士様はやる気満々じゃない。わたしはやりたくないんだけど)

「期待しております、クラウディアお嬢様」

 すぐさまディアナがゴマをする。

「クリスタ? さっきから黙っているけど、貴女も手伝うのよ?」
「……嫌です、食べる専門が良いです」

 二人はメイドと主人とは思えないような会話を繰り広げる。

「クリスタ、これは命令よ!」
「……はい」
「よろしい」

 クラウディアの言葉に一度は同意したクリスタだったが、さらにごねる。

「っでも……」
「でもも、だってもありません」

 エマが、ゴネるクリスタをまたまた諌める。

「相変わらず、クリスタは昔から甘い物には目がないのですわね」

 クラウディアは、先程までのきつめの表情とはうって変わり、クスクス笑いながらギルドの外に出て行った。
 三人も、そのあとに続いて出ていく。

(メイドさんだけは少し雰囲気が違ったなぁ、仲が悪いって感じはしなかったけど……)

 疑問は持ち上がったが、リリはそれどころではない。

「さてと、わたし達も行くとしますか」
「そうだね」
「そういえばラーナ、お菓子って広すぎない? もう少し具体的に無いの?」
「えー……じゃあ雲! 昔から空に浮いてる雲を食べてみたいって思ってたんだよねー」

 神様もビックリするような無茶を言うラーナ。

「雲! リリは雲を取ってこれるのかや? 妾もそれは食べたいのじゃ!」

 イヴァも大いに明るく賛同した。
 先程までの機嫌の悪さは、どこかへ吹き飛んでしまっている。

(っえ、何その反応? もしかしてこっちの世界の雲は食べられるの? それとも二人が知らないだけ? どっち?)

 リリは結論が出ないので、とりあえずごまかすことにした。

「流石に雲は時間的に無理だってー、近いもので我慢して! というか、イヴァは植物しか食べないんじゃなかったの?」
「えー! いつか絶対取ってきてね」
「っ! ……雲は綿じゃから植物じゃ!」

 イヴァの絞り出したような言い訳に、リリはクスクスと笑ってしまう。

(二人共、食いつきすぎじゃない? 確かに一度は食べてみたいって夢見るけども)

「気が、向いたら……行きますね……」

(笑っている場合じゃなかった、いろいろと困ったことに、作る物のハードルは上がるし、雲なんて取ってこれないし……)

「っま、いっか」

(いつかのことは、いつかのわたしに頼るとして、今はお菓子をどうにかしなくちゃね)

 リリは現実逃避をして、アンに挨拶をすると、二人と共にギルドを出ていった。

「それにしても……雲……か……」

 小さく呟いたリリの声は、少しだけ悲壮感が漂っていた

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