三話、革鎧(4)
「ラーナさん、因みにこの世界で革鎧を食べる文化って……?」
ラーナはフードの中で思いっきり首を横に振る。
「ですよねー!」
「食べられそうな匂いはするんだけどねぇ」
(ですよねー! ないですよねー!)
「って、っえ? ……はぁ!!」
「どうしたの?」
革鎧に鼻を近づけているラーナにリリは焦って聞き返す。
「た、たっ食べられそう、な……匂い?」
「うん! ボク、分かるんだよね」
「わかるって、何が!?」
「食べられるものかどうか」
「なにそのスキル! 羨ま、しくはないわね」
(ラーナさんのスキル特殊過ぎない? 毒耐性にしても今回のにしても)
「死活問題だから、自然とねー」
「悲し過ぎる獲得条件!」
「でも凄いでしょ?」
「ま、まぁ……たしかに」
未知のスキルにラーナの境遇、羨むべきか、怒るべきか、哀しむべきか。
リリは目を逸らしながら、心に複雑な気持ちが渦巻くのを感じた。
(出会って間もないけど、この子には聞きたいことがたくさん出てくるわね。もう少し打ち解けたら色々と聞こっと)
しかし当のラーナは気にも留めていない、口調は明るいままだ。
「流石に革鎧は無理だよねー、ボクも食べたくないしさぁ」
潔くすっぱりと諦めたラーナは、革鎧を落とすように投げ捨てた。
「うーん、でも困ったわね、本当に食べ物が無いわ……」
「そりゃあ、あるんだったら、ボクもこんなところで倒れはしないしねー」
無邪気な表情を見せるラーナに、複雑な感情を抱いたままのリリは辺りを見渡す。
(やっぱり、何もない。まずはこの状況をどうにかしないと……)
一旦、自分の気持ちには折り合いをつけ、リリは真剣な表情でラーナに聞く。
「ラーナさん、少しだけ時間をもらっても?」
「っえ? あ……っう、うん…」
始めて見るリリの真面目な顔、ラーナは少しビックリしたのかしどろもどろに頷く。
リリは右手に腰をかけたまま、頬杖を付くと深く考えだした。
(ラーナさんが革鎧を食べるの? 本当に? って感じで見ていることは一旦、無視ね)
実はリリには「本当に?」とラーナが言っているのも聞こえていたが、元営業のスルースキルをふんだんに使って、完璧な無視をした。
(ラーナさんの嗅覚? 直感? スキル? そこは正しいと仮定して……)
ブツブツと独り言を呟きながらも、リリは更に深く深く思考の中に入る。
その姿はロダンの考える人のようだ。
(っあ! そういえば、革靴を食べてる映画があったわ。あれは何て名前だったっけ……まぁいっか、食べられる事だけでも分かれば、なんとかなるわ!)
「で、あれば……ラーナに確認しないと……」
「っえ! なに? どうしたの?」
(やっばー、声が出ちゃったー)
ブツブツと独り言を言っていたリリが急に名前を呼ぶので、少し仰け反ったラーナ。
「っあ、いえ、降りてもいい?」
「う、うん……どうぞ」
ギクシャクした空気の中、リリはフワリと飛び上がると、革鎧の前へと静かに近づく。
(恥ずかしい、ビシッと決める予定だったのにー)
革鎧の周りを飛び回り、手で触り、匂いを嗅ぐと、自問自答を始めた、集中しているので、また飛べるようになっている事にも気づいてはいない。
(お腹に入れて消化はできる?)
(それは大丈夫なはず、動物の皮だし時間はかかっても消化できる……きっと)
(味はどう?)
(ラーナがたっぷり香辛料を持ってたし、塩もある、なんとかなるわ)
(栄養は?)
(なにそれ、知らない子ね)
(問題なさそうね)
(ええ、そうね! 幾つか懸念点はあるけどね!)
頭の中で自問自答を終えたリリ、ゆっくりとハッキリとした口調で聞く。
「ラーナさん、この鎧はなんの革?」
「た、多分、キングバイソンだと思うけど……」
「それは食べられる生き物?」
「美味しくないけど、食べられる、よ?」
「わかったわ、ありがとう」
(バイソンと言うぐらいだから牛革よね? 第一関門はクリア。万が一、無機物が入った合皮だったらアウトだもの、次は……)
「この鎧、魔法で作ってます?」
「それはないかな、お金が掛かるし、魔法使ってたらこんなに劣化しないはず」
「じゃあ錬金術師の液体は?」
「獣人は匂いに敏感だし、普通は使ってない。変わり者まではわかんないけど」
「例外はこの際、気にしないことにしましょ」
「なら普通の革鎧は、塩とか油とかを塗って作るはずだよ」
「そう、ありがとう! 物知りなのね」
「常識だよ?」
そうは言いながらも、ラーナは照れくさそうに頭を掻いた、褒められ慣れていないらしい。
(よしっ! これで第二関門もクリア。この世界に化学薬品があるとは思ってはいないけど、魔導士や錬金術師は多分居るものねー)
リリは確信までとは言わないが、食べられる可能性が高いであろう、という自分の結論に少しだけ安堵した。
「もう少しだけ待っててね」
「う、うん、わかった」
そのままジーッと革鎧を眺めるリリ。
ラーナはリリを見つめ、なんとも言えない表情で立ち尽くしていた。
食べられる訳がない、しかし空腹で限界だ、食べられるなら食べたい気持ちはある。
だからこそラーナの口は小さく呟きを零す。
「もう少し、待ってみようかな?」
悩みながら宙を舞うリリ、次に考えていたのは食べ方である。
(味は重要よね、美味しいものは心を豊かにするもの)
実は前の世界の実家は、割烹料理屋であった。
父は元料亭の料理長、母は元フレンチのコックという、料理一家のサラブレット。
(こんなところで料理の知識が役に立つなんてね……皮肉にも程があるわ)
高校を卒業する頃まではよく実家の手伝いをしていたリリ、訳あって仕事にはしなかったが、知識自体は学んでいる自負を持っていた。
(こんな時、何でも食べると言われてる中華を参考にしたかったんだけどなぁ)
百合の知識のほとんどは両親から教えてもらったものである。
多少は自分で勉強をしたり、質問をしたりもしたが、決して意欲的ではなく、あくまで両親の会話についていくために学んだもの。
だからこそ、中華料理の中国三千年の歴史と呼ばれる独特な技法に対する知識は少なかった。
(もしかしたら何でも食べると言われる中華料理なら革鎧を食べる方法があったのかもしれないのに……流石にないか、そうですか。そりゃ、ないわよねー)
「クスッ……」
リリは革鎧を食べるためだけに、こんなにも悩んでいる自分を客観的に見てしまい、思わず笑みが零れてしまった。
「どうしたの?」
「ごめんなさい、思わずね」
「空腹で立ち尽くすボクを見て、笑っちゃった?」
プンスカという音が聞こえてきそうな怒り方をしているラーナを見て、可愛いなぁと思いながらもリリは取り繕うように話し出す。
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