8話、クエスト受注(5)

 リリは、異様な雰囲気に周りを見渡した。
 震えながら隠れる者、睨みつける者、武器を手に取る者までいる。

「お、鬼……」
「まぁ、そうなるよね」

 ラーナは大きくハァーッとため息を吐くと、そう呟いた。
 リリも覚悟はしていたが、想像以上の反応だ。
 

「このっ、バケ……」

 武器を構えた冒険者の一人が、口を開いた瞬間。
 受付からぶっきらぼうに呼びかける声が響く。

「嬢ちゃん!! 用件を聞こうじゃないか!」
 
 よく通る大声に、リリとラーナを含めた全員が受付へと目を向けた。
 声のイメージ通りの尊大な態度をした女性が、カウンターに足を置き、タバコをふかしていた。

「……」

 思わず押し黙る冒険者を牽制しつつ、受付嬢は言葉を続ける。

「臆病な奴らなんか気にしなくていい、モンスターを討伐してくれるなら大歓迎だ、なんたってここは冒険者ギルドなんだからな!」

 随分と気風のいい受付嬢だ、ここまでラーナに不快感を示さない人は珍しいのだろう。
 ラーナはどう反応していいのかわからないのか、ジッと黙ったままでいる。

(んー、ここはわたしの出番かな? ラーナも固まっちゃったし)

 気にしなくてもいいとは言われたが、リリはいつもよりも三割り増しで、明るく可愛く答えた。

(これはぶりっ子じゃなく、ピクシーっぽさを加味した上での社会人の処世術ですからね? 間違えないでよ! 大事なことよ!)

「わたしはピクシーのリリでーす、この子は相方のラーナ、よろしくお願いしますっ!」
「ピクシー? こんなところで会うには珍しいねぇ」
「クエストを受けたいのですが、わたし達の冒険者登録をお願いしてもいいですか? 出来ますか?」
「あぁ勿論だとも」
「ありがとうございます!」

 リリはスカートの裾をつまみ、丁寧にお辞儀をした。

「それじゃあ、ここに名前と年齢と職業、あとは使える魔法の属性を書いておくれ」

 受付嬢は身体を起こすと、二枚の紙を出しトントンッとカウンターを指で叩いた。

「はーい、わかりましたー! さぁさぁラーナ書いてください、わたしの分も一緒にお願いしてもいいですかぁ?」

 呆けていたラーナは少しビクッと反応をすると、訝しげにリリを見る。
 見つめられたリリは訝しげに見返した。

「っあ、そっか、リリは字が書けないんだった」

(気づいてくれたみたいね!)

「ボクが変わりに書くけど、名前の綴りは? あと職業はどうするの?」
「ラーナに任せます!」

 キラッ!!

 可愛くポーズを決めたリリに、ラーナはいつもよりも数段冷ややかな目で見る。

「リリ……」

(演技、演技だからー、そんな目で見ないでぇ)

 ラーナは諦めたようにカウンターへ向かうと、筆を走らせる。
 周りは安心したのか、各々がチラホラと席へと座りだした。

「リリは……取り敢えず魔道士にしとくね」
「ありがとう!」
「はい、書いたよ」

 受付嬢がラーナから紙を受け取る。
 そして内容を見ると、しかめっ面でこちらを見直した。

(あれれっ? なにかおかしい? まさか、急に断られたりする?)

「ピクシーの嬢ちゃんは魔道士のリリ、ゴブリンの嬢ちゃんは斥候職で、スヴェトラーナ・ヴォルコヴァ……ヴォルコヴァか」
「ふーん、ボクの集落を知ってるみたいだね?」
「そりゃあなぁ」

 ガリガリと頭を掻き、受付嬢は答えた。

(っえ、なに、なにー? ラーナの名前に何か問題でもあるの?)

 表面上は冷静を装い、明るく笑顔を保つリリだが、心の中では二人の会話について行けず、アタフタと焦っていた。


「ってことは、嬢ちゃんはハイ・オーク……か、しかも斥候職とはな」
「なにか問題でも?」
「問題さえ起こさなければ大丈夫だ、さっきも言ったようにモンスターを倒せるならな!」
「ボクは問題ない」
「そりゃそうだろうなぁ!」

 受付嬢は天井を見上げ、ハッハッハと乾いた声で笑った。

「まぁ好きにしな! ほらっクエストは横のボードから好きなものを選びな!」

 受付嬢は目線と顎の動きだけでボードを差す。

「はーい!! ありがとうございまーす」

 リリはこれでもかと大きく手を上げ、明るく返事をする。
 横でラーナは、何やってんだコイツという目で、リリをジッと見ていた。

(もう一度言っておくけど、ピクシーっぽさを加味した処世術よ? あぁ、ラーナもそんな目で見ないで)

「どうせなら手強い奴を頼むよ、ラーナ嬢ちゃんは強そうだからな!」
「わかった」
「ではまたー、ラーナ見に行きましょー!」
「うん」

 二人は受付横のクエストボードに向かった、リリはアンの態度が気になったのでコソコソと聞く。

「さっきの会話は何だったの?」
「ヴォルコヴァは集落の名前、みんなヴォルコヴァって名乗ってるんだ」
「うん、それで?」
「前に話したけど、密偵をしてたんだよねー」
「あぁ、それで……」

 アンは、ラーナが偵察をしに来たのだと、勘違いをしたのだろう。
 しかしラーナの態度を見て違うと判断したのだろうか、もしかしたらラーナの集落が無くなったことを、知っていたのかもしれない。

(こりゃ居心地悪いわね、ちゃっちゃと選んじゃお)

「どれにしますー? わたしには読めないので、いいのがあったら教えて下さい!」
「……わかった、え~っと……」

 しかしぶりっ子を止めないリリに、ラーナは死んだ魚のような目をしながら、クエストボードを物色する。
 そんな二人に、酔っぱらいがエール片手にズカズカと近づいてくる。

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