18話、サウエム荒原(8)

「どうしたのラーナ?」
「ん? おはよう、リリ」
「朝に体を動かすでもなく、食べるわけでもないラーナを見るのは珍しいわね」
「酷いなぁ、ボクでもトレーニングをサボったり、食欲のない日はあるってことだよ」

静かに表情を変えずに答えるラーナ。
 リリはその横顔を見て、何か心配事があるのかと不安に思った。

「それは本格的に珍しいわ、雪でも降るのかしら?」

そう笑いながら、からかうリリ。

「リリがこんな朝早く起きるよりは、珍しくないと思うけどね」

ラーナは悪い笑顔を浮かべ、皮肉交じりに答えた。

「確かに、それなら本当に雪が降るかもね」

皮肉を気にも留めず、ケラケラと笑うリリは、慣れた動きでラーナの肩へと座る。
 火山地帯に住んでいたラーナには、雪などは無縁であったのであろう。
 リリの言葉に目をパチクリさせて答えた。
 
「ゆ、き? って何?」
「真っ白で柔らかい氷の粒よ」
「へぇ、いま降ってる雨がぜーんぶユキになったら、岩も何もかも埋まっちゃうね」
「一面が、まーっしろよ!!」

両手を広げ、大げさに説明するリリ。
 空を見上げるラーナ、その赤い目はルビーのようにキラキラとしていた。

「ボク、見てみたいなぁ」
「フフフッ良かったわ、元気になったみたいで」

リリは流れで、ラーナを見つけた時から頭の片隅で思っていたことを聞いた。

「落ち込んでるように見えた?」

ラーナは軽く首を曲げ聞く。

「なんとなく、横顔が寂しそうだなぁってぐらいだけどね」
「ふーん」

リリの答えを聞き、形見の日記を鞄から取り出しラーナは呟いた。

「ママとパパのことを考えてたんだぁ」
「そう……」

(ラーナが感傷に浸る姿を見せるなんて珍しい、出会った時以来かも)

そう思いながらもリリは聞き返した。

「どんなことを考えてたの?」
「ボクが見てるこの景色は、パパも、ママも、見たことなかったのかなぁって」

前に過去を話していたときとは違い、ラーナの言葉は明るい、リリはそれが嬉しかった。
 
「こんなに珍しいものは、普通は見られないわよねー」
「だから、ボク決めたんだ!」
「何を決めたの? ラーナも日記でも書くの?」
「んーん、それはめんどくさいからしない」

(っあ、めんどくさいんだ)

「けどね、見て!」

ラーナは日記を開きリリに見せた。

(わたしまだ文字読めないんだけど……ん? 二重線を引いて何か書き込んである)

「これは?」
「ボクも最近になって分かったんだけど、ママって天然というか、適当なんだよねー」
「っえ? そうなの?」

リリはラーナの母を、お茶目だか優しい聡明な女性だと思っていた。
 なので普通に驚いていた。
 
「ママの日記って違うところだらけなんだよね」
「それは意外だわ」

(ラーナの先を見据えて日記まで残す人が、そんな適当だったとはねぇ)

「だから、ボクが直していこっかなって」
「おもしろいことしてるのね、ただ……」

(形見の日記に書き込んでいいのかな?)
 
「ただ?」
「なんでもない、ラーナが決めることだしね」
「ふーん」

心配になったリリだが、当のラーナが楽しそうなのだ。
 野暮なことは言わないように口をつぐんだ。

「こうしてるとね、ママと喋ってるみたいで楽しいんだぁ」
「あーなるほどねぇ」

(わたしにその発想はなかったわ、確かにこの日記はラーナにあてた手紙みたいなものだしね)

「それは楽しそうだわ、やってみてどう?」
「うーん、ボクの知ってる世界ってこの中だけだったから、なんか新鮮、かなっ?」

ラーナは手に持った日記を改めて見ると、にこやかに笑う。

「それなら良かったわ」

(過去の話しをしながらラーナが笑えてよかったわ……にしても後ろ、凄いわね)
 
 リリから見るラーナの後ろ、地上にはまた湧き出したモンスターの大群が湿りだした大地に歓喜し、食って食われの大闘争。
 上空にはロック鳥を筆頭に地上に、獲物を捕まえようと様子を伺う空のモンスター達。
 モンスターしかいない地獄絵図を背にこちらに向かい笑う少女。

(ラーナが鬼族なだけあって、百鬼夜行みたいね)

そんな事を思いつつ、リリは分かり切っていることを聞く。
 
「今日のことはなんか書いたの?」
「そりゃあ……ねぇ」

ラーナはチラリと足元に視線を向けると、改めてリリを見る。

「そりゃそうよね、うわっとっと」

リリは揺れで、ラーナの肩から体勢を崩した。
 ラーナはそっと手で支えると、笑顔で答える。

「あのナマズもそうだけど、こんな大きな生き物が誰にも知られてないなんて、なんか面白い!」

この定期的な揺れは、ソフィアがウォールタートルと勝手に名付けた巨大亀の歩み。
 一歩踏み出すだけで地面を揺らすほどの巨体、足元のモンスターを蹴散らしながら進んでいる。

「ただの崖だと思っていたのに、大きな亀の甲羅の上だったとはねー」
「そうだねー」

この巨大亀には流石のモンスターも近づいてこない、だからこそ見張りはせずに休むことになったのだ。
 ラーナは改めてリリを掌にのせると、目をジィッと見て軽く笑顔を浮かべ呟く。

「ボク等なんて、ちっぽけだったんだねぇ」
 
 リリには、小ささで差別を受けていたラーナが言うと、とても重い言葉に思えた。
 
「そうね、この砂漠でいろいろあったけど、この風景を見たらどうでもよくなるわよねぇ」

雨季でモンスターの大氾濫を起こした荒原の中、巨大な亀の背に乗ったハイオークとピクシー。
 その後も二人は、豪雨の中で益体のない話しを続ける。

「次は南にいくんだったっけ?」
「そのつもり、ママの日記がそっちに向かってるし」
「どこの街に行くか決めてるの?」
「街はまだかなぁ、入れるかも分からないし」
「それならイケメンの居る場所がいいわ」
「ふーん」
「わたし決めてるのよ」
「なにを?」
「次の街でイケメンを見つけて、来年の今頃には結婚するんだから」
「フフッ、見つけてもいないのに、リリは気が早いね、クスクスクス」

笑うラーナを見て、怒るリリ。
 ラーナの大きな笑い声は豪雨にかき消されてしまったが、出会った頃よりも仲良くなった二人。
 南に向かう一行は、次にどんなものを見て、どんなものを食べるのだろうか?
 この地では数々の不幸に見舞われたが、二人の旅はまだ続く。

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