11話、デザート対決(8)
「改めて、説明を求めてもよろしくて?」
「っあ! はい……」
(揉めてるのにいいのかな?)
「アーモンドについてはソフィアの秘薬を使っています」
「肝油とは秘薬のことだったのですね?」
「はい、ナッツの香りをより良くすると思ったから、使わせてもらったの」
「確かに、いい香りでしたわ」
聞いていたソフィアが、自慢気に胸を張る。
(ソフィアを褒めたわけじゃないんだけど……)
「それで、ジャイアントスコーピオンはなぜ使ったのですか?」
「尻尾にしか毒がないし、それに甘いくて美味しかったでしょ?」
「それで使ったと? 砂糖やハチミツではだめでしたの?」
「砂糖よりもコクがある、サッパリしてるから単体でもかなり美味しい、あと砂糖もハチミツも単純に高い!」
「……なるほど、わかりました」
クラウディアは、改めてパンケーキを食べボソリと呟く。
「これが魔物とは、ね」
その後は皆が無言のまま過ごす。
笑顔で食べ続けるラーナとソフィア。
黙々と食べるクラウディアとクリスタ。
サンドワームとにらめっこをするイヴァ。
難しい顔をしながら食べるアン。
決して手を付けようとしないディアナとエマ。
周りを不安そうに見渡すリリ。
「それじゃあ、勝敗を決めるとするかね」
食べ終わったアンがようやく口を開いた。
「わたくしから一言よろしくて?」
その言葉に呼応するかのように、クラウディアが立ち上がった。
「っん? どうしたんだって言うんだぃ?」
「先に言っておきたいことがありますの」
アンはひらひらと手をふり、クラウディアを喋るように促す。
「こ、今回は、ワタクシタチノ、マケデスワ」
(敗北宣言!? かなーり棒読みだけど……煽っちゃおーっと)
「っえ? よく聞こえませんでした」
「っ! わたくしの負け、そう言ったのよ」
「っえ? 聞こえなーい」
「あっ、あなたねぇ!」
「だってぇ、聞こえないものは、聞こえ……」
「リリー、それ以上はダメだよ」
ラーナがリリの口を塞ぎ、顔を横に降る。
フードで見えにくいが、横にいるイヴァは俯き笑いを堪えていた。
(珍しくラーナに諭されちゃった、わたしはまだ物足りないんだけどなぁ)
目の前のクラウディアは、左手を横に広げている。
今にも飛びかかりそうなエマと、怒りでプルプルと震えるディアナを制しているのだろう。
それを見てリリは溜息をつく。
「それで、なんで自分から負けを認めたの?」
「……言いたくない……」
明後日の方向を向き、クラウディアがボソッと呟いた。
「っえ!? それはずるくない?」
「……」
「まぁいいわ」
モゴモゴとするクラウディアに、リリは諦め提案をする。
「あと勝負なんだけど、わたしの負けにしといて!」
「なぜ!?」
「もともと、勝ち負けにこだわってないし、それに」
「それに?」
リリの素っ頓狂な提案に、クラウディアが首を傾げる。
「わたしが負けたら、ソフィアの薬貰えるんでしょ? ソフィアが言い出したことなんだし、っね! ソフィア!」
ソフィアにニコっと笑うリリ。
「っえ? リリちゃん、それはないよ〜」
立ち上がったソフィアは、バタバタと慌てふためくが、リリは非情な事を笑顔で言い放った。
「約束は約束でしょ?」
「そ、それは……でもなぁ……」
「だーめ! わたしは負けを譲る気ないもーん」
「ぐぬぬ……」
リリは、ソフィアにはいつかやり返してやろうと決めてた。
なのでこの機会を逃すわけもなく、負けることは決定事項だ。
俯くソフィア、ポカンと立ち尽くすクラウディア、ニヤニヤと笑うリリ。
(あー気持ちいい! 心残りは……)
「理由、聞きたかったなぁ」
そう呟くリリに気づいたクリスタ。
ナイフとフォークを置き、口を拭くと説明を始めた。
「クラウディア様は、郷土の伝統的な料理を模倣しただけなんです」
「っ!?」
俯いていたクラウディアが振り返る。
「なのにリリ様は新しい料理を作った、そこに敗北感を覚えたのでしょう」
「ちょっと、クリスタ!?」
クラウディアは、予想外のクリスタの行動に焦ったのか、慌てて止めようとする。
しかし彼女の言葉は止まらない。
「クラウディア様、自分から負けを認めておいてその態度は、礼を失しているかとクリスタは愚考します」
「そ、それはっ」
クラウディアがまたも俯き黙る。
すぐさま庇う様に二人の間に入ったエマが、クリスタに言い返した。
「クリスタ、クラウディア様になんて言い方を!」
「エマには関係ありません」
「関係あるわ!」
「礼儀作法はクリスタの領分です」
「だからなんだって言うの?」
「何も知りもしない護衛は黙っていろ、そう言っているのです」
「はぁ? クリスタあんた……」
エマがクリスタに掴みかかろうとした。
横にいたディアナが、すぐさま止めるとクリスタに聞く。
「あなたは、この亜人たちに対して頭を下げろ、そうクラウディアお嬢様に言っているの?」
「その通りです」
ハァーッと大きく溜息をつくディアナ。
「クラウディアお嬢様と、亜人などを同等に扱ってはいけないわ」
「それはディアナの考えですか?」
「リューネブルクの、いいえ違うわね、人族の総意よ」
「その発言、クラウディア様の意向に沿っていないことに、ディアナは気づいていないのですか?」
「私はクラウディア様のことを考えているわ、あなたなんかよりも」
「そうですか、決めるのはクラウディア様です」
(貴族のお嬢様が謝っている姿は見たいわね!)
うんうんと意味もなく頷くリリ。
クリスタとディアナの視線が、クラウディアへと向かう。
クラウディアは真っ直ぐリリを見ると、喋り始めた。
「クリスタの言った通りよ」
「クラウディアお嬢様!」
「お黙り! 模倣と創作、これでは同じ土俵にすら立っていない」
「タルト、普通に美味しかったわよ?」
「それでも、あなたの作ったパンケーキなるものの方が、完成度が高かったわ」
(そこまで言われると照れるわね、でも……褒められるっていい気持ちだわー)
冷静に聞いているように見せかけて、リリは心の中で飛び回っていた。
「まずは生地、あんなに柔らかいもの、わたくしも初めて食べました」
「ありがとう!」
(でしょうとも、重曹もペーキングパウダーもないこの世界、柔らかくするの大変だったんだから)
「次にトッピングのアーモンド、オイルにつけて口に入れた時と、噛んだ後で変化を楽しめる工夫がなされていますわね」
「そうね!」
(そこに気づけるとはなかなかよ、褒めてあげるわ!)
あくまで心の中では、上から目線のリリ。
「サンドワームの干物は食感にアクセントですか?」
「柔らかいだけじゃ飽きちゃうからね!」
「一皿の中に!ここまで意味を込め、バランスも崩れていない……模倣しただけのわたくしでは完敗です」
(うむうむ、姫騎士の皿もなかなかであったぞ)
リリは褒められすぎて有頂天である。
それが表情に出ていたのか、ラーナがおでこを軽く突いた。
「っあた!」
「調子に乗り過ぎ! 帰るよ? 街に長居するべきじゃない」
(いまさら? まぁいいけどー)
ラーナに言われ、リリは初めて街に入った時の事を思い出した。
確かに長居するのは良くないと感じたリリは、お嬢様風にお辞儀をすると言う。
「ではでは、楽しい一時を提供出来た事、それがわたしにとっては幸せでした、お会いしましょう」
その姿は厨二病感が満載であった。
引き止めたそうな、クラウディア達を無視し、リリ達はギルドを颯爽と出て行った。
「今回は揉めないでギルドを出られたわね!」
「あれで揉めてないっていうのはリリらしいよ」
「そう? 今日はよく褒められる日だわ!」
ラーナは大きく溜息をついた。
(ソフィアにやり返して、美味しいフルーツ食べて、なんて最高な一日! このまま寝たーい)
リリは緊張が解けたのか、心の中のテンションとは裏腹に、ラーナの肩でウトウトしている。
「ところで、ラーナ……」
「ん?」
「今日は、どこで寝るの?」
「馬車!」
「今日も屋根付きなんてサイコー……ね」
「だね!」
「妾、宿がいいんじゃが……」
「ふぁあ、まぁいいじゃない……眠いし」
「妾の晩御飯は?」
「それならボクも!」
(あんなに食べたのにまだ食べるの? 今日はもう作りたくない、店じまいよ)
「自分で……作れ、わたしは……もう、寝るー」
夕暮れ時のカルラ・オアシスは活気に溢れ、喧騒を子守唄代わりにリリは眠った。
器用に肩で眠るリリと、腹ペコな二人は広場を抜け、門の横にある停車場へと向かう。
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